第十五話
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翌日、父の雄太が地元新聞を読んでいると昨日の事件が小さな見出しで載っていた。
≪浅間中学、女子中学生ら、河原で唐突に倒れる!!≫
微妙な見出しだが、地方の小都市では十二分にインパクトのある事件であり、地元連中にとっては格好なネタになりうるものであった。
「由香、昨日何があったんだ……お前の部活だろ?」
雄太詰問口調で尋ねると由香はシリアルを平皿に入れながら答えた。
「河原で練習しようとして……倒れたの……」
夢魔の話を信じない相手に昨日の出来事を説明しても無駄だと思った由香はテキトーな言い方で雄太に答えた。
だが雄太はそれが気に喰わないらしく、朝から戦闘モードに入った。
「お前、何だ、その口のきき方は!」
雄太は態度に関しては口うるさいタイプで由香の言い方に突っかかった。一方、お説教を回避するべく由香は先に一言放った。
「朝から、説教はいいよ!!」
「『説教』とは何だ!!」
宏は朝から食卓で始まった父娘の喧嘩にちらりと目をやったがいつもの事なのでシレッとした表情で二人のやり取りを見過ごすことにした。
2人はすぐに舌戦を始めたが宏はその様子を傍目に夢魔との戦いに思いを馳せた。
得体の知れない夢魔という存在に精神を侵食された由香は廃人寸前まで追い込まれた。その様子は飽きらかに尋常ならざるものであった。だが、その由香を一人の少女が救っていた。
『紙一重だったな……あの少女がいなければ……間違いなく……』
宏はショットガンを振り回す可憐な少女を思い浮かべた。
『かわいかったな……すごく気が強そうだったけど……』
宏がそう思った時である、由香から思わぬツッコミがはいった。
「おにいちゃん、何でニヤニヤしてんの!!」
雄太もそれに続いた。
「俺たちの喧嘩を見て笑ってんのか!!」
思わぬ展開に宏は言葉を窮したが、ニヤニヤしていたのは間違いなく二人の剣幕に言葉をなくした。
そんな時である、由香の携帯が鳴った。
*
由香は雄太との会話など気にもせずそそくさと携帯を手にとった。そして着信したメールを読んでブラスバント部の部員たちが皆無事であることを知った。
「よかった……みんな大丈夫みたい」
可憐な少女の言った通り、部員たちは無事だったようでその状態は悪くないようだった。
「部長のお母さんが昨日から病院に入って色々やってくれたみたい」
PTAの会長でもあり地元の名士としての知られる吹奏楽部の部長の母は今回の事故でその力を十分発揮しているようで、入院手続きや地元メディアに対する対応もそつなくこなしていた。
「凄い、人だよね」
由香が感心した口調で言うと宏が『そうだね』という同意の表情を見せた。
『以前の電話といい、今回の事件の立ち居振る舞いといい、やっぱりすごいな……』
宏の家には母親がいないため、内藤さおり(吹奏楽部の部長)の母の気のきいた対応は感服するに充分であった。
そんな時である、由香が声を上げた。
「私、お見舞いに行ってくるね」
父の説教から逃れる口実をみつけた由香は食卓からその姿を颯爽と消した。
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小さな町であるがゆえ、昨日起こった集団昏倒事件は大きな注目を浴びていた。由香が病院に行くと倒れた部員たちの家族や地元のメディア関係者が入り口付近で押し合いへし合いしていた。
由香の眼には被害生徒の関係者がめかしてインタビューに答えている姿が映ったが、当たり障りのないきれいごとを並べながら自分のカメラ映りを気にしている様子は人の不幸に便乗するハイエナのように見えた。
『………』
人間の持つ卑しさの一端をその眼にした由香は不愉快な表情を浮かべたが、人の不幸とは当事者以外にはえてしてそんなものだろうという思いも浮かんだ。
『とにかく、絵里ちゃんの所に行かないと』
由香は彼らに対し侮蔑の目を向けながら鈴木絵里の所に向かうべく、階段に向かった。
*
病室の前に立つと由香は大きく息を吐いた。
『昇天の間……』
鈴木絵里がこん睡している部屋は由香が夢魔に犯され死の淵をさまよった部屋であった。
由香が意を決して部屋をノックすると顔色を青くした鈴木絵里の母親が現れた。
「あなたは?」
「私、田中由香といいます。絵里ちゃんと同じ部活で……」
由香がそう言うとか青ざめた顔の母親は心ここに非ずといった表情で頷いた。
「お友達なのね……どうぞ」
母親に言われた由香は絵里の仰臥するベットを覗いた。そこには以前よりもはるかに容態の悪くなった絵里の姿があった。神経障害が全身に現れているようで特に顔には強い引きつりが症状としてあらわれていた。
