36 魔法と魔法と犬
「その存在に勝てると思いますか?少年」
えーっと……
奴――一ノ関は、魔法型の人間だ。しかし、使える魔法は――
・俺の目の前で剣を重ねてきている『犬』と呼ばれた人型の物質を創り出して動かす
・その犬に剣を持たせる
以上、二つだけ。
……んな馬鹿な。
そんな事あるわけないだろ。ただ、わざわざこのタイミングで嘘をつく理由も見当たらない。
「信じられないか?」
「……信じられるわけないだろ。俺だってしょぼいとはいえ、魔法くらい使える。それなのにお前は二つの魔法しか使えない?信じるわけないだろ。それに、それとお前の『犬』が無敵な関係性がわからん」
そう、こいつは犬が無敵のような事を言っていた。確かに守備、攻撃面で強力なものは見せているが、まさか無敵なんて訳がない――俺はそう考えている。
「……貴君は魔法がどうやったら出るか知っているか?」
「精神……頭で考えてることを全て使いたい魔法に向ける」
魔法。それを使うために、頭の中をその魔法一色にしないといけない。火の魔法ならひたすらに火の事を。風の魔法ならひたすらに風の事を考える。
その考えの集中度が高ければ高い程、より強い魔法が出てくる……そういう仕組みになっている」
「そう、頭の中をどれだけその魔法をイメージできるかが大切な事。でも、あんまり同じことを考えていたら、違うことは考えにくくなる。そう思わないか?」
――まさか
この犬の事しか考えてないから……他の事は考えられず、魔法は使えない。その代わりという訳ではないんだろうが、それだけ純度の高い魔法がこの犬に注げられている……?
「その表情……わかってくれたようだな」
「ま、待て、出来るわけがないだろ!理論で言うだけならまだしも、それを現実で成功させるなんて……!」
「まあ、日常生活や今こうして話してる時は普通に違う考えを持てる。しかし、一度スイッチが入れば……我の頭は犬と……『敵』だけになる……」
「ばか……言ってんじゃねえ!」
「なら、我は一人なのにどうしてここにいる?」
一人……?
そうだ。あいつは一人だ。今こうして行われている『異世界戦』これは二人以上のチームでしか出れないはずだ。だがこうして一ノ関は一人で出ている。
「大会に出るならあのロボットを倒さねばならぬな?」
ロボット……確か、椎名、凜とチームを組んで間もなく現れた、魔崎が言うには『運営が大会に出れる戦闘力があるか試すために送り込んだ敵』俺達は椎名に騙されて勝ったんだっけな……。
「我はチームを組んでいなかったが運営とやらのミスでそのロボットが送り込まれたのだ。そして我は一人。まあ犬を動かして勝った。そこに運営とやらが単独で大会に出ないか?そう持ち掛けてきたのだ」
……クソッ、運営も余計な事してくれるぜ。
「さあ、これで信じてくれたか?」
「……信じようと信じまいと大して変わらん。どうせお前を倒すのも変わらないしな」
「出来ると思ってるのか?」
「――やるしかねえだろ」
俺は重なっていた剣を左足で蹴って離す。更に空いている左手で犬が持っている剣を押さえながら右手に持った剣で……
(しっかり踏み込み、体重を乗せながら大きく振る!)
剣に俺の力が余すことなく乗るように剣を振り下ろす。振り下ろす目標は――
「――腕だ!」
ガキィンッッッ!!!!
そんな擬音が起こった。剣は……
(少し、入っただけかよ)
犬の腕に多少の切込みは入れられた。ただこいつは痛みを持たない。だからこの程度の傷、いくらつけても無駄だ。
「それだけか?威勢の割には弱かったな」
「く……」
犬が俺の左手を弾く。咄嗟に俺は右手の剣を手元に戻して犬の剣をガードする。
「貴君の力も、その程度か」
一ノ関は呟くように言ってから目を瞑り、集中したような顔つきになる。
その時、有り得ない力が右手に伝わってきた。
犬の剣が更に力を強め、俺の剣を飛ばしてしまう――そんな力。
(ク……ソッ……)
犬に攻撃されたら一撃でアウトだ。それくらい力に差がある。攻撃……だけは――
「あ……」
剣は飛ばされてしまった。
俺の力が限界を迎え、ゆっくりと手を離れていく。
そしてがら空きになった俺の頭に、犬の剣が――




