実技の始まり──冷徹な微笑みを浮べる男の違和感
実技訓練のグラウンドに到着すると、広い場所にすでに多くの生徒が集まっていた。空気がひんやりと感じられる中、教授たちが指示を出し始め、各班が準備を進めている。
「今日は、模擬試合を行う。各自、自分の力をしっかりと試すように」
マルクス教授の声が響くと、緊張感が一層高まった。フィリアスも心の中で自分を落ち着かせ、試合に備える。
「フィリアスくん、緊張するね」
オリビアが声をかけてきたが、レオンもその隣で力強くうなずく。その直後、マルクス教授が戦うペアを指示し始めた。
「まず最初に、フィリアス・アストラフィムと——」
その瞬間、俺は一瞬立ち止まった。教授が指名した相手を確認しようと目を凝らす。 周りの空気が急に変わったような気がした。冷徹で鋭い目を持ち、まるで非現実的な雰囲気を放つ人物が目の前に立っている。彼の周囲には何とも言えない圧力が漂い、ただ立っているだけで、まるで周囲の空気を支配しているかのようだ。
「君、どこか違うね」
その人物が、突然、意味深な言葉を俺に投げかけてきた。その一言が、まるで呪縛のように俺の胸に重くのしかかる。
俺はその言葉に対して答えることもできず、ただ無言で彼を見つめた。周囲の空気が元に戻るまでに数秒もかからなかった。
その後、マルクス教授が続けて言う。
「フィリアス・アストラフィムと——ダリアス・ヴェイン、君たちが最初のペアだ」
俺はその名前を聞いた瞬間、目の前の人物がまさにこの戦いの相手だと直感的に感じ取った。彼が本当にこの戦いの相手だったのか。いや、違う。何かが違う。俺の体の中で、確かな予感が広がっていく。訓練が始まる前、ダリアスが木刀を握りしめ、少し不安そうな表情で俺に声をかけてきた。
「君、冷静に戦うのが得意なんだな。でも、戦いってもっと……感情を乗せてやるもんじゃないのか?」
俺は少し目を細めて、ダリアスを見つめながら答える。
「感情を乗せるのも重要だけど、戦いでは冷静さが一番だ。感情に流されると、すぐに隙ができるからな。強さを求めるなら、感情を制御することが大事だ。」
ダリアスは笑いながら、木刀を軽く振るった。
「なるほどね。でも、僕はもっと熱くなりたかったんだ。試してみるよ。」
俺は無言で頷き、戦いに備える。ダリアスがレイピアの構えを取る。まだ少しぎこちなさが見えるが、その構えからは確かに何かを感じ取れる。彼はレイピアの使い手らしく、動きが鋭い。
「さあ、始めようか。」
俺は低い構えで彼を迎え撃つ。ダリアスが突進してくるのを、冷静に捉えながら、動きに合わせてカウンターをする。ダリアスの攻撃は予想以上に遅く、まるでその場の状況に流されているかのようだった。レイピアを巧みに使っているが、攻撃に迫力が欠け、力強さが感じられない。俺はその攻撃を冷静に避け、反撃を準備する。
だが、その中に何か違和感があった。ダリアスの動きには、どこか不自然なものを感じる。まるで彼の中に、隠している力があるかのような…それが俺の直感を刺激した。
「……なんだ、これは。」
俺は心の中で呟く。彼の動きは確かに普通のレイピア使いのものではない。どこか無駄がありすぎて、それを意図的に隠しているように感じる。目の前で繰り広げられる戦いの中で、俺はふとその違和感に捕らえられた。
ダリアスが再度レイピアを構え、攻撃の態勢に入る。その瞬間、俺は感じた。何かが狂っている。彼の目に一瞬、何かが宿ったような気がした。その瞳に浮かんだのは、隠しきれない、冷徹な冷徹さ。これまでの動きとは違う。その変化に、俺は一瞬躊躇してしまった。
その直後、ダリアスの攻撃が俺に迫る。だが、突然その攻撃が目の前で止まった。
「……どうした?」
思わず、俺は彼に問いかける。
その瞬間、俺は判断した。違和感を感じながらも、俺はためらうことなく、その攻撃を受け流し、ダリアスの木刀を弾き飛ばす。
「これで終わりだ。」
最後に一撃、彼の木刀を打ち破った。その後、ダリアスは膝をついて倒れ込み、木刀を握った手が力なく地面に落ちた。
ダリアスが力なく倒れ込む中で、俺はその姿に少しだけ複雑な気持ちを抱えていた。本気で戦っていれば、あれだけで決着がつくのは間違いないはずだ。だが、どうしても、さっきの違和感が拭えなかった。
