魔導調査員ジャンシール(2)
二人の間には鳥かごのようなランタンが吊られていた。中に置かれた光石がかあっと輝く。
じりじりした明かりを受けたモロワ所長は、色あせた青い目をしばたかせた。彼女が気にかけるということは普通でない証拠だ。
よく心得ているジャンシールは、
「不審な点でも?」
と短く尋ねる。
「ハドマント・ギルーはとても仕事熱心でした。まだ若いけれど、次の春から第二区の副長になることが決まっていたのです。本人にも伝えていたのですが、消えてしまうとは……」
と、所長が白と薄茶の混ざる頭を振った。
職業に関わらず、成人の失踪について憲兵隊はまともに取り合ってくれない。例外は貴族などの要人、そして彼らの身内ぐらいのものだ。
「郷に帰ったって線はどうです」
「彼は故郷を持ちません。親を亡くしてからは、一人でこのイェリガルディンにいました。外に身寄りもないはずよ」
「いたけど、知られたくなかったのかも」
ジャンシールが思ったまま口にすると、所長は分厚い顔をしかめた。在籍する魔導士たちを我が子のように思う彼女にとって、あまり楽しい推理ではない。
「ええ、あるいはね。お調べなさい、ジャンシール。あなたは調査部員として登録されているでしょう」
「と、親愛なる大魔導士さまはおっしゃいますけど……」
青年は椅子の上で頭をかいた。
「調査部のこれまでの仕事はご存知で?」
「もちろんですとも。光石の数がどうしても合わなかったとき、夜更けまで庁舎中を探してくれました」
持ってきたのはあなただった、と所長が微笑む。
「そうそう、石畳の隙間に転がってて! あとは寮から逃げた小鳥を追って…… あのですね、つまり人は探したことがないんですよ」
彼は途方に暮れる。しかし老いた魔導士は卓に手を組んでじっと若者を見つめた。
「ジャンシール。みなが気づかず通りすぎていた物をあなたは拾い上げた。いま私が必要としているのは、まさしくその目です」
期待と信頼を無言で表され、ジャンシールはついに立ち上がった。
「おおせの通りに!」
と胸に手をあてて一礼すると、襟元につけた身分記章、魔導士のメダリオンが誇らしげに鳴った。
「ひとつやってみましょう。あんたの頼みなら仕方ないですね」
素直な忠誠を返された所長はふたたび微笑んだが、情報を記した用箋を手渡すと、珍しく煮え切らない表情でこう付け足した。
「明日、調査を始める前に、顔合わせをなさい」
「それは相棒ってことですか。調査部の誰が?」
「いいえ、変則事項よ。憲兵隊から単独で捜査活動はするなと釘を刺されました」
「げっ、それじゃああいつらと!?」
ジャンシールがつい声を上げたが、次の言葉に気を取られていた所長は彼をとがめなかった。
「相手は憲兵ではなく……」
と部下を見やる。
「騎竜兵、です」
ジャンシールの緑の目はいよいよ一杯に見開かれた。
やっぱり、とモロワ所長は考える。うちの二代目の猫とそっくりなんだわ。
聞かん気でいたずらっ子、とびきりの冒険好きだった。中身まで似ているとしたら、この任務に彼ほどふさわしい者はいない……
「確かに頼みましたよ。われらの行く末に女神の加護のあらんことを」
扉の向こうに消えていくときも、ジャンシールはまだ猫の顔をしていた。