023[蛟の街の死 3]
イデアは湖の場所で死んでいた身内や蛟の街の者達の埋葬を終え、
怒りで力を暴走させぬ様にして、蛟の街へと戻って来た。
街でも稲光と雷鳴が轟いていた。
街の上には雷雲。街は何か所も故意に放火されたかの様に燃え、
石畳みの上には、幾つもの死体に電気が血管を通り広がった痕。
厳つ霊の巫女の仕業であろう。
シダ植物の葉模様にも見えるリヒテンベルク図形が、
皮膚の上に爛れ残る遺体が転がっている。
イデアは父方から受け継ぎ、蛟から贈呈された「水霊の力」。
兄「メロウの水霊としての力」を行使して、
通常攻撃は勿論、電気を通さない純水の盾と鎧を作り。
母方から受け継ぎ、母と兄から貰って来た「火霊の力」と、
街中で燃える炎の力を回収し、
暗くなって来た街中で小さな鬼火を幾つも作り、光で敵を誘き出し、
襲ってくる者と戦い、
自分は無傷の状態で、相手を半死半生へと処理する。
そして、水霊の加護の力を受けた者もその遺体の位置も、
今のイデアには、蛟の力で場所が分るので、
住民の遺体は全て火葬し灰にし、
悲鳴を耳にしては、生きている住民を助けに向かい。
女子供に悪戯する厳つ霊の男達を発見する度に、血の雨を降らせ、
イデアとイグニスの婚約を知る厳つ霊の者から、
『これは当たり前の事だ!』『イグニスも同じ事をしてきた』と、
耳にし、厳つ霊の男達に幻滅しながら、
街中に居た厳つ霊側の者の死体を複数残し歩いた。
そうこうして、蛟の街を通り抜けた先、蛟の神殿の前まで来ると、
グロブスの妻で、イグニスとシナーピの母でもあるピペルが、
蛟の街から集めた者達の中から、
蛟の崇拝者を狩り出すゲームに興じているのが見て分る。
水の無くなった湖に、蛟の街の住人で作った死体の山が出来ていた。
死体も、死体を運ぶのも、蛟の街の住人で、
死体になる者を選ぶのも、選ばれるのも、蛟の街の住人だった。
選ばれた者を縛るのも蛟の街の住人で、殺すのも蛟の街の住人。
ピペルの号令で殺せなかった蛟の住人は、
殺されそびれた蛟の街の住人と役割を交代して、ピペルの号令で、
厳つ霊の巫女の落とす雷に寄って殺される。
イデアは、完全に怒りに支配されない様に注意しながら、
「何故、こんな事をしているのか?」その理由が知りたくて、
厳つ霊の宴の席に近付いて行った。
その頃、周囲は本当に暗くなり、夜になっていた。
厳つ霊側の者は先入観から、
鬼火の光を蛟の街に残っていたメンバーが持つ「松明」と勘違いする。
そして運の悪い事に、イデアに向かって、
『首尾はどうだった?隠れてた女子供を食って来たんだろ?』と、
何の為に、厳つ霊の者達が蛟の街に残っていたのかを伝えてしまった。
イデアの中に生まれていた疑心が、信じられない程に大きく育った。
蛟から貰った緑褐色なモルダバイトのペンダントが、
イデアの心を護る為に癒してくれはしていたが、
蛟の友人、風霊アナクシメネスの癒しの力を持ったモルダバイトでも、
イデアの心を完全には、守れなかったが…、イデアを冷静にし、
イデアの心を冷やし固める事は出来た。
イデアは鬼火の炎を大きく燃え上がらせ、自らの姿を晒し、
ピペルに向かい。蛇の瞳で見詰めて、
『アナタ方の所為で、蛟様だけでなく、私の両親と兄も死にました。
何故、こんな事をするのですか?』と問い掛ける。
ピペルは、一瞬だけ躊躇したが、さも当たり前の様に、
『人間と人間以外の者が恋中になった時点で罪だわ!
それを祝福した者も同罪よ!罰せられて当然でしょ?