「いやぁやられちゃった。さすが決勝戦に残ったフィリアス君だね。」
ダリアスが軽く笑いながら、床に膝をついている。自分が負けたことに対する悔しさは一切見せず、むしろ楽しんでいるような余裕さえ感じる。
「本気で戦わなかったのか?」
俺はその問いを、無意識に口に出していた。
ダリアスは微笑んだまま、顔を上げ、俺の目をじっと見つめる。
「ふふ、そうだね。君には悪いけど、僕もあまり無理をしないようにしてるんだ。まあ、次の試合もあるし、無駄な力は使わない方が賢いだろ?」
その言葉に、俺は頭をひねる。何かが違う。普通、あんなに簡単に倒されるような相手が、こんなに余裕を持っていることはあり得ない。
だが、次に何かを言う前に、ダリアスが立ち上がる。
「でも、君も気づいているんじゃないかな?」
彼の目に一瞬、鋭さが宿る。
「僕が本気を出すとき、君はどんな反応をするか、見てみたかったんだ。」
その言葉には、何か裏があるような気がした。そして、俺は再び、あの不気味な違和感を感じ取った。俺はその言葉に困惑し、ダリアスの目をじっと見つめる。まるで試すように、俺の反応を見ている。あの余裕に隠された何か——それがどうしても気になってしょうがない。
「本気を出す時、か……」
俺はつぶやきながら、ダリアスの言葉を反芻する。確かに、彼の動きは一貫して軽かった。あの程度で倒されるような実力者が、あれほど余裕を持つこと自体、普通じゃない。俺の中で、何かが引っかかっている。
「お前、何か隠してるだろ?」
思わず口に出していた。
ダリアスは一瞬、口元をゆっくりと引き上げる。微笑みを浮かべるものの、その眼差しは冷たい。
「隠してる? ふふ、君がそう思うなら、それもまた一つの答えだね。」
彼はそう言いながら、無理に立ち上がることなく、ゆっくりと後ろに下がる。
その表情からは何も読み取れなかった。ただ、今まで感じたことのない、不気味な印象だけが俺の中に残る。次に何が起きるのか、全く予測がつかない。
「でも、君がどんなに気を使っても、僕のような者に簡単に倒されるわけがないことくらい、君も気づいてるだろ?」
その言葉に、俺の胸の中で何かがざわめく。ダリアスは確かに、まだ隠している何かがある。だが、今はそれを突き止める時間がない。少なくとも、この場では。
ダリアスが最後に一度だけ振り返り、口元にあの笑みを浮かべて、戦いが終わったことを告げた。
「お疲れ様、フィリアス君。」
ダリアスは一瞬、口元をゆっくりと引き上げる。微笑みを浮かべるものの、その眼差しは冷たい。
その言葉を最後に、ダリアスはさっさと立ち去る。そして、俺はその背中を見送りながら、あの違和感が消えることはないだろうと、深く感じていた。実技が続く中、俺は集中して戦い、訓練をこなしていった。周りの音や景色も次第に遠くなり、ただ戦うことに没頭していた。気づけば、空はすっかり暗くなり、周囲に灯りがともり始めていることに気づく。
「あれ、もうこんな時間か……」
ふと視線を向けると、他の生徒たちも訓練を終え、集まりつつあった。俺もその中に加わり、少し休憩をとろうとする。すると、すぐにレオンとオリビアの姿が目に入った。
「フィリアス、終わったのか?」
レオンが歩み寄り、少し疲れた表情で声をかけてきた。
「うん、なんとか。オリビアはどうだった?」
俺は答えながら、オリビアにも目を向けると、彼女も笑顔で頷いていた。
「私も無事に終わったよ。それにしても色んな人と戦ってすごく緊張したわね。でも、楽しかった!」
オリビアは明るい声で言いながら、肩を軽くすくめた。
「まあ、予想通りだな。実力者が多いから、しっかりとした実力を見せる必要があるってわかってたけど」
レオンが少し胸を張る。
その時、俺はふと思い出す。ダリアスとの戦いのことだ。あの違和感が、どうしても引っかかる。なんだったんだろうな、あの感覚……
「フィリアス、どうしたの?」
オリビアの問いかけに、俺は我に返った。
「ああ、なんでもない。ちょっと考えてただけだ」
そう言って、俺は目の前の友達に笑顔を向けた。
「じゃあ、食堂に行こうか。さすがに腹も減ったし」
レオンが提案してきた。俺たちは何も言わずに頷き、ゆっくりと歩き出す。暗くなった校舎の中で、何か新しい感覚を胸に抱えたまま、俺たちは一緒に食堂へと向かった。