『………』
年頃の中学生が見せるにはありえぬその形相に由香は言葉を失った。
「うちの子だけ……何でこんなことに……」
由香の隣で絵里の母がむせび泣いた。ベル麻痺に似た娘の症状は年頃の娘を持つ母親にとって如何ともしがたい辛さがあった。
「絵里ちゃん……」
絵里の状態はすこぶる悪くかった。落ち窪んだ眼窩、青白い肌、そして天井を睨み付ける目……目を開けたまま眠っているとはいえ、その様子は明らかに異常であった。
由香は現場に落ちていた携帯を母親に渡した。
「昨日、私も現場にいたんですけど……これを……拾って」
由香がそう言うと母親が沈痛な表情を浮かべた。
「この子の顔を見て、まともに接してくれたのはあなただけ……お医者さんもさじを投げていて……」
原因不明の状態で医者も治療方針が立たないのであろう、ベットに寝かせているだけで治療をこまねいていた。だが、その姿は絵里の母にとって歯がゆく、納得のいくものではなかった。
だが母親にとってそれ以上にこたえたのが絵里の容姿であった、妙にふしくっれだった四肢、土気色の肌、そして異様にひしゃげてしまった顔……年頃の少女にとってはあまりに酷い変貌であった。
「……なんでうちの子だけ……こんな目に……」
娘を思う母の気持ちがひしひしと伝わってくる、由香は気の毒に思った。
『夢魔の話……した方がいいんだろうか……』
こうした状況で非科学的な話をして理解されるか甚だ疑問であったが、実際、鈴木絵里は夢魔の魔手によってこうした状況に陥っていた。由香は意を決し、夢魔の話を試みようと口を開いた。
「おばさん、きっと絵里ちゃん……心の隙間に……」
由香が続けようとした時である、仰臥していた絵里が声を上げた。
「絵里、絵里!!」
絵里の母親が近寄ったが、何と絵里はそれを制した。そして由香を指差した。
「絵里ちゃん……」
絵里は声なき声を上げた。
「言いたいことがあるの……」
由香はそう言うと絵里に近寄った。
「おばさん、紙と鉛筆ありますか」
由香がそう言うと絵里の母は立ち上がり急いで病室を出て行った。
それを確認すると由香は絵里に話しかけた
「おばさんに聞かれたくなかったんでしょ?」
絵里は由香の問いに頷くと、震える小さな声を絞り出した。
「私、副島先生が死んで……もう、駄目だと……でも、本当のことを話します」
消え入りそうな声で話す絵里に対して由香は深く頷いた。
*
「中島美紀先輩のフルート……私……わざと落としたんです……3階の音楽準備室の窓から……」
唐突な話の内容に由香は大きく目を見開いた
「……あれは事故じゃないの……」
絵里は首を横に振った。
「落とせって言われたんです……」
由香は思わぬ絵里の吐露に驚きを隠さなかった。
「それからです……夢の中に……変な化物が……」
夢魔の存在に触れた鈴木絵里の顔は恐怖で引きつっていた。
「心が……壊れていくんです……現実と夢が溶け合って……」
絵里がそう言うと由香がそれに答えた。
「私も同じよ。美紀ちゃんが事故で死んでから……あいつらが夢の中に現れて……心のひだに触手を絡めてきたわ……」
2人は中島美紀を死に追いやった虐めの加害者として、そして夢魔に襲われた被害者としてのシンパシーを互いに感じた。
「絵里ちゃん、教えてくれる。あなたにフルートをわざと落とすように言ったのは誰なの?」
由香の質問に対し、鈴木絵里は押し黙った。そこには話してはならないという――何か弱みを握られたような色が滲んでいた。
「絵里ちゃん……私たちを襲った夢魔って言う存在はね、他の人たちにもその触手を伸ばすの。昨日のこん睡事件も夢魔の力があなたを通して他の部員に伝播したの」
由香に言われた絵里は唇を震わせた。
「夢魔の根を見つけないと……また同じようなことが起きる。絵里ちゃん、わかるでしょ?」
由香が落ち着いた口調で言うと絵里はシクシクと泣き出した。そこには14歳の少女が見せる涙とは違う、もっと現実感のある重みがあった。
「……言えない……」
鈴木絵里は口を真一文字に食いしばると下を向いた。
「絵里ちゃん……」
由香は真実を話そうとする絵里と真実を隠そうとする絵里の両面をその表情の中に見出していた。
「絵里ちゃん、連絡、待ってるから……」
由香はそう言うと絵里の肩をポンとたたいた。
その手の温かみを感じた鈴木絵里は涙を一筋こぼした。
河川敷で集団昏睡事件を引き起こした夢魔の伝播は鈴木絵里という由香の後輩が原因だとわかりました。そして彼女がわざと中島美紀のフルートを3階から落としたということもわかりました……
ですが鈴木絵里は夢魔の『根』ではありません……その一方で彼女には人に言えないこともあるようです……
さて、物語はこの後どうなるのでしょうか?




