59 感覚を大事にしていこう
「ん……」
目を開けると、見慣れない天井があった。
(何も思い出せない……)
なんで俺はここにいるんだ?凜と椎名は?覚えてない。かすかに残っているのは、炎の記憶と――ドラゴン。
「……ドラゴンが、町を襲って。それから……それから……なったんだ?」
嫌な予感がする。記憶がない時なんてロクな事があるわけがない。
「起きたか若いの」
不意に聞いたことが無い声がして、そちらを向くと、
「まあこの世界なら病気も発症しないし問題ないじゃろ。ほら、服を着ろ」
背の低い老人がいた。
「……ここは?」
「さあの」
「はあ?」
「適当に彷徨って適当に家を建てて住んでるだけじゃからな。近くに大きい都市があるかもわからん」
「また物好きな事をしてるなじいちゃんは。またどうして」
俺がそう聞くと老人は目を細くした。
「強いて言うなら、人間に会いたくなくなったのじゃよ」
……この世界に来る条件は、十万回異世界に行きたいと願う事。だが、高齢者の場合は一万回で済むらしい。
老人は深くを語らないが、こんな世界に来て人に会いたくないって言うなら……現実世界でどのような生活を行っていたかは多少は想像できる。
「俺は、なんでここに居るんだ?」
「それも知らん。儂は近くで倒れているお前さんを助けただけだからの」
近くで倒れていた?だがどこも痛くは無いし、この世界は病気にかかることもない。
(だとすれば……疲労?)
疲れてぶっ倒れた。というのが俺が出した答えだった。
「……まあいいや、世話になったなじいちゃん。今度お礼に何か――あ、あれ?」
俺は辺りを探索しようとして――手を地面についた。立ったあとすぐに膝が崩れたのだ。
「おーおー若い癖にだらしないの」
「う、うるさいな。ちょっと滑っただけだよ」
そんな強がりも言うが、駄目だな。まるで膝が笑ってるみたいだ。ふくらはぎや腰にも力が入らないぞ。
「そんなんじゃ何処にもいけないじゃろ。寝とけ」
力が入らないって事は……やっぱり疲労なのだろうか?でもここまでの疲労って事あるか?或いは、呪い的なアレか?だがこの世界の魔法の仕組み的に呪いとかは無さそうだし……。
うーん駄目だ。見当もつかん。とりあえずじいちゃんに言われたとおりに寝ておこう。
……
…………
(……暇だな)
前に分かったことだが、異世界から現実世界に戻っても疲労は残り続ける。だから異世界で疲れたから現実世界に戻って全快状態でまた異世界へ――なんてことはできないのだ。
「……じいちゃん、それなんだ?」
俺は部屋の隅で紙のようなものを見ているじいちゃんに声をかける。
「ん?これはな、本じゃよ。お前らが現実世界でも日常的に読んでいるアレじゃ」
「……驚いたな。この世界にそんなものがあるのか」
「今更何を言っておる。この世界に居るものが全員戦うために来たとでも?」
……確かに、町というものをこの前見て来たんだ。本が出来ていてもおかしくはない。
「なあじいちゃん、昨日近くで炎を見なかったか?」
「炎?そんなものは見なかったぞい」
見なかった……?いったいどこまで俺は来たんだ。あれだけ大きい炎が見えないなんて有り得ないぞ。
(凜は、椎名は、大山は……どこにいるんだろうか)
何もかもが分からないこの状況で、俺は疲れに身を任せ眠ることしか出来なかった。




