フィリッド・ゼルガーの疑念(2)
誰を信じ、また疑うか。
ジャンシールは、遠い日の父親の言葉を思い返していた。
「足を置く橋のヒビは口の中で数えるもんだ。わかるか、ジャンシール?」
ううん、と首を振ると、父は幼子の額を撫で上げて顔をのぞき込んだ。ジャンシールが受け継いだ緑の瞳がまっすぐ見つめてくる。
ふたつの視線がぶつかった時、忠告は過去を越え、死者の声として彼の耳を打った。
「悪しき者は不安を嗅ぎつける。その目をよく使え、息子よ……」
不安といえば、あれからロロが持ち帰った情報がある。
「一匹いなくなっちゃったんだって。アニスさんがよく連れてた、虫とり用の小さな竜」
「遠雷号だ! また脱走したのか、この真冬だと心配だ……」
と、ジャンシールは眉をひそめた。
何といっても命を救われた身だ、恩人の安否が気にかかる。町中で光と熱のある場所を探しているが、こちらの消息も杳として知れないのだった。
なにか策があるんだろう。そうだよな、相棒。
広場に出た彼は、憲兵の詰所を祈るような気持ちでうかがった。
ギザギザ屋根の赤い建物。あたりを白く染める雪も、その厳しさを和らげてはくれなかった。
休息日をはさみ、さらに数日が過ぎたころ。その詰所でちょっとした騒ぎが起きた。
「お前たち、何をしている!」
隊員たちの声を聞きつけたヤヴィック総隊長は、扉を開けながら鋭く一喝した。
輪の中心でもみ合っていた二人が素早く離れ、こわばった顔を向ける。その片方が落ちた制帽を拾いながら吐き捨てた。
「ゼルガーは捜査方針に不満があるようです」
「悠長にしてられないというだけだ。人が死んでいるんだぞ!」
ゼルガーが言い返し、慌てた部下が彼らを引きはがす。
不快げに顔を歪めた総隊長は、
「進展が欲しいのはみな同じだ。しかし秩序を保てんようでは解決が遠のくだけだぞ。頭を冷やしてこい、ゼルガー」
と厳しく命令した。
「……承知しました」
感情の波が引かないうちに彼は裏庭へ向かった。
頭を冷やせだと?
俺ははじめから冷静だ、この場の誰よりも。
小石はすでに動かしがたいほど大きくなった。
真相を求めるなら我が足で歩き、この手で掴まねばならないと彼は悟る。たとえ規律に背いても……
「おいゼルガー!」
「なっ!?」
雪をかぶった茂みが喋り出し、彼は剣に手をかけながら跳びすさった。
すると、植え込みの横に「俺だ」とジャンシールが立ち上がる。彼を見たゼルガーは、緊張を放りだして間の抜けた表情になった。
「……それは何だ?」
突然の訪問者はだぶついた冴えないローブを引っかけ、さらに分厚い毛糸の帽子に黒髪を押し込んでいて、まるでいんちき羊飼いのようだったのだ。
「気づかいだ。魔導士に近づかれちゃ困るだろう」
「変装にしたってもっとマシな服を選べ。どこのゴミ山から這い出てきたかと思ったぞ」
ジャンシールは怒りも笑いもせず、見てくれに似合わない真剣な口調でこう言った。
「お前に頼みがある。だがその前に、話をつけておきたい」




