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青空の彼方にて  作者: 凛灯
Prologue
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Prologue

「この世界でオレたちが生きている理由、つなぐは知りたくないか?」


 澄み切った青空の下、購買で購入した菓子パンを齧る俺に、一吹いぶきが訊ねた。甘ったるいチョコレートを味わいながらその問いを反芻し、ぼんやりと空を見つめながら口を開く。


「突然だね。まぁ、知りたいといえば知りたいかも」

「だろ?わざわざこの世界で生きていることには、何か深い理由があると思うんだよな」


 一吹があまりに真剣に悩んだ様子で言うものだから、俺は反射的に頷いた。


「まぁ、確かに。よくよく考えれば、不思議なことが多いし、この世界で生きなくちゃいけない理由が何かあるのかもね」

「だよな。ホント、この世界は不思議なことが多すぎる。街から出られねぇし、本で見たような夜っつーのも来ないし、変だと思わないか?」

「言われてみれば変だと思ったよ。むしろ変な部分だらけだ」


 菓子パンをもう一口齧り、眉を顰める。


 俺たちが生きているこの世界は、確かに異常ではあるのだが、正直なところ、それほど気にも留めていなかった。それが、この世界の常識だと思ったからだ。あまりにも自然すぎて、今まで疑問すら抱いてこなかった。街から出られないことも、青空しかないことも、地球に酸素があることと同じような当たり前の事象として捉えていたからだ。

 一吹に言われて、疑問を持たなかったこと自体が可笑しかったのだと、俺はようやく気が付いた。


「本当にこの世界に、夜はねぇのかな?」

「さぁ?俺は今のところ、夜らしいものは体験したことないね。朝とか昼とかっていう時間の感覚はあるけれど、空はいつも鬱陶しいくらいの青空のままだし」

「だよなぁ……こうも青空ばかりだとさすがに退屈しねぇか?」

「それは分かる」

「さすが繋、分かってくれるよな。やっぱさぁ、この変な世界で生きているのには何か理由があると思うし、そもそもこの世界にはとんでもない秘密が眠っている気がするんだよな!」


 一吹はズズッと苺牛乳を啜り、至って真面目な声で言った。

 世界、だなんてスケールのデカい話をしているが、俺達の世界と言えば、通っているこの学校のことだろう。もしくは、この街だけだ。俺たちにとって世界とは、この街の中で完結しているのだから。

そんな世界自体にも興味はあるが、どちらかと言えば俺は自分が通うこの高校の方が、なんとなく不思議で気になることが多い。どの学校でも聞く七不思議もあるし、転校生がやたら多いのも気にかかる。そもそも、この学校に入学当初から通っている人はいるのだろうか。思い返してみるが、心当たりはない。


「ちなみにそう思う理由は?」

「特になし!そうだったら面白いって思うだけ!」

「あはは……だろうと思ったよ」


 自信満々に言う一吹に、思わず溜息を吐いた。


「まぁまぁ。この世界はどこかおかしいけど、それを追求しない限りは退屈だって分かってるだろうし、その退屈な日常をぶっ壊すために、さっき言ったこの世界で生きる理由と世界の秘密っての探しに行かねぇ?」


 飲み終えた紙パックの苺牛乳を手で潰し、一吹が輝かしい目で訴えかけてくる。

 彼は一度好奇心に駆られたら止まれない男だ。気が済むまで、この世界の秘密やら生きる理由やらを調査し続けるだろう。

 俺自身も世界やら何やら気になることはあるが、高校三年生の二学期に差し掛かった今となっては話が別だ。頭の八割は受験で満たされている。小学生の探検ごっこみたいに現を抜かしている場合ではない。

 だが、好奇心というものは、どうにも厄介なものだ。不思議な事象も重大な秘密もありはしないと頭のどこかでは分かっていても、本当はそれが世界の常識ではなくて、青空の件も街から出られない件も、非現実的なことであればいいと思っている。調査をした先に、何か新たな発見があればいいと心底願っているのだ。


 知りたい。

 どうして俺たちは、この小さな世界で生きているのか。どこかで感じている、世界への違和感のようなものの正体は何なのか。

 だから俺は、その誘いを断ることはできなかった。


「まぁ、気になるからいいよ」

「よっしゃ!さすがオレの親友!」


 微笑を湛えて答えれば、一吹はすぐさま立ち上がってガッツポーズをした。もうじき冬になるというのに、相変わらず上着は羽織らないし、おまけに腕まくりもしていて寒そうだな。そんなことを思いながら菓子パンの最後の一欠片を口に放り込めば、甘ったるい味が口内を駆け巡った。その甘さをひとしきり堪能していれば、一吹が大きく伸びをしてまた問いかけてくる。


「そういやさ、繋はどうやってこの高校に来たんだ?」

「前に話さなかったっけ?」

「いや、聞いてない」

「そっか。え、知りたいの?」


 そう問えば、キラキラと子供みたいに目を煌めかせて一吹が二度頷く。あまりに勢いよく首肯するものだから、その様子が面白くて俺は吹き出す。


「そんなに面白いものじゃないと思うけど」

「それでも気になるものは気になるんだよ!なぁなぁ、教えろって」

「はいはい。分かったよ」

「だってよぉ、もしかしたら秘密に関係してるもんかもしれねぇだろ?」

「あー、それが狙い?」

「そうとも言う!」


 だろうと思った。この高校に来た理由なんて、そうそう気になるものではないだろうし。

 でもまぁ、ここに来た経緯は、一吹が言ったこの世界の秘密に関係していることは間違いないと思う。本当、なぜ今まで何かがおかしいと思わなかったのが不思議だ。

 もっとも、今思えば当初は疑問を抱いていたのだが、いつしかその疑問は泡のように消えてしまったのだ。たぶん俺が、高校生活に慣れたからなのだろう。

 一吹の提案によって、忘れかけていたこの世界への小さな違和感が、少しだけ思い返された。

 この学校に転校してきて間もない頃、混乱していた自分を思い出す。

 思えばそれが全ての始まりであり、此度の調査に踏み出すきっかけともなった。

 あの日も、青空が綺麗だった。

 泣きたくなるくらい素敵な空だった。


 そんな中で、俺はある一人の少女に出会ったのだ。


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