罪人達は、我々に無条件降伏して殺されるべきなのよ!』と言う。
イデアは、そんな彼女の御蔭で、立派な祟り神へと転身する力を得た。
イデアは『あはは』と乾いた笑いを漏らし、蛟の声で、
『愚かしい…何て愚かしいんだろうね……。何様だ?お前!
1000年以上前から続く、私達の許された営みを愚弄するとか、
神にでもなったつもりか?そもそも、厳つ霊の巫女も、
人間以外の血が流れていてこそ、雷の魔法を使えると言うのに!
おや?知らなかったのかい?あのさぁ~、無知も罪だよ』と言って、
人であった姿を大きく変える。
イデアの肌は、蛟の真珠の様な光沢をもった白い鱗の覆われ、
母方の血の御蔭で、マグマの中に住む細長い竜の姿になり、
鬣は、ストロベリーブロンドで、瞳は朱色の混じるワインレッド。
但し今は、蛇の瞳が暗く瞳孔を開き、奥深さの有る闇色になっている。
イデアの姿が消え、
突然出現した竜に、その場に居た者達、総ての顔が青褪めた。
蛟の力を贈与され、祟り神になったイデアの影響を受け、遠くから、
先に蛟の呪いをかけられ、祟りを体験中の厳つ霊の巫女達の悲鳴が、
途切れる事無く聞こえ出す。
その時、イデアが助け歩いた女子供達や、
存在を把握し、隠れているのを知りながらも、イデアが放置した者達。
その街に残っていた住民達から話を聴き、
イデアの婚約者が、今、敵である厳つ霊の者だと言う事を聞いた上で、
イデアの様子を少し離れて見守っていたグラシュタンは、
その者達と一緒にイデアを見上げ、驚いていた。
イデアは、
蛟から受け継いだ力とモルダバイトの癒しの力で魔物に落ちず、
その代わりに「蛟の祟り神」となってしまっていた。
イデアの最初の信者達は・・・
死んだ蛟の街で、イデアが救って歩いた女達と子供達。
隠れ、息を潜めていた蛟の街の住民達となる。
その最初の「蛟の祟り神」の信者達は、
イデアの近くまで走り寄ると、
『イデア様、皆の仇を討って下さい!こいつ等に、
死より強い苦しみを奴等に与えて下さい!』と叫んで願い。祈る。
その「願いと祈り」を耳にしたイデアは一瞬、信者達の方に目を向け、
『その願い。蛟様の祟りの執行に上乗せしておきます。』と、
皆に届く様に囁いて、微笑んでから、
『ねぇ~?ピペルおばさん、厳つ霊の崇拝者の皆さん。
人と神が両想いになって、誰に迷惑を掛けたと言うんですか?
自分達が受け入れられない恋愛だからと、罰するなんて
酷い事だとは思いませんか?
その2人の幸せを祝福する事が、本当に罪だったのか?
あなた方が罰した者達に、どんな罪があったか教えて下さい。
そして、その者達は、本当に無抵抗で殺されるべきでしたか?
身内を殺されたくなくて、自分が死にたくなくて
抵抗し、応戦する事は、許されない事でしょうか?
もし、その立場に自分が居たら、大人しく殺されますか?
大人しく大切な者達が殺されるのを見守れますか?無理ですよね?
だから、蛟様からの返しを御持ちしました。受け取って下さい。』
イデアは蛟から預かった。
触れると焼け爛れる蛟の祟りを含んだ水をその場、
目の前に居る厳つ霊側の者達に向けて総て送り出し、
その者達の頭から足先まで、
利き手・利き足の方の左右どちらか半分を元に戻らないレベルで焼き、
大火傷させ、死なない様に、その酷い状態で維持させた。
その場に痛みと恐怖に寄る悲鳴と、助かった事を喜ぶ奇声が響く、
厳つ霊側の者達はのた打ち回り、蛟側の者達は涙を流し喜び、
竜と化したイデアに駆け寄り、皆が皆、細長い白い竜に平伏し、
更なる願い『厳つ霊側の者達を総て滅ぼして下さい』と言い出した。