85 異世界なんて
目の前にいる神――こいつは、異世界に来た人間全員の能力を使える。
そんな相手に、どうすれば勝てるんだ。わからない、俺には――方法が見つけられないんだ。
――パァン――!
聞き慣れた銃声が鳴り響く。音がした方を向くと、椎名が銃を構えていた。
「貴様は……なぜ、ここにいる」
しかし、銃声がしたにもかかわらず、銃弾はどこにも見当たらなかった。
「僕は、もう自分に嘘はつかないって決めたから。だからここにこうして立っている」
「嘘?貴様は天界人だが、人間を庇う事が本望なのか?」
「……そうなりたいと、心のどこかでずっと願っていたんだ。蘭次君や凜ちゃんや魔崎ちゃんと歩き始めたあの瞬間から。僕が天界に居たときはこんな気持ちを抱くことは無かった。その思いが心のどこかではなくて、全部、心の底からそう思うようになったのは、きっと――蘭次君と誓った、あの日から」
椎名は、この絶望的とも思える状況から、可能性を見出そうとしてる。『もう、諦めるな』と言ったあの時の俺のように。いや、状況は今回の方が断然厳しい。それでも……椎名は……。
「……貴様は情に流されないと聞いていたんだがな。そっちの女はどうだ。貴様も情に流されたのか?」
「私は――昔話の少女です」
昔話の少女――
「人間と天界の人間に違いなんて無かった。どっちも、同じ人間であることに変わりはなかったんです。ただ住む場所が違うだけです」
それは、人間界に来た少女が恋する話。
「私は……皆に恋しました。蘭次さんと、椎名さんと、凜さん。皆、私が恋した相手です。あの昔話の少女のように」
そして、少女は末永く幸せに暮らした――
「私の恋する人たちを――脅かそうとする人は……絶対に許しません」
チャキ――と、魔崎が銃を構えた。俺の前で初めて。
「魔崎……」
「……なら貴様はどうだ、そこの女は。貴様は六歳にして異世界に来ていたそうだな。貴様もこやつらと同じように情に流された存在か?」
凜が六歳の時に異世界にいた……!?
凜は、それだけ異世界に憧れていたのに、今では異世界を破壊しようとしてるなんて――
「あのね、あたしがここに居る地点で大体わかるでしょ?あたしだってここにいる皆と一緒よ。個人の利益なんかでこんなことはしない。いや、もしかしたら自分のためかもしれないわね……自分が信じる人たちが不幸になってほしくないから、私は抗うのよ」
誰も……諦めてない。
諦めているのは俺、一人だけだ。
「……そうか、貴様らが『堕ちた生命体』か」
神はポツリ。と呟いた。どこかガッカリしたような口ぶりで。
「だから嫌いなのだ。情に流されるものは肝心なところで失敗をする。『堕ちた生命体』だ。そんなものは全員殺してやろう。選ばれ存在のみ、異世界に行く権利を持つのだ」
「それって、つまり……」
「ああ、天界、人間問わず『堕ちた生命体』は全員抹殺だ。それ以外の存在が――大量の魔力で持続する異世界で暮らすことになる。いいか、これは選別だ。生命はどんどん増え続ける、どこかで切り取らねばならぬのだ」
それが、神の目的か……。
「—―させません。私達は立ち向かいます」
「そんなのがまかり通ると思ったら大間違いだよ」
「覚悟しなさい。死ぬのは――あなた一人よ」
皆が――運命に抗おうと戦っている。諦めないでいる。
そんな中――何故だろう。俺はいつからか、
体が、動かなくなっていた。




