四ノ原詩
星は、いつからこの世に存在しているのだろうか。一説によれば、ベテルギウスなら八百年から千年ほど前から存在しているという。
太陽光により、夜にしか見えない星。もしも昼にも見える場所があったなら、それはどこなのだろうか。
◆
雨宮和葉は、自然が大好きだった。山や海などが、幼い頃からの興味の矛先だった。その中でも、星が何より好きだった。星が見れるのなら、都会だろうと何とも無かった。今日も星を見るがてら、夜の散歩に出かけている。
「わぁ…流れ星だ…!」
和葉の瞳には、いくつもの流星が写っている。
「綺麗ですね。今日は運がいい」
始め、自分に話しかけられていると分からなかった。
周りを見ると、男性らしき人間が立っている。
「すみません。つい、星が綺麗だったもので」
街灯の下で見ると、程よく低い声の割に顔はあどけなさが残る。和葉と同じ、中学生くらいのようだ。
「いえ…大丈夫です…」
「しかし、こんな夜更けに女性が一人…危ないですよ」
子供扱いしないでよ、と言いそうになったが、声色は煽るような雰囲気ではない。本心からそう言っているようだ。だから和葉は、何も言わなかった。
「あぁ、気を悪くしたなら謝ります。最近、犯罪が多いですから」
「はぁ…いや、謝らないでいいですよ」
「…あなたは優しい人なんですね。だから星が見えるのか…」
この男性は、何を言っているのだ?星が見える?どこに?…私に?
「あの…それってどういう……」
「いえ、気にしないでください。あ、ぼくは四ノ原詩。またどこかで、会えたらいいですね」
男性……詩は、そう言って、夜の闇に消えて行った。
次の日、和葉が教室に着くと、クラスメートがなにやら騒がしくなっている。友人に聞くと、このクラスに転入生が来るという。チャイムが鳴り、皆が席に着いた。
(私一番後ろで隣いないし…来るならここなのかなぁ…いい人だといいけど……)
「皆、おはようございます。皆知ってると思うけど、今日から転入生がこのクラスに来ます」
一度静かになっていたが、教師の一言でまたしてもほとんどの人が騒ぎだした。これから来る人も可哀想に……。そんな事を考えつつ、和葉も転入生を待った。
「いいよ。入っておいで」
そう言われて入ってきた人を見て、和葉は目を丸くした。つい昨日会った、あの男がいたからだ。
(……四ノ原詩…くん?こんな恋愛マンガみたいな事あるんだ…)
詩はこちらに気が付いたのか、男子にしてはとてもかわいらしい笑顔を向けてきた。
「はじめまして。四ノ原詩といいます。今日から、よろしくお願いします」
「――じゃあ四ノ原くんは…雨宮さんの横に座ってくれる?そこの窓側にいる女の子」
はい、と元気な返事を教師に返し、和葉の隣に座った。
「こんにちは、昨日ぶりですね。今日からよろしくお願いします。星の人」
「…星の人って言い方やめてください!私、雨宮和葉。もう敬語じゃなくていいよ」
「ありがとう。よろしく、和葉……ちゃん」
突然の『ちゃん』付けに、和葉は思わず頬を緩ませた。きっとこの男は、あまり女性と関わった事がないのだろう。だからこそ、距離感を掴むのがこんなふうに下手なのだ。
「あぁすみません…和葉ちゃん…で良かったですか?」
「もちろん!よろしくね!詩くん!」
その夜も、和葉は星を見ていた。今日は快晴で、いつもよりよく見える。
「和葉ちゃん、こんばんは。今日も良い空だね」
