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彼女の半径1.3m内

7月といえば、小学校の生徒のみんなが「もう少し頑張れば夏休み!」と、早く夏休みが来ないかなぁと、待ち遠しくなってくる頃です。


そんな頃でも彼は、莉緒さんの言った『私よりも綺麗な字を書く男子が好き』の言葉を、何度も何度も頭の中に喚び起こし、駆け巡らせていました。


莉緒さんは田ノ浦くんよりも習字は上手で、「一等賞」「優秀賞」「特別推薦賞」など、何度も入賞するほどの実力ある女の子でした。

新聞に掲載され、絶賛されたこともありました。凄いですね。



…桑山くんと莉緒さんの件はどうなったのか?というと…。


桑山くんは『字の練習をしてくるから待ってろよ!』と言ってからその3日後には、莉緒さんを無視し素知らぬ顔をして、もう他の女子と仲良くなっていました。しかも2人も。


字の練習も莉緒さんのことも、なんだか面倒臭くなって飽きてしまったようです。とても酷すぎる行為ですよね。男として最っ低。


莉緒さんと桑山くんが、将来結ばれなくて本当、良かったです。



…んまぁ、その件は置いときまして…。




…とある日の放課後。

彼は誰もいなくなった教室でひとり、机に座り…理科のノートの片隅に「心」を書いては消しゴムで消し、書いては消し…と、何度も繰り返していました。


今でも字が下手だ…僕はダメだ…。そう自身を悲観していました。


突然の女子の「…ぇ?何してるの?」の声に、彼は驚き慌てました。『誰か来た!』という驚きとともに『この声は莉緒さんだ!』と、瞬時に判断できたからです。


莉緒さんは、自分のリコーダーを家から学校へ持って来たら、その日のうちに必ず持ち帰る習慣を身につけていました。


…リコーダーをその日のうちに持ち帰る理由は…ご想像の通りかと思いますが、察してあげましょう。


今日は珍しく、たまたま教室にリコーダーを忘れ、下校の途中でまた教室へと戻ってきたとのことでした。


彼は慌てて、理科のノートを机に隠しました。対して莉緒さんは、自分のリコーダーを左手に取り、彼の机の元へと駆け寄って『ねぇ、今何隠したの?見せて』と右手を差し出しました。


『…出してくれないの?わかった』と、彼の座る椅子の左横に移動し、しゃがんで机の中を覗き込み、彼の両手を机の中から引っ張り出して、彼が必死に守っていた理科のノートも強引に引っ張り出しました。



『?……………心……かな?』



莉緒さんは立ち上がり、大きく息を払って彼を見ました。彼女は、とても優しく微笑んでいました。


『…ねぇ(かける)くん。君は幼稚園の頃から、いつまで経っても字が上手くならないねー』と、莉緒さんは小悪魔っぽい笑いを見せながら、彼の左腕を優しく引っ張り上げ、席から立たせて黒板の前へと連れて行きました。


そして黒板の前で莉緒さんは、とても不思議なことを言いました。



『…黒板に丸を描いてみて』『うん。次は三角を描いてみて』『じゃあ、次は四角を描いてみて…』



彼は白いチョークを右手に取り、言われたとおり、◯と△と□を黒板に描きました。


その◯と△と□を見ながら、莉緒さんは彼に『綺麗な丸や三角や四角を描こうと思いながら描いた?』と質問しました。

彼はもちろん、綺麗に描こうと思いながら描いたんだ、ということを莉緒さんに伝えました。


それを聞いて莉緒さんは、彼にとってとても重要なアドバイスをしてあげました。



『丸が右上に伸びちゃってるでしょ。綺麗なまん丸が描けるようになると、字も少しずつ上手になってくるよ。綺麗な丸が描ける練習もしてみて』


『三角の角を、ちゃんと「止め」てないから、角が歪んで丸くなってる。描くときは慌てなくていいから、ちゃんと角が描けるよう「止め」に気をつけて描いてみて』


『三角も四角も歪んでるけど、それより…チョークを黒板にグッと押さえすぎてるから、チョークが潰れてすぎてるの分かる?…ね。だから持つ手に、そんなに力を入れなくても…こうやって…スーッと線や字は書けるの。字を書くときの力の加減に気をつけて』





…莉緒さんは、彼より先に教室から出て、家へと帰っていきました。


彼は「小学校へ入学して以来、莉緒さんと初めて話したこと」そして「久し振りに彼女の隣にいた、この貴重な10分間」に、全く気付いていません。


彼はそれほど、莉緒先生の「字を上手く書けるようになる為のレクチャー」に、一点集中していました。




…彼女の隣にいたという事実を思い出し、徐々にドキドキし始めたのは、家に帰ってお風呂に入ってからのことでした。


彼は本当に、いつもいつも反応が鈍いですねー。

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