013『通水式』
「よっこら……せっと!」
おおよそ白銀髪の可憐な美少女の口から出てはいけない言葉ランキング上位に入りそうだが、そんなのはいい。見た目は美少女でも、中身は労働に勤しむ俺なのだから。
俺は万能スコップくんを振るい、川と水路を隔てていた最後の土壁を、勢いよく崩した。
ドサッと土が崩れ落ちた瞬間、堰き止められていた川の水が、待ってましたとばかりに掘ったばかりの溝へとなだれ込んでくる。
「よしっ、通水開始!」
俺はスコップを放り出し、水路に沿って走り出した。
白い石材で舗装された水路の中を、透明な水がサラサラと音を立てて流れていく。泥が混じることもなく、美しい清流のままだ。
俺と水のかけっこは、途中に設置した『木と石の水門』でゴールを迎えた。
「水門、閉鎖確認。……漏れなし!」
閉じた状態の水門に水が到達し、水位が上がっていく。隙間から水が漏れることもない。完璧な仕事だ。
俺は一呼吸置いてから、厳かに水門の板を引き上げた。
「――開門!」
ゴウッ、という低い音と共に水が開放され、その先にある『貯水槽』へと勢いよく注ぎ込まれる。
乾いた石の床が水に濡れ、次第に水面が上がっていく様は、なんとも言えない達成感があった。
「いい感じだな……文明の音がする」
貯水槽とたいそうな名前をつけてはいるが、サイズ的には学校のプールを四分の一にした程度のものだ。ぶっちゃけ、ここまでの長い水路を引く労力に比べれば、このプールを作るのは楽な作業だった。
「満タンになるまでは、少し時間がかかりそうだな」
チョロチョロと……いや、ジャバジャバと流れ続けてはいるが、水路の幅に比例した水量しか入ってこない。
まあ、一日くらい放置しておけば満杯になるだろう。
「このサイズなら、俺一人分の生活用水としては十分すぎるほどだ。まあ、もし同居人が2、3人増えたとしても余裕で賄えるな」
……まあ、そもそもこの森に他の人間が居るとも限らないけどな。未だにここが異世界のどこなのか、文明圏に近いのかすら分からないのだから。
仮にファンタジーな世界だったらエルフやらドワーフやら、獣人とかは居るのだろうか?
居るなら夢が広がりそうだが……望みは薄いだろうな。文化圏に近いかどうかわからんが、この森の感じからすると近くにあるほうが確率が低そうだ。
「どのみち、俺がやることは変わらない」
まずは、生きるために安定した生活の基盤を整えること。
誰かが来ても来なくても、俺自身が快適に、安心して眠れる『安らぎの場所』を作ることだ。
幸いにも、俺にはこのチートじみた道具たちがある。これがあるからこそ、サバイバル素人の俺がこうしてのんきに水路を眺めていられるのだ。
「まあ……」
改めて、拠点の中に鎮座する作業台の方角を見る。
万能スコップもポーチも凄いが、結局のところ、このサバイバル生活のMVPは間違いなくあいつだ。
「素材さえあれば何でも作れるもんな……クラフトテーブルくん、お前が優勝だよ」
魚の内臓処理から、複雑な水門のパーツ作成、果てはバイオトイレまで。
時折、こいつはファンタジーの魔法道具などではなく、SF映画に出てくる『万能物質変換器』の類なんじゃないかと疑いたくなる。
まあ、便利なら何でもいい。使えるものは親でもチートでも使え、だ。
「水問題はこれで解決したとして……次は、いよいよ『産業革命』だな」
俺は視線を森の奥、ブランチマイニングのために掘った採掘場の方へと向けた。
石器時代はもう終わりだ。次は、鉄や銅といった『金属』を手に入れたい。
鉄があれば、もっと丈夫な建材が作れる。
銅があれば、もっと精密な道具や、配管設備が作れる。
そうすれば、念願の『五右衛門風呂』だって、本格的な『キッチン』だって夢じゃない。
「待ってろよ、地中の宝たち……!」
まだ見ぬ鉱石素材と、それによって解放されるであろう膨大な新レシピたちのことを考え、俺は武者震いと共にワクワクし始めるのだった。




