90 空から落ちてきた少女
「離して……っ!蘭次……様!!」
魔崎が、人質にされた。
魔崎の助けを求める手を見て、俺は衝動的に――
「魔崎ぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
衝動的に飛び出す。
絶対、絶対許さねえ!魔崎に手を――出すな!!
「蘭次君!落ち着いて!ここでムキになっちゃだめだ!」
椎名に無理やり羽交い絞めにされる。それでもなお俺は魔崎に近付こうとする。
「離せ椎名!魔崎を……魔崎を取り返すんだよ!」
「それなら尚更落ち着くんだ蘭次君!今ここで無理したら――皆死んでしまう!そうだろう蘭次君!」
「くっ……!!」
確かにその通りだ。その通りだが……あのクソッたれを今すぐぶん殴ってやらないと気が済まねえ。
それでも俺ははやる気持ちを抑える。
「どういうつもりだ……神!!お前は自分が勝つために……そんなことを!」
頭ではわかっている。この生死がかかった状況、手段を選ばないのは当たり前の話だ。だからさっきの俺の発言は客観的に見ても間違っているだろう。だが、それでも……俺は許せない。
神は、自分の為に他人を――
「勝つため?フフフ……フヒヒヒ、ハッ、アーッハ居ッハッ!!ハッハッハッハッハッハッハッー!!!」
「…………なんだよ、お前、何が――何がおかしいんだ!!」
「ククク……いや、そうだな。貴様には気付けるはずもないな!教えてやろう……私がこの堕ちた生命体をにこのような行動をとったのは、断じて勝ちにこだわったからではない!」
――え?
勝つための手段じゃ……ない?
「貴様らを殺すことなど、ほんの数秒で終わる、約束された事象だ。もしやお前らは私と対等に戦っているつもりであったか?それは申し訳なかったな……ひとときの夢を見させたことを謝らせていただこう」
……いや、力の差があることはわかっていた。だからこそ、俺は最後の攻撃方法にかけている。だが、あいつが魔崎を人質にしたせいで、その方法が困難になってしまった。だから俺は神が勝つためにそのような手段を取ったと思ったんだ。なのに……
「……なら、どうして魔崎を……答えろ!!」
「…………私は、生まれたときから天才だった」
神は自分に酔うように天を仰いだ。
「何でもできる。何でもできる――私には出来ないことなど、この世に一つも無かった。いや、正確には……苦労をしたことが無かった。違う言い方をすると――私は努力をほとんどしてないのだ」
神は自分を高く言っているのに、その表情はどこか自分に対する軽蔑が混ざっているように見えた。
「しかし……人間界、そして天界にも、努力を美徳する文化が形成されていった。だが、私はそれを理解できなかった。言った通り、私は努力をほとんどしてないからだ。いくらその文化を知ろうとしても――私には出来ないのだ。これが私の唯一の悩みだ。さて……そこで私は、自分で分からないなら人の行動を学習させてもらおうと思ったんだ」
「まさかお前……そのために魔崎を……!」
神は、こいつは、自分の好奇心で魔崎を人質にしたんだ。それを見て俺達がどんな反応をするのか見たいから。ただそれだけの理由で、神は魔崎を人質にした。
「そのため?いいや違うぞ。こうなったのは――丹川蘭次。貴様のせいだ」
「なんだと……!」
「『異世界戦』で頂点に辿り着き、異世界が危機的状況に陥ったとなれば、驚くべきスピードでここまでたどり着いた。一体どんな奇抜な人間なのかと期待したよ。だが来たのはいたって普通の人間だ。がっかりしたよ。貴様はほとんどの動きが私の予想通りだったよ。まぁ、瞬間移動の仕組みにいち早く気づいたのと、不安定な精神状態から戻ってきたのだけは、少し驚いたがね」
うるせえよ。
てめえの思いなんて知った事か。
「だが、それだけだ。足りないんだよ。貴様の行動は私の皿を埋めるには全然足りない。だから――こうして促してやっているのだ」
どうでもいいさ。お前の事より、俺にはもっと大事な事があるんだ。
魔崎を……
「つべこべ言ってねえで、魔崎を返せ!!」
「それは叶わないよ。君が見せてくれるまではね」
「なら、力づくで取ってやる!」
地面が破裂しそうな程強く地面を蹴る。目標は神への攻撃――と見せかけて、魔崎を強引に奪い取る。
俺の高い身体能力のお陰で、一瞬で魔崎に近付く。
魔崎が俺に手を伸ばすのが見える。俺も手を伸ばす。あと――少し……
俺と魔崎の手が、細胞同士が触れようとした瞬間――
「本当に、君にはがっかりだよ」
その瞬間、俺の体は宙に浮いた。
「がっ……はっ……!」
神に吹っ飛ばされたのだ。何をされたのかはわからないが、それで自分が宙に浮いていることは分かる。
そのまま一瞬対空し、俺の体は地面に打ち付けられる。
「その程度の事しか出来ないのか。……仕方ない。それなら貴様を、更に逆境に立たせないといけないな」
神はそう言うと、魔崎のほっそりした指に触り……
――ポキッ――
軽い音がした。その音が、神によって魔崎の骨が折られたものだと気づくのに、時間はかからなかった。
「—―っああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ……!!!!!」
魔崎の悲鳴が部屋中に広がる。その苦悶の表情を見たくなくて、俺は顔を背ける。
「さて――丹川蘭次、貴様は私を満足させてくれるな?いいか、私はこれから三十秒毎にこの女の指を折る」
――やめろ。
魔崎にそんな事を……するな!
「ただし、貴様が満足したらこの女を解放してやる。さあ、見せてみろ。貴様の心を!」
二十九、二十八……と神が数える。
どうしたらいいんだ。神はどうしてほしいんだよ!
「させないっ!」
神の背後で声がした。その声は――椎名の声。神の真後ろから、魔崎を奪い取るつもりだ。だが、
「ネズミはウロチョロしないで黙ってろ」
神は振り返ることすらしなかったが、椎名の体はさっきの俺とおなじように舞って行った。
「っ……魔崎……ちゃん……!」
椎名はガクッと首を落とす。どうやら気絶したみたいだ。神はさっきの俺より、強く椎名を攻撃したみたいだ。さっき言っていた、『数秒で我は勝利できる』という言葉は嘘じゃないんだ。
十五、十四……どうする、もう時間が……ないっ!
なんとか、なんとかしないと。
「大……丈夫ですよ。蘭次……様」
か弱い声が、魔崎の細い糸のような声が聞こえてくる。
大丈夫って――大丈夫なわけがないだろう!
「私は……平気だから……蘭次様は、勝つために動いてください。それが一番……重要……なんです」
五、四……
違う。違うよ魔崎。
俺にとっての勝ちっていうのは……
三、二……
皆と一緒に、帰ることなんだよ!
「神……俺は、最後の攻撃手段がある。それを今ここで使ってもいいが……俺は魔崎を犠牲にしたくない。だから、魔崎を離せ。そうすれば……今は仕掛けない」




