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14章(4)

浩一の事故から4ヶ月が過ぎたとある日曜日。

恵美は久しぶりにアパートの掃除に専念していた。

掃除機をかけ、風呂もトイレも丹念に拭き掃除をしていたのだ。

その時郵便受けが小さな雑音を上げたと思うと、一通の手紙が投函された。

拭き掃除中の恵美は雑巾をバケツに戻し、玄関の手紙を拾い上げた。差出人は京子だった。

忙しさで頭の隅に追いやられていたが、確かに京子からの手紙だった。

しかもなぜか速達で届いたのだ。恵美は掃除のために立てかけていたテーブルを戻し、

手紙の封を開けた。速達なのだから恵美も急いで見なくてはと思ったのだ。

 『恵美。お元気ですか。私は元気です。速達なんかで驚かせたかな?だったらごめんね!

でも、どうしても知らせたいことがあって、ペンを取りました。電話でも良いけれど、

声を聞くと……。お世話になりっぱなしで、本当に感謝しています。恵美は元気ですか。

一度社のほうに退職の関係で連絡を入れたら、恵美も辞めたと聞きました。

恵美のことだから心配はしてはいないけど、本心ではちょっと、心配……。

そうそう!お知らせしたい事とは!!!私の田舎は知っていると思うけど、長野です。

(言わなかったっけ?)そこでこの前、今までのお礼も兼ねてお寺さんに御参りに行きました。善光寺です。有名だから知っていると思うけど。そこの本堂に向かう道には、

色々な仏閣が両側に並んでいるのです。修行僧も沢山いますよ。そこで、

ある人を見かけたのです。誰だと思う?笑!!あの浩二さん!恵美の元彼、私の悪魔君。笑。

彼、頭を丸めて一生懸命掃除をしていました。もちろん私には気が付かなかったけど、

そんな姿を見ていたら、恨みも自分の馬鹿な行動も全てすっきり流されました。

御参りに行って本当に良かったと思っています。恵美!私はもう大丈夫よ。

今度は恵美が頑張ってね!色々なことで……笑。本当にありがとう。寂しい都会暮らしで、

恵美だけが私の救いでした。今度は長野にも遊びに来てくださいね。待ってます。

それまでお元気で。……京子』

京子の文字には、寂しさも虚勢も感じられなかった。恵美は手紙を胸に抱え、

何度も頷き心の中で京子にエールを送った。

 浩一のリハビリは厳しいものだった。長いこと動かさなかった脚をまずは動かすのだが、

関節は伸びきったまま固まり、少しの屈伸でも悲鳴を上げた。

浩一には鈍い痛みしか伝わらないが、それでも大きな進展だった。

何も感じなかったのだから。リハビリの時間は1日に2時間。

浩一は物足りなさを感じていた。『まだ早いのでは』という医師に頼み込み、

浩一は一本のゴムを受け取った。それを自分の足の土踏まずに引っかけ、

膝の屈伸に使用するのだ。両手が自由な浩一は周囲が心配するほどトレーニングに没頭した。片方ずつの脚にゴムを引っかけて引っ張る。

単純な作業だが、膝の屈伸角度は目を見張る勢いで回復していった。

次は腰の回転と屈伸だが、これは思うようには捗らなかった。

しかも浩一一人ではベッドでの自主トはも思うようにいかないのだ。

天井から下げられたつり棒に掴まり上半身を起こすのだが、

脚と違い痛みは背骨から脳に稲妻みたいに走るのだ。

それでも浩一は汗だくになり毎日暇を見つけては繰り返した。

ジュンはあまりの苦痛に歪む浩一の顔を見れずに、何度も病室から逃げ出した。

それでも、ジュンは献身的な態度を崩さなかった。毎日就寝前には浩一の身体を綺麗に拭き、常に清潔な下着と寝間着に着替えさせた。

浩一の体は少しずつだが衰えていた筋力も回復しつつあった。

腕や胸の筋肉は隆々と盛り上がり、汗の匂いさえジュンの気持ちを刺激した。

浩一の夢は進展を止めていたが、今の浩一にはやらなければならないことが山積みで、

忘れてしまった恋人のことなど、どこかに吹き飛んでいた。

それよりも毎日顔を見る女性に心引かれ始めていたのだ。

内心『名乗り出ない恋人など、どうでも良い』とさえ思い出していたのだ。

『今を生きよう』浩一の心は今にも声を張り上げ叫びそうだった。

 浩二と恵美は提携プロジェクトの最終段階に入っていた。最初は戸惑い気味の元同僚達も、今ではしっかりと恵美の言葉に耳を貸すようになっていた。このプロジェクトだけは、

どうしても成功させたかったのだ。元同僚、そして浩二のためにも。

しかもプロジェクトには、いつの間にか雅子も参加していた。もちろん単なる経理事務だ。

「どうしたの」

恵美は雅子の顔を見るなり驚きの声を上げた。

「なんか、急に参加してくれって。専務が……」

雅子の答えに恵美は声を出して笑った。専務の顔が頭に浮かんだのだ。

想像の中の専務は恵美に向かって赤い舌を出してこう言った。『今度は君が狙いだよ』と……。その答えが雅子の参加に思えたのだ。

『たぬき親父め』恵美の心も負けじと言い放った。

笑い転げる恵美を、雅子は不思議な眼差しで見つめ続けた。


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