91 神の救い
「—―ほう?」
今まさに力を入れようとした神の指は、魔崎の小さな人差し指からゆっくりと離れていく。
「攻撃手段、か……して、それはどのようなものなのだ?」
来たぞ。
時間の無さから本当の事を言ってしまったが、この攻撃のネタを吐いてはいけない。その攻撃を警戒されたら、どう足掻いても勝ち目はない。
「それは……」
「答えられないか、それなら――」
「そ、それは、ここにいない存在だ!」
自分でもかなり苦しいが、ハッタリでもないんでもいい。ここは押し通せ。
「俺は別次元から超人を呼び出すことが出来る。その超人はどんな岩も砕く力に、音速を超える速さ!そしてIQ三百五十のそんざいなんだ!」
お、おいおい。
これはさすがにハッタリがすぎるだろ。
「あ、いや、そうじゃなくてだなー……ほ、ほんとは!」
「いいだろう、やってみろ」
「は?」
そう言うと神は魔崎を離し、俺に対して手を広げた。まるで「いつでもかかってこい」と言ってくるかのように。
「さあ、やってみるがいい。その超人とやらを、呼び出してみろ」
「な……」
「—―そんなわけ、ないだろう」
突如、俺の腹部に強烈な痛みが走る。見ると、神の足が俺の腹部に当たっていたのだ。
「がぁっ……!」
俺は痛みに堪え体を丸めるが、尚も神は俺の体を蹴り続ける。
「貴様は!所詮堕ちた生命体なんだ!私は全く満足出来ない!このクズがっ!ウスノロが!自分の浅はかさを恥じるんだ!何が超人だ!何もできない癖に!」
ガスッ!ガスッ!神の足が振られるたび、俺は激痛に苛まれる。
(ま、まずい……このままじゃ、最後の攻撃どころじゃねえぞ……!)
なんとか……脱出しないと、この鉄槌から。
「ギリギリまで甚振ってから殺してやる、堕ちた生命体よ!」
「ファイヤー!」
声が響き渡る。凜の、魔法だ。
「邪魔するなぁぁ!!!」
だが、その炎は神に達することはなかった。
「くっ……後は頼むわよ……蘭次っ……」
ほぼ同じタイミングで、凜は地面に倒れる。ほとんど無いに等しい時間だ。
でも、
それでも
神の鉄槌から逃れるなら、その時間だけで十分だ!
「神ぃぃぃぃ!!!!」
「クソがぁぁ!!!!」
俺の拳と神の拳がぶつかり合う。衝撃によってか、あたりには風が巻き起こっていた。
俺と神は互いに拳を引き、もう一度振るおうとした俺の拳。そして俺と同じ動きの神の腕に――
――ガブゥッ――!!
神の腕に、魔崎の歯が食い込んだ。
「はならすはひます!……神!」
「ッ……ウアァァァ!!!死ねェェェ!!!」
神の蹴りが、魔崎の腰に響く――その寸前で、俺の拳は届いた。
手の甲に顔面の皮膚に触れた感覚がし、神は地面を舐める。
それでも、それでも神は立ち上がって、俺に拳を振るってくる。それに応えるように、俺も拳を振るう。
俺の手の甲には、さっきも感じた皮膚の感覚がした。それと同時に、俺の頬にも、神の拳の感覚がする。
激痛が走る。それでも構わず、俺は幾度となく拳を振るう。神も同じだ。
――
俺は地面に膝をつく。まるでガキの喧嘩の殴り合い、蹴り合った俺と……神。
だけど、ここで俺は疑問に思う。いや、初めから思っていたのかもしれない。
なぜ神は、俺達をとっとと殺さない?
神は言った『数秒で勝利を手に入れることが出来る』と。それは嘘ではないだろう。事実神は凄まじい力を持っている。それなのに、何故こうして喧嘩のような事をしているんだ?一体、どうして――
「立て。丹川蘭次よ……立つんだ。さあ!」
「……悪いが、いつまでも喧嘩に付き合っているほど俺も暇じゃないんだ」
何故だろう、今の神は、どこか天真爛漫な子供に見えたんだ。
「だから――頭突きで占めるぞ。この喧嘩自体はな。勝ち負けはその後だ」
こんな提案に、神は乗ってくるか試してみたくなったんだ。
そして――神は――
「……………………いいだろう」
それに乗ってきたんだ。
さっき俺をおちょくった時とは違う。本気で言ってきてる。
俺と神は肩を組む。その目は……どこか、誰かに似ているような。
「行くぞっ!」
俺と神は息を大きく吸いながら、体を後に逸らし――
――ガスゥゥゥゥンッッッ!!!
「痛って……!!なんつー石頭だてめー!神のくせして!!」
「貴様こそ……人間風情がっ!!」
――ガスゥゥゥゥンッッッ!!!
ちくしょう。頭に響くぜ。円周角の求め方とか絶対忘れてるぞこれ。頭突きなんて言わない方が良かったぜ。
――ガスゥゥゥゥンッッッ!!!
「いい加減……くたばれや神!!」
「貴様もとっとと地に行け!!」
――ガスゥゥゥゥンッッッ!!!
こいつは、神は、何がしたいんだ。
「うおおおおおおお!!!!!!!」
――ガンッ――
神は、真っ逆さまに倒れた。
(神、こいつは……)
少し、わかったような気がする。神――お前は、死ぬために日々生きていたんだよ。
なんでも出来るからこそ摩擦や葛藤が生まれて行ったのだろう。それでも、心だけは天才じゃ無かった。だからこいつはその度に苦しんで――それでも天才だから苦しみを解消できず……いつしか、死ぬために生きるようになったんだ。だが、それも天才であるが故、死ぬことも叶わなかったんだ。
こいつの犯した罪は変わらない。だが、もし死にたがってたからこそ俺が未だに生きているとするならば――俺は……
「あ……」
俺は一歩、また一歩と歩き出す。そして立ち止まったその場所は――俺と、神と、『魔力の溜め池』この三つが……一直線に繋がる場所だった。
「なぁ、丹川蘭次よ」
「……なんだ」
「何故、ここにいる?」
「……それは」
これで、全てが終わる。




