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記号論的チキン 橋ができる前の海を見ていた鶏

作者:塩野孝芝
最新エピソード掲載日:2026/06/05
瀬戸大橋がまだ海の上に存在しなかったころ、宇高連絡船の甲板に一羽の鶏がいた。

人間たちはその鶏を、食材か、荷物か、ただの鳥として見ていた。だが当鶏にとって、自らの首の前後運動は世界の揺れを補正する観測行為であり、クチバシによる打鍵は現在を確定するための記号処理だった。

朝いちばんに高松へ着く連絡船。港で食べる素うどんの湯気。橋の仕事に向かう父親と、船の方が好きだと言えない少年。多度津の道場で見た「受け」の動き。小豆島で石を海へ返す母娘。宇野港に残された、もう使えない切符。

橋は便利さをもたらす一方で、船で渡る時間、待合所の沈黙、朝のうどんをすする身体感覚を少しずつ変えていく。鶏は、橋を止めるのではなく、橋によって失われそうな揺れを別の形で残す方法を探し始める。

これは、一羽の鶏が瀬戸内海を構文解析し、橋ができる前の海と、橋ができた後にも残る朝を読み続ける物語である。
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