94 ある日、女の子が空から降ってきて
「今年で二十六か。時の流れは残酷だなぁ……」
職員室の椅子に座って俺はボヤく。
「ま、まだまだ若いけどな」
昔より少し重くなった足を動かして、俺は教室に歩き出す。
廊下では笑顔の生徒が歩いている。高校生だったころの俺とはまさに大違いだ。
右向け右をして、俺は教室のドアを開ける。
「ほーれ席に座りたまえー。授業始めるぞー」
昔――今から十年ほど前の事。
何かがあったんだ。それが何かは分からない。そのことを考えると頭に靄がかかってきて――良くわからなくなるんだ。それに……胸が苦しくなる。一体。何が起こったんだろうな。今から十年前に、一体何が――
――なんてな。
全部覚えてるよ。凜の事も、椎名の事も……魔崎の事もな。
「まあ。授業って言っても、もう期末試験も終わったからな。自習だ。自習」
俺がそう言うと、生徒たちは思い思いの行動をし始める。あるものは寝たり、あるものは真面目に勉強をしている。あるものは――あ、あいつ携帯いじってるな。まぁいいか、自習だし。
あれから天界がどうなったのかは知らない。神を失った影響か天界の人間が人間界に来ることが出来なくなってしまったのだろうか。
少し……昔の思いに耽る。思い返されるのは、がむしゃらに戦った日々、そして仲間の笑顔。そして――今俺が見ている生徒の顔と、当時の俺の顔。
「……なぁ、今やってることをやりながらでいいし、聞いてもらわなくても構わないが――お前ら、自分が日々なんのために生きているか。って考えた事あるか?」
俺の存在意義は異世界と、仲間と――
「そりゃあ生きている意味があった方がいいと思うんだよ。でもさ、最近ふと思うんだ。――そういうのが無い奴のほうが、様々な事を体験できるんじゃないかってな。だから、存在意義が無いのは悪い事じゃないって――なんか変だな俺。悪い、今のは無しだ」
――
――――
「どうもー克己さんいらっしゃいますかー」
「あらあら丹川さん。今年もいらしてくれたの」
十年前、佐藤たちといった旅館のバイトだったが、あれから夏休みになると俺は毎年ここにバイトに来ている。
「それじゃあ丹川さん、今年も部屋の片づけからお願いしますねー」
「はーい」
――
――――
「それじゃあ丹川さん、祭りに行ってきていいですよ」
「ありがとうございます。じゃあ行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
これも十年間ずっとの事で、毎年バイト最終日には祭りにいかせてもらえるのだ。
「えーと、確かあのあたりに……あったあった、あの茂みだ」
俺は茂みにずかずか入っていく、その先に居たのは――
――ニャーオ――
猫に餌を与えてる、浴衣を着た――
「よう凜。一年ぶりだな」
「そりゃあ毎年この時期あってりゃそうなるわよ」
克己凜。十年前の俺の仲間だった。
「仲居さん頑張ってるか?」
「正直うんざりよ。接客は苦手だわ」
「まあ凜の性格的にはそうだろうな」
「どういう意味よ」
出店で売っていたドネルケバブをかじりつつ、俺は餌を頬張る猫を眺める。
「……そろそろね」
近くで大きい音がする。それに振り返ると、花火が空高く打ち上がっていた。それは大きく見事な花火だった。
俺の――今の存在意義は――
またな――そう言ってくれた。あの言葉を……今でも俺は信じ続けている。
「なぁ、凜。また……あいつらに会えるよな」
「……ええ。また、きっとね」
花火が終わり、俺と凜は茂みを抜ける。
まだ騒ぎが収まらない道を歩いていると――
「お、フランクフルトだ」
せっかくだし、買っていくか。
「すいませーん。フランクフルトひとつくださいー」
「おーいいよ。千円ねー」
「せ、千円!?そんな法外な料金なのか!?……って、佐藤?」
「よお、久しぶりだな、蘭次」
十年前の俺のクラスメート、佐藤だ。まさかこんな所で会うとは。
「何やってんだお前」
「見ればわかるだろ。ほい、フランクフルト」
佐藤から渡されたフランクフルトに齧り付くと……うまいなこれ。ちくしょう、なんか腹立つ。
と、俺がフランクフルトをしかめっ面で食っていると。
「すいませーん。フランクフルトくださいー」
「はいよ。通常百五十円だけどイケメンのお兄ちゃんは二百円払ってねー」
「ひでえなお前!イケメンかどうかだけで値段変えるとか!!」
「えーだって見てみろよ、こいつほんとにイケメンだぞ」
「客をこいつ呼ばわりとは、おまえどんだけ――えっ?」
イケメンだ。
それだけじゃない。体もまさにモデル体型。そう、まるでそいつは
いや、嘘だろ?こんな所でフランクフルト買っている奴がまさか――
「椎名様――!見てくださいこの綿あめ!すごーく大きくて――わぁぁっ!!!」
「—―っ!」
横から来た女の子が、盛大に滑って――宙に浮きながらこっちに突っ込んできた。
十年前のある日、空から女の子が降ってきて――
――今の俺の存在意義は、『またな』って、その言葉を信じる事だった。
でも、それが叶ったら、俺はどうしたらいい?
きっと、大丈夫だ。そんなものなくたって――
皆と一緒なら、きっと俺は生きていける。
「痛ってぇぇぇ!!頭が!後頭部が地面にぃぃぃぃぃ!!!!!!」
ただ今は、女の子を受け止めきれずに地面にぶつかった後頭部の心配をするべきだろう。
どーも、はれです!『そう簡単に異世界を味わえると思うなよっ!』これにて完結です!
いやー思い返せば始まったのは約一年前。あの頃はまだまだケツの青いガキでした……そこから始まった話はが今こうして最後まで続いたことには正直驚いています。自分の力量ではとても完結なんて無理と思っていましたから。そんな私も一年経ち、ケツが青黒い大きなガキと変貌しました。これでは次の一年後には真っ黒になっていることでしょう。
さてこの本作品ですが、以前書いた短編と同じく、友人との会話が基になっています。
「ねえ友人、僕がもし魔法を使えたらどんなものだと思う?」
私の友人は考える素振りを全く見せず、こう言いました。
「お前の事だから、どうせ女の服が透けて見えるとかだろ」
失礼な。
と、こんな他愛のない会話から、「本人の思考から魔法は放たれるのかな?」という考えに偶然辿り着き、この作品が生まれました。今考えると友人はあまり関係なかったと思います。
最後に、本作品を読んでくださった皆様に、本当にありがとうございました。
またどこかで、会いましょう。