「あ、詩くん!また会ったね!」
「相変わらず、星が輝いているね」
また言われた。一体何を言っているのか…
「詩くん、それってどういう意味?」
「和葉ちゃんにね、星が見えるんだ。一等星ぐらいの輝きを放っている」
「…え?」
「ぼくはね、人から放たれるその光が大好きなんだ」
和葉は困惑した。今日、学校で出会った『四ノ原詩』は、ここまで冷静な人間ではなかったはずだ。
「……詩くん…だよね?」
「ん?そうだよ?なにか変?」
「なんか…学校と全然違うから…」
詩は納得したかのように頷いた。
「ごめん、和葉ちゃん。ぼく昔から夜になると饒舌になるって言われてて……」
そういうことか。一瞬ホラーな雰囲気を感じてしまった自分が恥ずかしい。
「ううん、気にしないで!ちょっとびっくりしただけだから!」
「ありがとう。和葉ちゃんは優しいね……」
そこまで言った時、詩がふらりと座り込んだ。
「詩くん?そんな所で座ったら危ないよ?ベンチいけば…」
詩からの返事は、荒い息づかいから始まった。
「あぁ…だよね…」
「…大丈夫?無理しないで…!」
和葉は詩の背中を支えた。少しすると、ようやく肩の上下が収まってきた。
「ごめんね…和葉ちゃん…。ちょっと…久しぶりにこんなに人と話したから…」
「そ…そう…」
「病気とかじゃないから安心して?」
詩は柔らかく笑い、また空を見上げた。
「……もうこんな夜更けだね。ぼく、そろそろ帰らなくちゃ……」
帰りたくないなぁ、という詩の声は、和葉には聴こえなかった。それでも表情から、和葉は詩の心情を察した。
「じゃあ、また明日。学校でね。和葉ちゃん」
まくっていた袖を戻して帰路につく詩を、和葉は優しく見送った。
四ノ原詩。今日、和葉はほんの少しだけ、彼に安心感を感じた。この人なら、自分を受け止め、幸せにしてくれるかもしれない。なぜそんな事を考えたのかは分からなかった。しかし、それは和葉にとって、とても楽しかった。そして和葉はゆったりと目を瞑り、眠りについた。
◆◆
四ノ原詩がクラスに入って早二週間。すっかり馴染んだようだ。
「和葉ちゃん、おはよう!」
詩はいつもと変わらずに、かわいらしく笑った。それに対して和葉は、言葉を発する事が出来なかった。なぜかは分からない。
「……和葉ちゃん?どうかした?」
「大丈夫!おはよう!詩くん!」
少し離れた場所で、クラスメートの女子がニヤニヤしているのを見て、先ほど言葉を発することが出来なかった理由。そして先日詩の事を考えていた理由が分かった。昨日の事だ。詩と別れた後。和葉のスマートフォンが震えた。見ると、同じクラスの佐藤美鳥からの着信だった。
『やっほー!和葉、四ノ原くんとどう?一目惚れとかした?なにかあったら教えてねー!』
とのことだった。その文を読むと、女子ならばその人の事を想ってしまうのは仕方のない事だろう。一目惚れ。していないと信じたい。もとより、和葉一目惚れは出来ないものだと思っている。愛は相手のことをよく知り、時間をかけて育むものだと思っている。だが、確かに今、詩のことを意識している……?のは事実だ。じっと詩の顔を見ると、二週間前は感じられなかった感覚が芽生える。四ノ原詩は、まさに美少年。和葉が出会った中で、最も『容姿端麗』という言葉が似合う人間だった。
「ね…ねぇ?和葉ちゃん…?」
ふと我に返ると、自分と詩の間はほぼ、目と鼻の先だった。
