80 これからここまで
俺達は天界の建物を慎重に進む。人間が天界に来ていると知られたら大騒ぎだ。なるべくそれは避けたい。
「さーて……どこかで『魔力の溜め池』の場所を知らないといけないね」
先頭を歩く椎名がそう語り掛けてきた。場所か……
「椎名は心当たりでもあるのか?」
「はっきりとはわからないけど……この建物は人間界でいう『ビル』だ。となれば、一番遠く、一部の人しか出入りできない……」
椎名は天井を見上げる。その動作は――
「――上か!」
椎名が先導して進む。よし、このまま気づかれずに……
「貴様ら動くなっ!」
突如後方から声が上がる、しまった、見つかった!
「手を上げて、ゆっくりとこっちを向け」
言われた通りに手を上げ、後ろを向く。そこにいたのは――
「す、澄香さん……!」
俺達とも関わりのある、中谷澄香さんが立っていた。銃口をこちらに構えて。
「やはり貴様らか……」
呆れたように中谷さんが溜息をつく。
「中谷さん……」
「丹川と美永。貴様らは人間だ。天界に反乱を企ててもあり得なくはない。こんな状況だからな。だが……中川と魔崎、貴様らはなぜここにいる?なぜ、人間の世話なぞしているのだ」
「澄香さん……私達は――」
「――僕らはもう、自分に嘘をつくのは辞めたんだ。自分の意思で……人間を救う」
「貴様ら……」
中谷さんの眼光が一層鋭くなる。
「中谷さん、僕らは終わらせないといけないくれなんだ。通してくれないか?」
椎名が中谷さんの説得を試みる。だが、
「駄目だ。私は貴様らを……処分しなければならない」
中谷さんはそれを突っぱね、銃を更に強く握る。その手は……微かに震えているように見えた。
「澄香さんもわかってますよね!こんなのおかしいって、間違っているって!」
「そんなのはわかっている!私を含め、今回の事件に疑念を持つものは沢山いる!だが、逆らえないんだ……あの化物という名の『神』には……」
「それは……」
『神』という単語に、俺は引っ掛かりを覚える。どこかで聞いたような――
『そして私は、神を倒す』
『神とは天界を統べる存在』
「……針田……」
そうだ。あいつはいつも言っていた、その言葉を。
「おい、神ってなんだよ!そいつは一体何者だよ!」
俺は中谷さんを問い詰める。その質問に対して、中谷さんの言葉は……
「……わからない……」
――わからない。わからないって……。
「神は突然現れ、天界を支配した。……そう言われている。どんな力を使ったのかもわからずにこの天界を収める職についてしまったんだ。そして、関わることの無かった違う世界の住人――人間の力を利用すると言い出した」
(突然現れて、天界を支配した……?)
俺は一瞬、本気で意味を理解できなかった。天界を……支配する?そんなことが可能なのか?
「なにより恐ろしい事に、今の話は全て……噂だ。確証が無いのだ。なぜなら――私が今まであった人の中に、神を実際に見た物はいない」
謎が謎を呼ぶとは、このことを言うのだろうか。いったいどうしてそんな事が起きるんだ。
「そして神は、魔力の溜め池で――異世界を監視している。後は……今の異世界の状況を知ってるなら分かるな」
そう言うと中谷さんは銃を下ろした。
「なるほどね……それで、その魔力の溜め池とやらはどこにあるの?」
「なっ……凜、お前!」
よくこの状況で平然と聞けるなこの女は!
「なによ蘭次。いい、私達にもう逃げ場なんて無いの。この道しかないって言うのなら、それを進むだけよ。神がなんだかなんて、どうでもいいでしょ」
「そんな簡単に言って――」
「簡単よ。道はこれしかない。ただ走り抜けるだけなのに難しいもないわ」
すげえな凜。俺にはそんな考え出来ないぞ。
「で、その魔力の溜め池はどこにあるの?」
「……本気で行くつもりか?」
「当たり前よ」
「……わかった。教えよう、魔力の溜め池は――」
――ヴウウウン……ヴウウウン……
中谷さんが言う前に、辺りの照明が赤色に変わり、サイレンのような音が通路に鳴り響いた。
「……っ!警報……」
「警報?クソッ、さっき眠らせた奴が起きたのか」
近くで大勢が動くような音も聞こえた。もうすぐそこまで迫っているぞ。
「早く答えなさい!場所を!」
凜が中谷さんを急かす。
「……地下だ」
「「「「はぁぁぁ!?」」」」
俺達四人は全員素っ頓狂な声を上げる。俺達、上を目指していたのに、地下だって?ここから一階のさらに下まで行くのか。警護をかいくぐって。
「どどどどうする、凜!」
「そんなこと言われても……そうだ、蘭次!あなた魔法は使えるの!?」
凜にそんな事を聞かれる。ええと、魔法も武器も出す原理は一緒だから……
「まだ使った事は無いけど、多分武器を呼び出すのと同じ要領でいけるはずだ!」
「なんだか怪しいけどいいわ!……窓から飛び降りるわよ!」
「はあぁぁぁ!?」
何を言ってるんだこいつは、自殺する気か!?いや……魔法って、まさか!
「ええい分かった!椎名!こっから飛び降りるんだが、俺は動けないから俺を抱きかかえて飛んでくれ!」
俺の言葉の意味が分からないのか、椎名は目を白黒させていたが、
「わ、分かったよ。抱きかかえればいいんだね」
なんとか了承してくれた。よし、これで行けるはずだ。
「魔崎は俺達から離れるな!もうすぐ飛び降りる!}
「待て!お前ら――本気でやるつもりなのか?」
「もうそれしかないからな!なんか天界も困ってるらしいし、一緒に救ってやるよ!」
「……ありがとう。頼む……助けてくれ」
大丈夫。必ず救うさ、皆。
「三ニ一で飛び降りるわよ!」
「おっけい!」
俺は目を閉じ、全身の力を抜く。そんな俺の体を椎名がそっと抱きかかえた。
「全てを巻き上げる強き流れ――」
「三――!」
「時に涼を運び、時に熱を運び――」
「ニ――!」
「時として……刃にもなる――」
「いち――!」
「我の呼びかけに応えよ!」
フワッ――体が浮く。俺達は窓から飛び降りた。普通に落ちれば即死だろう。だが――
「はぁぁ……エアロッ!」
「吹きすさぶ風――エアロ!」
俺と凜は魔法を唱える。そう、魔法によって落ちる速度を抑えたのだ。
俺達は静かに地面に降りる。後ろには、さっきまで俺達がいた建物の入り口があった。
「皆……行くぞ!!」
俺達は駆けだした。




