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滅びの光明(2)

「ジャンシール・テアドレ。善良なる魔導の徒」

 司教が優しく呼びかけた。

「幸運にも君はまだ知りません。己の根幹の一部が削られていく恐怖、美しき魔法の流れを見失う絶望を…… しかし、今こそ思い描いてほしい」

 彼は白い衣に包まれた手を差し伸べ、強いまなざしをそそぐ。

「私に従い、さらなる研究を助けるのです。新たな道を選んだ君に、過去と未来すべてのエーテルの子が感謝するでしょう」

「馬鹿な、たわごとだ!」

 ゼルガーがたまらずに叫ぶが、司教は緑の瞳だけを見据えていた。

「魔導の世を迎えたこの国には、ブルネリアンの魔導士の名が語りつがれる。永久(とこしえ)の英雄として……」

 しびれきっていたジャンシールの心が、この言葉で動いた。



 同じ頃。

 嵐の広場を越えた先では、庁舎の講堂に身を寄せる魔導士たちが異変を感じとっていた。

「風じゃないわ。あれは一体……?」

「所長、エーテルが揺れています。様子を見に行けないでしょうか」

 部下たちに囲まれ、モロワ所長は「そうね……」と険しい顔で考え込む。ふと首をめぐらせ、ピオ・スストゥスの玉ねぎ頭に向かって素早く手まねきした。

 耳うちを受けたピオが、見張りの憲兵のもとに飛んでいく。

「おーい赤の旦那、この娘を家に帰してやってよ! たまたま近くにいて巻き込まれちゃったんだ」

 情けない表情で言う彼のとなりには、顔をおおったロロがしくしく泣き声を漏らしていた。ちらと目を走らせ、憲兵が告げる。

「だめだ。捜査完了まで出入りは許さん」

「そう言われてずっと待ってたんだよ。夜は更けるしお腹は空くし、旦那がたは眉間に縦ジワで物々しいし、すっかり怖がっちゃってさ。かわいそうだろ、ほら、ねえ?」

 ピオが甲高くまくしたて、ロロがいっそう泣きはじめたので、若い憲兵は少しだけ困った様子を見せた。


 そこへ、

「どうした、何をしている」

ともう一人の赤服がやってくる。ピオたちが演技をくり返すと、相手は少し思案してから尋ねた。

「家はどの地区だ?」

「僕が案内するよ。この娘、食堂のお嬢さんなんだ。店を知ってる」

 ピオがすかさず口をはさみ、憲兵が見つめ返す。彼らのあいだに無言の会話が交わされるさまを、ロロは泣きまねの下から緊張してうかがった。

 憲兵は、返事の代わりにサッと仲間をふり向いた。

「ゼルガー小隊、手すきの者はここへ!」



 一方のゼルガーは、部下の動きも知らず礼拝堂の端で剣を握りしめていた。

 すぐ側にはジャンシールがたたずんでいるが、彼は両手をだらりと下げ、わずかにうつむいたまま動かない。

 ゼルガーを焦りと不安が襲った。

 俺に魔導士の心はわからない。ましてやブルネリアンの心など……!

 かける言葉を探し出せず、息をつめて待つしかできない。ただならぬ気配を感じた疾風号も、黒髪の小柄な魔導士をじっと見た。

 石像の発する奇妙な光が、二人と一頭をじりじり照らす。風の音が絶え間なく響く。

 やがて、ジャンシールがゆっくりと顔を上げた。


「司教様、それは嘘だ」

 その声は悲しそうだった。

 ランドレンがつと眉を上げる。二人は真っ向から視線をぶつけ合った。

「ここはリート人の国だ。ブルネリアンがどんなことをしても、英雄と認めてはくれない」

 それに俺は、とジャンシールが身を低くする。はるかな故郷で教わった、風と駆け出す前姿勢で。

「俺は強い力なんていらない。道のあるかぎり魔導士として生きる、それだけだ。他に何も望みやしない」



 ランドレン司教は穏やかな笑顔を崩さなかった。

 しかし、その表情の意味はすでに変わりはてていた。

「そうですか、それならば…… 自分が何を拒んだのか、身をもって知るといい」

 落ちついて告げた次の瞬間、渦巻いていたエーテルがぴたりと動きを止めた。

 ジャンシールの本能が足をとどめる。かたわらのゼルガーも身をこわばらせた。

 エーテルはみるみるうちに縮まり始め、サイデア像のただ中へ収束していく。熱をおびた奔放(ほんぽう)な光が像全体を駆けめぐった。

 まばゆい輝きが弾け、ジャンシールは「うわっ!」と顔をかばう。かざした腕の向こうにふたたび女神像をとらえると、侵入者たちは言葉を失った。


 石像の背中から、まるで古い殻を脱ぐように、白い光が浮き出してきたのだ。

 ランドレンは今や台座にあがり、触れる女神の膝元から礼拝堂を見渡していた。音もなく形を成す輝きに瞳をきらめかせ、陶酔を隠さずにつぶやく。

「……これこそが、次なる魔導の象徴」



 光は、優美なる石像の姿を完全に写しとっていた。

 自由を得たエーテルの女神が、四枚の翼を歓喜に広げた。

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