「っ!ごめん!」
和葉は急いで詩から離れる。顔が赤くなっているのは、感じる熱から分かった。
「詩くん…その…ごめん…」
「い…いや…大丈夫…」
詩も、顔が赤くなっている。詩には失礼だが、産まれたての子犬のような瞳だ。
「和葉、ちょっと来て!」
友人の花に呼ばれ、廊下へと出る。
「和葉さ、今四ノ原くんに何しようとしたの?!」
「え?何が?」
「めっちゃ近かったよ?!少女漫画みたいだった!」
花は頬に手を当て、きゃ〜!と高い声を出した。
「いや…それは…だって詩くんかっこいいじゃん!」
思わず出してしまった大きな声に、すぐに口をふさぐ。ドアの向こうを見ると、詩がこちらを見て、首を傾げている。和葉と花の会話は聞こえていないようだ。和葉は胸を撫で下ろした。
「ねぇ和葉、ひょっとしてさ、四ノ原くんのこと気になってたりしない?」
「はぁ?!まだ会って二日だよ?!」
「なんかさ、和葉、詩くんと話してる時は楽しそうだなぁって」
反論しようとしたが、そこで授業開始のチャイムが鳴ってしまった。花は自席に戻りつつ、頑張って、とウインクを送ってきた。
(花…何言ってるんだろ…!でも…私…詩くんの事気になってる…のか…)
「…葉ちゃん?和葉ちゃん?」
徐々にはっきりと、詩が自分を呼ぶ声が聞こえる。
「んっ?!どうしたの?!」
「さっきほどじゃないけどさ、やっぱり顔赤いよ?熱でもあるんじゃ…」
詩くんが気になってるから赤いの――なんて、口が裂けても言えない。しかし、このもどかしい気持ちは、今すぐなんとかしたい。
「…いや、大丈夫!安心して!」
「無理はしないでね?体調悪かったらすぐに言って?」
「うん!」
授業が終わり、終学活が終盤に差し掛かった。窓の外は晴れており、今日も星が見られるだろう。
「和葉ちゃん、今日も星見る?」
「もちろん!詩くんも一緒に見よ?」
「え…いいの?」
詩は笑顔でこちらを向く。思っていたよりもずっと喜ばしい反応だ。
「そしたら詩くん。どっかで待ち合わせする?」
「ううん、時間だけわかってれば会えると思う」
「……じゃあ、一番星が出てきたら――って事にしようよ」
それはお互い了承し、一度別れた。家に帰っても、和葉は地に足が付かなかった。やはり、詩のことで頭がいっぱいなのか。
和葉は待ちきれず、早くに夕食を済ませ、薄暗くなった時点で家を出て、いつも星をみる公園へと向かう。
「あ!和葉ちゃん。こんばんは」
和葉は目を疑った。詩が笑顔で手を振っているのだ。
「詩くん…?まだ星出てないけど…」
「和葉ちゃんこそ」
……正論。声に悪意ないのが逆に腹が立つ。
「詩くんは…なんでこんなに早いの?」
「和葉ちゃんに早く会いたかったから」
詩は何も言わない。台詞を言うだけならば、なんともないのか。四ノ原詩は素直な男だ。今のもきっと本心だろう。
「あ…ありがと…」
「息白いし暗いからよく見えないけどさ、和葉ちゃん照れてる?」
ムッとする。詩はデリカシーがないのか…『そうだよ。照れてるよ』なんて言ってたまるか。
「そ…そんな事ないし…」
「嘘。星が揺らいでるよ。星が写ってる人はね、ぼくに嘘が通じないんだから」
この男は超能力者かエスパーなのか。
「照れてるんだね…明るいとこで見たかったなぁ」
「ッ!」
(コイツ……!ナチュラルにこういう事言うのに…!なんでこんな格好良く見えるんだか…!)
