二人の『勇者』
第五十八話
「なんだよこれは!?」
まず初めに聞こえたのは、この国の住民であろう男の怒鳴り声だった。
その一声を皮切りに、周囲で身を隠していた住民たちが集まる。
「うそでしょ.....私の家が.....!!」
「お、俺の店が...!」
「うわあああああん、僕のぬいぐるみがぁぁぁ!!!!」
惨状を目の前にした住民たちの嘆きは聞くに堪えなかった。
確かに戦闘は終わり、人的被害もほぼでなかった。
しかし、明日は当然のように訪れ、それを普段通りに迎えることができない人が生まれてしまったのもまた事実だ。
家屋、店、大事な物、思い出の場所。
ルクスは一つ残らず全て守りたかった。
だから、初めから戦いを止めるように動いていたのだ。
しかし事実、『魔王狂信派』と『英傑団』はぶつかってしまい、さらにはギルティアの暴走により、被害は拡大した。
「なあ、ルクス──」
俺はルクスを慰めようと、肩に手を伸ばした。
しかし、それでは決して解決しないことなのだと思い知ったのだった。
「おいお前、なんてことをしてくれたんだ!!!」
住民たちの怒りの矛先は鎧を纏い、剣を携えたルクスに向かった。
中には戦いを途中から見たやつもいるのだろう。
だから、その中心にいたルクスが責められたのだ。
もちろん俺たちも無関係という訳ではないらしい。
ルクスの部下的な立ち位置としてしっかりバッシングを浴びている。
「みなさん落ち着いてください、彼らはこの国を守ってくださったのですよ....。」
慌てて、司祭のおっちゃんが状況を説明する。
「それにこの方はあの彼の有名な『刹那の勇者』...!!彼がいなければこの国は今頃──。」
それは明確にルクスを擁護するための演説であった。
混乱している民をなだめる目的もあったのだろう。
しかし、その良かれと思ってとった行動は思わぬ展開へと発展するのだった。
「ゆ、勇者様....?!」
「ほ、本物なのか?」
「はじめて見た.....。」
住民たちの反応はそれぞれであった。
ひそひそとそれぞれの意見を交換し合っている。
これにて騒ぎは収拾したかのように思えた。
「....」
しかし、ここに一人、そうは思っていない者がいる。
ルクスだ。
「だ、だったらよぉ。」
恐る恐る前に出て発言をしたのは今回の被害に遭ったであろう男だった。
「なおさらじゃねぇか....?『勇者』なら、なおさら俺たちの生活も守れよ。」
この発言は火に油を注ぐようなものだった。
あと一歩で収まりかけていた、批判が再び白熱しだしたのだ。
「そ、そうだ!『勇者』なんだから、俺らの財産も守れよ!」
「人類を守るのは、あなたたちの義務なんでしょ?!」
これに対するルクスの反応は物静かだった。
ただ真っすぐ、しかし悲しげに住民たちを見つめていたのだ。
「ちょっと、あなたたち!さすがに無礼ですよ!」
声を上げたのはソルナだ。
ルクスに対する理不尽な仕打ちに我慢できなくなったのだ。
「無礼?なたたちのせいで私たちの国はめちゃくちゃじゃない!」
女性がソルナに向かって言い返す。
「なっ...──!」
さらに言い返そうとするソルナを止めたのはルクスだった。
「いいんだ、ありがとう。」
その声はやはり物悲しかった。
どこか諦めのついた眼差しをしているように感じた。
その時だった、野次馬の男がおもむろに石を掴んで投げつけてきたのだ。
・・・・・・
・・・・
・・
ポツ、ポツと額に冷たいものが当たる。
野原に寝っ転がって昼寝をしていたがどうやら邪魔が入ったようだ。
雨が降り始めたのだ。
早く家に戻らなきゃ!
