21 子供の時の夢がなぜか忘れられなかったりする
「し……椎名……」
目の前では椎名が針田を後から取り押さえていた。
「遅れちゃってごめんね。まさかこんなことになってるとは思わなくて」
「でも、お前どうしてここが」
「まあそれは後々話すとして、間に合ってよかったね」
「え……?」
椎名が向いてる方向を追ってみると――
「なんだ……これ……?」
その方向には荒野が広がっていた。そこからさっきまでいた闘技場の壁の向こうが外に繋がっていたことはわかるが、その壁だった部分はどこにいったんだ。あったはずの分厚い壁は。
(まさか……針田の魔法?)
これが針田の言っていた究極魔法?でも、だとしてもこの威力だとは信じられない。でもそれ以外の理由があるとは思えない。
一瞬体が震えた。あと少し椎名が遅くて針田の魔法が当たっていたら俺はどうなっていたんだろう。
「椎名、本当にありがとう。助かったよ」
「例はいらないよ。中谷さん。よろしく」
「わかった。こいつらだな」
椎名が中谷さんと呼んだ人は……スーツをぴっちり着てメガネを掛けた釣り目の女の人だった。そのスレンダーな女の人が近づいてきて
「中谷澄香。椎名の案件の監視役として来た」
「監視役?」
「椎名がお前たちの捜索に当たって手錠を要求してきた為、悪用されないように同行して来た」
「たかが手錠にか?」
「手錠と言ってもただの手錠ではない。魔法を封じる手錠や戦闘能力を無効化させる手錠などがある。それを悪用されないためについてきたのだ。こいつが魔法で、こいつが戦闘能力型だな?」
中谷さんはそれぞれ針田と河木を指してそう言った」
「あ、ああそうだ」
手際のいい動きで針田と河木に手錠をかける中谷さん。仕事をキッチリするタイプというか、少しキツイ印象もある人だな。魔崎とは大違い――
カシャン……
俺の手首にも手錠がかけられた。
「え……ええええええええ!???ちょまっ何で俺手錠かけられてんの!?悪いことしてないよ!?」
「うるさいぞ。男なら黙って手錠にかかれ。椎名とそこの女もだ」
「いやいやいや何でだよおかしいだろ!」
俺達が襲われてたのにどうして俺が手錠をかけられるんだ?
「ちょっと何であたし達がそんなことされなくちゃいけないのよ?」
いかにも怒ってる。といった感じで凜が出て来た。
「いいから早くしろ。私だって忙しいんだ」
「質問に答えなさいよ!」
「全く……これだから人間は……いいから手錠に繋がれてついてこい」
「何よペチャパイのくせに偉そうに!」
「なんだとこのアホ女!」
「……これが女の争いか……」
「まあ、かわいいもんだよ」
「そう思える椎名の精神すごいな……」
俺が二人の言い合いに驚愕してると、
「あーえっと凜ちゃん。僕達が襲われた証拠がないから、一応僕たちも手錠をつけてしかるべき所に行かないといけないんだよ」
「しかるべき所ってなによ」
「まあ、運営の人が何人か来て、色々と僕達が話を聞かれる……みたいな感じだと思うよ」
「……あなた、最初からそれ言えばいいじゃない」
「めんどくさいから省いた」
「それ言えばいい話じゃない!どうして言わないのよこの痩せがり!」
「黙れこのスカタン!」
はあ……仕方ない、落ち着かせるか。
「あーわかったからお前ら落ち着け!」
「うるさいわね突っ込んでこないでよ!」
「向こうに行ってろ醜い男」
「俺は死にたいよ……」
俺が悪いのか?否、何もしていないはずだ。おかしい。こんな事は許されない。世の中理不尽すぎる……。
「ああわかった。なら手錠はいいからついてこい!話は向こうで聞く」
「え、手錠外してくれんのか?」
「お前は駄目だ。一生つけてろ」
「なんで!?俺そんな嫌われる要素あったっけ!?」
中谷さんが出てきてから俺がやった事を頭の中で整理していると、
「やられましたよ蘭次君……まさか援軍を呼んでいたとは」
不意に聞こえる声。それは針田の言葉だった。
「私は……誰かに止めて欲しかったんだと思います。自暴自棄になった自分を。それをしてくれたことが、悔しくとも嬉しいんですよ。蘭次君」
こいつ……針田がこの世界をずっと頼りにしてきて、それが何かの拍子に起きたことによって、絶望してしまった事はわかる。さっきもそんなことを言ってたから。
きっと針田は、心のすべてをこの世界に託していたんだろうと思う。だからあんなすごい魔法も使うことができたんだろう。それが針田に深い絶望を与えることになっていたとしても。
ふと俺の心に一つの恐怖が生じた。俺も針田のようにこの世界にすべてをあずけてないかと。そしてそのことによって俺は戻すことのできない傷を負ってしまうんじゃないかと。
俺は……針田とは違う道を歩めるだろうか……それとも……。
「私なりにこの世界で努力はしていました。でもそれにもなんの意味はなかった。わかってるんですよ。どこにだって、私たちが想像する異世界はないのだと。そんなもの、吐いて捨てるような妄想だって」
――
――――
「違う」
「違う違う違う。違う違う違う違う違う違う違う」
「やめろやめろやめろやめろ違う違う違う」
「お前らが間違っているんだ。俺が信じてるものを踏みにじるお前らが。決めつけるだけで何も変えられないお前らが間違ってて悪なんだ。だから俺に近づくな」
「お前らを絶対に許さない。しね、しね、しね、しねしねしねしねしねしね」
「しねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!!!!!!!!!!!」
周りが見えたのは、たった今。
俺を全員が驚愕の目で見ている。なんだ?俺になにか付いてるのか?
俺の体に付いていた。いや、貫いていた。
これ、俺の体か?でもおかしいよな。痛みも感じない。ただのぼってきたのは、口に広がる生暖かい物質。
「え……」
俺の体は無数の漆黒の刃に貫かれて、そのうちの一本は俺の心臓を突き破っていた……。




