58 現実は小説より都合がいいわけで
言葉が、出ない。
デカい。デカすぎる。そいつは、町のあらゆる建物よりもデカかった。
凜も、椎名も、そして翔も、驚愕に目を見開いていた。
(なんだ……あのバケモンは!?)
ゲームやアニメにいるドラゴンがまるでそのまま出てきたような姿をしていて、全身は赤く、背中には大きな鱗があった。
「……っ!避難させないといけません!この町の人が犠牲になってしまう!!!」
大山がが叫ぶ。そうだ、この町の人を避難させないといけない。だが――
もう、町の半分が炎に包まれている。あのドラゴンから出た炎が、町を一瞬で火の海にした。
「有り得ない……!あんな魔物が出るなんて……絶対にあり得ないのに……!」
「凜?ど、どういう事だ。有り得ないって」
「……人間は、焼死だと相当の苦しみを感じるの。だから強い炎を使う魔物は現れない。なぜなら、苦しむ恐怖を覚えることで、異世界に来にくくなるからね」
――この世界では、死んでも現実世界に戻るだけで特にペナルティは無い。
だが、強く苦しんで死んだら……いくらペナルティがあるとはいえ、またすぐに異世界に行こう。という気持ちにはならないだろう。
「早くっ、避難させないと――」
「避難させるって、この状況でどうするんだよ!!」
もう建物に入ることは不可能だ。それにあのドラゴンがどういうものかも分からないのに、町の人を避難させるなんて言われてもどうしようもない。
いったいどこから現れたんだ、あのドラゴンは。町を数分で壊滅させる魔物なんて……。
『うわあああああああああ!!!!!』
『助けてくれっ!頼む!ここから出してくれぇ!』
『熱い!熱い!!』
ここは……地獄か?
そんな事を思わせる悲鳴が聞こえてくる。
日に包まれた家に閉じ込められた人を救うことは出来ないし、一瞬で建物全体を燃やすような炎は凜の魔法でも消すことは出来ない。
――なにも、出来ない。
俺達は、立ち尽くすことしか出来ない。
(何が、どうなっている――?)
「なあ!なあ!教えてくれよ!」
気づけば、中年くらいの男が俺の胸倉を掴んでいた。
「なにがどうなってんだよ!!こんな世界は違うだろ!?おかしい、おかしいんだ……こんな酷い世界なら――」
言うな、その先を。たのむ、その先を――言わないでくれ――
「—―こんな酷い世界なら、今すぐ消えてくれよ!!!」
――プツッ。と、切れた。
「……だめ!蘭次!だめ!!!」
……違う、違う。違う。違う違う違う。違う違う違う違う違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う――
「俺を……消すな」
俺じゃない。俺が悪いんじゃないんだ。悪いのはあいつら――あいつらって誰だ?そう、あいつらはあの時のクズどもで――頼むから消えてくれよ。なんで否定する?なんで奪い取る?俺はお前らに何かしたか?違う!違う違う!お前らは自分の要りもしない欲求のために……消えたのは、お前らじゃなかった。消えたのは……俺なんだ。
「蘭次!!あなたはここ!ここに居る!だから――戻ってきなさい!……蘭次!!」
でも、それでも俺は諦められなくて、諦めたくなくて。蓋をしたんだ。二度と開かないように。二度と俺に踏み込めないように。
その蓋を……開けないでくれ。
――俺は――
――
――――
――俺は……
気付いたら、必死でドラゴンの腹を噛みちぎっていた。口を血まみれにして、一心不乱に。