少年は急ぎ足で帰った。
「ただいま。」
両親に帰宅したことを告げる。
父、母、少年、家族はこの三人だ。
しかしその日は違った。
一人の老人が少年の家を訪れていたのだ。
60代半ばだろうか、もしかしたら70を超えているかもしれない。
「お母さん?」
少年は見知らぬ客人に不安になり、年相応に母の後ろに隠れた。
「大丈夫、この方はあの彼の有名な『更生の勇者』様よ。」
母はどこか寂し気に伝える。
少年は老人の正体に驚いた、しかしそれと同時にそんな人がどうしてうちにいるのだろうと疑問に思った。
「お前がルクスだな。私は『勇者』だ。名をドルドという。お前を引き取りに来た。」
老人は少年に向かって話しかけた。
その話し方は粗暴だったが、声は厳かで品格を感じるものだった。
さて、今さらにはなるが、少年の名はルクス・セラリタス、そして老人の名はドルド・キルゴートだ。
まるで磁石のように引き寄せられた二人の『勇者』の物語は、まさにこの時始まった。
・・・・・・
・・・・
・・
ルクスとドルドは馬車に揺れられていた。
向かう先は東側諸国の北方に位置する小国だ。
「ルクス、何度も言うがお前の両親はなにもお前を売ったわけではない。お前のためを思って私に託したのだ。」
少年はふてくされていた。
齢6歳にして親元から遠く離れなければならなかったからだ。
それだけじゃない、両親がこのよくわからない老人に最愛の一人息子を預けたのも不服だ。
いや、本当はわかっている。
これが自分のことを思ってしてくれたことなのだと。
だが、幼さもあり、それをうまく呑み込めなかったのだ。
なにより、ドルドはなにを考えているのかよくわからない人物だった。
もう何日も行動を共にしているが、未だに表情筋が動いたとこすら見ていないのだ。
それが不信感を加速させた。
はっきり言ってルクスはドルドを信用していなかった。
だが、ドルドの世話になってる以上、変なことを言い出すわけにもいかなかった。
それに、一緒にいて知れたこともある。
ルクスは幼いころから腕に妙に幾何学的な模様をした痣があった。
その痣のおかげか、ルクスの身の回りでは時折不思議なことが起きた。
ある時、地元の悪ガキ集団に囲まれたことがある。
理由が何だったかは今となっては思い出せないが、大人数にリンチにされたことだけは覚えてる。
しかし、結果は無傷であった。
その時は不思議だったが、ドルドに出会った今ならわかる。
腕のそれは『勇者の証』というもので、勇者に選ばれた者の腕に刻まれるものらしい。
どうやらドルドはその噂を聞いて俺の元まで来たようだ。
「ねえドルドの痣もみせてよ。」
「『勇者の証』か?それならば背中にある。」
そう言うとドルドは鎧と服を脱ぎ、筋肉質な背中に刻まれている『勇者の証』を見せてくれた。
「へー、俺のと違うんだね。」
「まあ、痣の位置に意味はない。それより、もうすぐ着くから馬車を降りる準備をしろ。」
「は~い」
ルクスは降車の準備に取り掛かった。
今から二人が向かうのは東側諸国の最北に位置する国、『リキーニチス火精国』だ。
地理的にその国は魔王軍との戦争の最前線だった。
兵士を何千、何万人と導入する本格的な全面戦争ではないが、定期的に死者が出るほどの過激さはあった。
それで最近の戦況が芳しくないとのことで、『勇者』であるドルドが呼ばれたのだ。
ルクスはそこで実践を学べとだけ、ドルドに言われていた。
・・・・
・・
戦いは緊迫していた。
人類側はかなり押されており、死者も連日で多数出ていた。
その要因は、魔族側が新たに導入した魔法機械、『魔力砲』によるものだった。
『魔力砲』とは数週間ほど前から試験的に用いられていた兵器だが、それが思いのほか強かったのだ。
重い一撃に対処するすべを持っていなかった『リキーニチス火精国』側は苦戦を強いられた。
後の話にはなるが、この『魔力砲』は兵器としてボツとなった。
理由は持ち運びが難しかったのと、魔力の消費が莫大という点だ。
しかし、威力はかなりのものだったので、固定砲台として現在も活躍している。
例えば、『アクアンティス王国』もそうだ。
魔獣などに大してはこの『魔力砲』で対処している。
攻めとしては欠点があったが、守りとしては最強の兵器だったのだ。
そんなことはさておき、ドルドが戦いに参入してからは一瞬だった。
まず、何台もの『魔力砲』から放たれた魔力弾を自身の能力<<可逆>>で止め、それをそっくりそのまま送り返して、魔族側の戦線を崩壊させたのだ。
そこからは圧勝だった。
まさに形勢逆転。
のちに聞いた話だが、この日魔王軍に大打撃を入れたことによってその後数年間は人類側に死者が出なかったらしい。
この時ルクスは、初めて勇者の力を目の当たりにしたのだった。
しかし、戦火の収まった戦場に立ち寄ったとき、そこで別のものも目の当たりにしてしまった。
傷ついた兵士たちだ。
特に目を引いたのは魔族の兵士の死体だ。
手には何やらペンダントのようなものを握っている。
おもむろに拾い上げ、ペンダントの背面を見る。
そこには共通語で誰かの名前が書かれていた。
恐らくはこの魔族の兵士の名前だろう。
しかし、その文字はとてもきれいと呼べるものではなった。
どこか、愛らしさと初々しさを感じさせる文字。
