029[未練断ち切る初陣戦]
アオスブルフに来て、3日目。
モーントとフェーブスに剣士としての誓いを立てた翌日。
前日の深夜、カルフェンから、
蛟を連想させる白装束を渡されたイデアは、それを着込み。
ベルトのバックルに加工した緑褐色なモルダバイトのペンダント。
ビーズの首輪に飾った竜種の蛇が1粒の大きなルビーを抱くブローチ。
両手首にラリマーの嵌め込まれた蛇モチーフの輪を身に付け、
火属性の退魔の力を持つ「ルビー」が飾られた真剣を手にして、
イデアは戦場に出る。
イデアの隣には、メロウが持っていた「青いカイヤナイトの原石」
それを針金で巻き、ペンダントトップにして、
首から下げたグラシュタンの姿がある。
彼は、武装せず、葦毛で黒い鬣の馬の姿でイデアの隣に立ち。
『死んだメロウと、蛟に、呪うレベルの強さで頼まれたんだよ。
でも、僕は絶対に浮気しちゃうから、恋人にはなってあげられない。
だから、イデアを支える保護者役をさせてね』と馬のまま普通に喋り、
一緒に来ていた。
深紅を基調とした色合いの陣営の中で、
イデアとグラシュタンの白色は悪目立ちしていたりするのだが、
今回、イデアは、初陣ながら、見学の予定だったりする。
だから高台から、戦況をじぃ~っと見詰めている。
モーントとフェーブスは、その後ろで騎乗し、2人を見下ろし、
のほほ~んと、落ち着いた様子で、まず、モーントが、
『グラシュタンって…、水馬の魔物だったんだね……。そう言えば、
水馬に騎乗したら、水死体にされるってホント?』と言い出し、
『僕は、普通一般的な水馬の魔物。草食動物ですよ!
肉食系な、同じ水馬種のケルピーでも、
海馬種のアハ・イシュケでもないんで、用事もないのに、
生き物を殺したりは、しないですよぉ~』とグラシュタンが答え、
『え?ケルピーとかって肉食なのかよ、馬なのに?』と、
フェーブスが驚いて…、と、男性陣は、楽しげに会話をしていた……。
それとは打って変わり、
戦争での対戦相手は、言わずと知れた厳つ霊側の者達。
「雷霆ダエーワ」を崇拝し、
その罪を負う役割の「トリタ神」をも信仰する「フルグル国」。
その国軍である「トリタ神軍」である。
イデアは、その戦場に、グロブスが率いる者達。
「トリタ神軍の遠征部隊」の者が、
「混ざっていないか?」を目視で必死に確認している。
因みに、その答えは微妙。
この場に、モーントとフェーブス、グラシュタンとイデア以外、
水霊の加護を与えられた者は存在しないと言う事しか分らない。
イデアは、この戦場に・・・
「グロブスとイグニスが、出ていない事だけが救いだね」と思い。
安堵のため息を零し、振り返って、森に潜む相手と目が合い、驚く。
そこには、顔見知りの相手。厳つ霊側の人間が居たのだった。
イデアは、緩んでいた気を引き締め、敵の数を確認するが、
他には誰も居ない様子だった。
どうやら、彼は1人で偵察に来ていたらしい。
相手が居るのは森の中、相手までの距離は微妙、立地的に考えると、
人間が走って追いつける距離ではない。
騎乗している状態で、馬で森まで走って、そこから自分の足で走って、
追いかければ、イデアなら、追いつけるかもしれないが…、
馬に乗るタイムラグを考えるとこれまた微妙。
騎乗しているモーントとフェーブスは、何処まで走れるのかが不明。
グラシュタンなら、総てに置いて余裕だろうが…、
追い付けた後に問題があるかもしれない。
「生け捕りは無理。ココは見逃すか…、それとも……。」
手詰まりを感じたイデアは、上官に指示を仰ぐ事にする。
イデアは、モーントとフェーブスに背を向け、『敵兵一人』と言い。
偵察に着た者とは間逆の方向に顔を向け、方向と距離を伝える。
意図に気付いた双子は、『『狩れるか?』』と言って来る。
イデアは意を決し『御支援頂けるなら』と答え、了承を得てから、
『そのまま馬で獲物を追い掛けて下さい。飛び乗ります。
その上で、獲物が森の奥へ入らない様な支援を下されば…、
場合によっては、生け捕りも可能かと……。』と、
殺さないで済むかもしれない可能性を求めた。
そして行動は開始される。フェーブスが森の奥に火の球を放ち、
モーントが馬を後方へ方向転換して、走り出させた。
イデアはモーントの乗る馬の尻に立った状態で飛び乗り、
ある程度近付いた時点で、獲物の足に水の刃を放ち、転倒させる。
そのつもりで獲物の両足、膝から下を切り落としてしまう。
イデアはゾッとし、馬から飛び降り、水の魔法を使って、
回復させるつもりで、顔見知りの相手が居る場所へ駆け寄り、
雷鳴と雷光の予兆に気付き、電気を通さない純粋な水を身に纏い。
向かいたかった場所から飛退き、直撃を避け、
至近距離で、見知った人間が雷に打たれる姿を見た。
遠くない場所に、雷霆ダエーワの巫女が居るらしい。
キラキラ光る薄い水のベールがイデアを包み、
時に、水のレンズを作り出し、遠くの様子を瞳に映し出す。
そして、発見した。
遠くの岩場から、両腕が無く汁混じりの血液が滲んだ包帯塗れの女が、
望遠鏡で「こちらを見ている」と言う光景。
シュピーゲルが嘘を言っていなければ…、彼女は、間違いなく、
シナーピであろう……。その方向に、イデアが意識を集中すれば、
強く重く暗い。最大級の蛟の祟りの力を感じる事が出来るから
その点からも間違いない。
シナーピは自分の兄であるイグニスと共に望遠鏡でこちらを眺め、
何かを誇らし気に、イグニスに伝えていた。
そして再び、雷鳴と雷光。イデアは今度は冷静に対処して、
狙われたモーントとフェーブスを護る事が出来た。
その間も、シナーピは雄弁に語り続ける。
時間枠を超越した嘘混じりな言葉を……。繰り返し、繰り返し、
イグニスに語り続けている。
イデアはシナーピの言葉を真に受けたであろう。
イグニスの言葉を読み、その唇から発されたであろう言葉に絶望して、
「もう、二人の未来は無いのだよな……。」と実感する。
読唇術は剣の師匠グロブスから習い。それ程に、
イデアは得意ではないが、唇を読める様にはなっていたのだ。それに、
練習相手だったイグニスの唇を自分が読み間違える事は無い。
『あぁ~ぁ…、嫌だなぁ~……。
イグニスと肉体関係が無い事だけが救いとか…、何なのそれ……。
何にも、面白い事も、ないよ』と、イデアは独り言を言い。
寄り添う為に寄って来た馬の姿のままのグラシュタンの背に乗り、
現実に耐え切れなくて、グラシュタンの柔らかい鬣に顔を埋めた。