相棒は竜の上から(2)
一頭ごとに仕切られた成竜の房は、全部あわせても十ほどしかなかった。
数万の人が暮らすイェリガルディンを見回るにはとても足りないが、まったく問題はない。治安を守るのは憲兵隊の役目。騎竜隊は、いってしまえばロマンと郷愁の遺物にすぎないのだった。
ジャンシールは郷愁の居並ぶ中をそろそろと行く。ときおり町の外周を歩いている所を遠目にするくらいで、竜にこれほど近づくのは初めてだ。
馬よりひと回り小さいものの、つき出してくる頭の鱗は厚く乾き、さっきの子供よりずっと迫力がある。
珍客に興奮したのか居残り組の一頭がしきりに鳴いた。つい身を引いたジャンシールが、
「俺は不味いぞ。髪が硬い」
と軽口を叩いたときだった。
竜舎の入り口が軋みながら開き、秋の風と光が吹き込んだ。顔を向けると、竜にまたがる兵士の影が浮かび上がっていた。
若々しい竜が、立派な後ろ脚で静かに進み出す。
前垂れにはこの国を表す太陽の紋章が入り、リボンやフリンジで飾られている。合間に下げてある熱石からじんわりと温かさが届いてきた。
騎手は、伸ばした背筋のままジャンシールを見下ろした。
濃紺のマントをはね上げると青い隊服が現れる。つばのない制帽の下に、冷たく整った顔があった。
凛々しい姿が魔導士の口を開かせた。
「……クウィント隊員?」
「そうです。あなたがテアドレ調査員ですね」
平然と言葉を返され、ジャンシールはひとまず安心して片手を差し出した。音もなく鞍を降りたクウィントが儀礼的にそれを取る。
青みがかった薄い灰色の瞳、白い肌。帽子からのぞく髪は淡い金色で、真っすぐに束ねた先をマントに入れ込んでいた。
相棒を見上げたジャンシールは、「これはまた、リート人のお手本みたいだ」と内心で気圧される。
どうか彼と上手くやれますように。女神サイデア、俺に力を……
彼は気を取り直して笑顔を作った。
「午後の遅くを調査に充てるよういわれてる。さっそく聞き込みに行こうと思うんだが」
「わかりました」
騎兵が短く答え、竜を房に導く。淡々とした動きの中で鱗の背を撫でる手だけが優しかった。
クウィントは、しげしげ見つめてくる魔導士に気づいて「何か」と尋ねた。
「いや、あんたが相棒でよかった。年の……」
年の近い男なら組みやすい、と言いかけたとき、奥の戸から先ほどの老人が顔を出した。
「アニス、そいつと一緒で平気かね!」
「ええ、後をお願いします」
と、相棒が答えを返す。ジャンシールは、老人の不信感丸出しの言葉もほうって目の前の騎竜兵を見直した。
「“アニス”?」
「はい?」
「……や、何でもない。行こう!」
勘違いに気づいた彼は慌てて扉を押さえ彼女を待った。前言撤回、淑女優先。
にわかに緊張した彼へ、「そのような気遣いは不要です」といたって冷静な声が飛んだ。