まるで幼い子が書いたかのような。
それこそ自分と同年代か、年下の.....。
ここでルクスははっとした。
彼らにも帰りを待つ家族がいたのだと。
「はあはあはあはあ」
自分がだんだんと過呼吸になるのを感じる。
戦争の残酷さ、現実、その片鱗を目の当たりにして気づいてしまったのだ。
自分にそのような世界に踏み入る覚悟があるのかという不安も追加でのしかかる。
動機が加速する。
まるで世界がどんどん狭まっていくかのようだ。
汗が額から零れ落ちる。
手からペンダントを落とす。
一歩後ずさりをする。
また一歩。
また一歩。
カツ
何かにつまずいた。
ボスッ
転びそうになったのを受け止めたのはドルドだった。
「しっかりしろ。もう戦いは収まったが、ここは戦場だぞ。」
「う、うん。」
ドルドと目が合わせられない。
どうしてこうも簡単に命を奪えるのか。
ルクスは今自分を支えてくれている人物が怖くなった。
「あまり、相手を知りすぎるな。敵として見れなくなる。」
ドルドはそう言い残すと火精王国の兵士たちの元へ戻っていったのだった。
・・・・・・
・・・・
・・
あれからしばらくが経った。
ルクスはすっかり大人と呼べる見た目をしていて、ドルドの方もしわが何本か増えていた。
そしてルクスのドルドに対する見方は変わっていた。
長年一緒に過ごしたことによって、いい人だと気づいたのだ。
それでも未だにドルドの表情筋が動いたとこは見たことがない。
ただ、細かい言動からある程度の感情を察することはできるようになっていた。
さて、そんな二人だったが、今度は魔物の被害が出たということで中央大陸の小さな村にやってきた。
ただの魔物被害ならばどこの地域でも起こっている。
そういった場合勇者は参上しないが、今回は特殊だった。
まず魔物の量がおかしかった。
話を聞くと、元々この村にはほとんど魔物が寄り付かなかったそうで、その事実がさらに現状の異様感を増した。
さらに、その魔物たちは妙に連携が取れているそうだ。
最後に、何度も襲撃してくる割には実害が少ない。
これらのことから導き出される結論としては、誰かが恣意的に魔物を操り、村を襲わせているが、別の目的があるため被害は少ない、ということだ。
ドルドは黒幕の目的に心当たりがないかと村人に聞く。
「そうですね....」
村人は軽く考え込む。
「一つ心あたりがあります。」
そう言うと、村人は村の大きな倉庫へとやってきた。
そこには村の共有資産が保管されているようだ。
穀物や、農具、他にも様々な食べ物や道具が保管されている中で、とりわけ目を引くものが一つ。
剣だ。
見た感じ金と白銀で造られており、普通の片手剣よりは少し細く、しかしレイピアよりは太く軽そうな剣だ。
ルクスとドルドは一目でそれが業物であると見抜いた。
「なるほど、これが黒幕の狙いというわけか。それで、この件についてあなたたちが知ることは?」
ドルドが聞く。
「その剣は見た目こそ派手ですけど、間違いなくナマクラですよ。金と白銀も恐らくは偽物でしょう。村の伝承によれば、昔この村を訪れた『勇者』様が置いていったものらしいですけど、こうなってくるとどこまで本当やら...。ですので、今はこの倉庫に放置されているわけです。族もどこかで噂を聞きつけてやってきたのでしょう。というか我々の村にはこの剣の他価値のあるものなんてありませんしね。」
村人は困ったように剣を持ち上げた。
彼はあまり力持ちには見えないが、軽々と持てていることから、剣にはあまり重さがないことがわかる。
「ところでどの点がナマクラなのでしょうか?」
自分の予想と反した物言いに違和感を覚えたルクスは恐る恐る村人に尋ねた。
「ああ、単純に切れないんですよ何も。見ててくださいね。」
そう言うと村人は剣を鞘から抜き、近くにあった丸太めがけて振り下ろした。
しかし、剣はトンという音とともに丸太に反発した。
「ほう...」
それを見て、ドルドは少し考え込んだのだった。
「魔物だ!!村の南側に魔物が出たぞ!!!」
突然響き渡る声。
それは南門から走ってきた一人の村人から発せられたものだった。
「魔獣が三匹、オークだ!!!」
「オーク?!嘘だろ、Cランクの魔物じゃないか!!!」
冒険者ギルドの魔物討伐規定では、Cランクの魔物を討伐する際は”周到に準備をしたフルパーティ”が推奨されている。
これはどういうことかというと、例えば森の探索中にCランクの魔物に出くわしたら、一目散に逃げろということだ。
そんな魔物が三体同時に村を襲ってきた。
これは小さな村にとっては余裕で滅亡をもたらす脅威である。
「始まったようだ、さっさと終わらせるぞ。」
そういうとドルドは風のように早く南門へと向かった。
それにルクスも続く。
到着するとそこには伝令に合った通り三匹のオークとそれに応戦する数人の村人たちの姿があった。
応戦といってもどうにか進路を妨害できないかと奮闘しているくらいで、とても戦いと呼べるものではない。
さらに耳をすましてみると、オークたちは何やら呟いているようだ。
「ドコ...ドコダ...」
「ドコ....クラウ....ソラス...」
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