「ほ…ほら!星出てきたよ!」
「ほわぁ…綺麗だねぇ…」
詩は目を輝かせ、いつもに増して柔和な笑顔だ。それを見ると、つい胸が高なってしまう。詩ではないが、この笑顔を明かりの下で見たいものだ。
「あぁ、もちろん和葉ちゃんの星も綺麗だよ?」
「…ありがと…」
(誰が星にヤキモチ焼くんだか…。そもそも私に星が見えるってとこも怪しいのに……)
「……にしても、綺麗だねぇ」
詩の声が少し遠ざかったので、周りを見回す。公園内はあまり広くないので、簡単に見つかった。詩はベンチに寝そべり、空を眺めていた。
「詩くん…寝っ転がるのはどうかと思うよ…」
詩の横に腰を落ち着かせて、和葉はため息混じりに言った。
「ん〜?だってこれが一番リラックスできるし…」
詩はふわりと右手を挙げ、ゆっくりと左右に振った。
「ふわぁ…やっぱり寒いね、冬の夜は」
和葉は大きな欠伸をした。
「寒い?」
詩は起き上がり、着ていたコートを和葉にかけた。このままでは詩が風邪をひくからと断っても、詩は引かなかった。結局詩に甘え、着させてもらうことにした。詩のコートは裏起毛で暖かい。この時期にはもってこいの逸品だった。
「あったかい?」
詩が不安そうに聞いてくるが、言わずもがな。こくりと頷きを返した。
「よかった」
「……ねぇ詩くん、借りといて言うのもだけどさ、詩くんだって寒いでしょ…何か買ってくるよ」
「いいよ。女の子パシらせる訳には行かないし。ぼくは大丈夫だよ」
「だめ。詩くんが風邪ひいたら私が罪悪感あるし!行ってくるから待ってて!」
詩の返事を待たず、和葉は近くの自動販売機へと走っていった。
(和葉ちゃん…転ばないかなぁ…心配…)
和葉が戻ってくると、詩が小さな寝息をたてている。マフラーなどを着けているといえ、この時期の夜に放置して帰るということは見殺しにするということに直結する。仕方なく、詩が起きるまで座って待つ事にした。定期テストが終わった直後で、夜が遅くなることは日常茶飯時。親も公認していることがここで功を奏した。自分用に買ったコーンスープを啜りつつ、詩の方を見る。震えは見られない。
「…でも詩くん…寒いだろうな…」
和葉はそう呟き、借りていたコートを詩にそっとかけた。
「ん……―――あぁ和葉ちゃん。おはよ〜」
「おはようじゃないよ!今何時だと思ってるの!」
「ごめん…怒んないでよ…」
そう言って頬を膨らませる詩を見ると、これ以上怒る気がなくなる。
「はい、これ詩くんの分」
和葉はポケットから、詩の分のコーンスープを取り出し、手渡した。
「え〜!ありがと!後でお金はらうよから!いただきます!」
両手で缶をつかみ、ゆっくりと口元に持っていく。その様子を、和葉はじっと見つめる。
「……ねぇ和葉ちゃん…そんな見られてると飲みにくいんだけど…」
「あ…ごめん…」
「これ飲んだら帰ろ?」
詩の言う事はもっともだ。夜も更け、寒さもさらに厳しくなってきている。
「…そうだね。帰ろ!」
詩が缶を捨てると、和葉と並んで歩き出した。
「詩くんってさ、名前のまんまだよね」
「え?」
詩の家の前まで来た所で、和葉は話しかけた。
「それは…どういう意味?」
「うたみたいに自由な人――ってこと」
詩は虚を突かれたように目を丸くした。だが、それが錯覚だったかと思うほど素早く、落ち着きを取り戻した。
「確かに、そうかもね」
家のドアの前で、詩は和葉を見つめた。
「…和葉ちゃんの名前、平和の和でしょ?」
「…うん…そうだけど…?」
「……平和が無いと、うたは生まれないからさ」
「え…?」
ばいばい、と手を振ると、詩はさっさと家に入って行ってしまった。
(えぇ…ど…どういう意味?平和って私…?!)
そこまで考えたところで、和葉の火照った頬を冷たい冬風が撫でる。『落ち着いて』と、声が聴こえてきそうだ。落ち着きを取り戻した和葉は仕方なく、自分の家へと帰っていった。
「…あ、詩くんにコーンスープ代貰うの忘れた……」
やはり、落ち着きは失ってはならないものなのかもしれない……
次回 将来の夢




