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吹く風に冷たさが含まれ始め、首元を竦める人も見受けられるが、汗を拭いながらハンマーを振う男たちの姿が目を惹いていた。
先の騒乱で壊された家、焼け落ちた家などの建て直し、修繕が大急ぎで行われているのだ。
とは言え、さすがに全てを一気に建て直し出来るほどの大工がいるわけもなく、大工に就く人を今から受け入れたとしても、技術を身につけるまでは任せられないものである。
一人前になるまでの道のりは長く、その頃にはこの建て直しや修繕の仕事はなくなってしまっていることだろう。
先を見据えれば、いきなり人を増やすことも出来なく、さりとて時間をかけ続けるわけにも行かなく、休む時間を削ってでも体を動かすしかない。
大工たちにとって苦痛にしかならない仕事と思えてしまうが、家を建て直したり、修繕に一生懸命に働いてくれる大工たちに不満や不平を口にする者などいなく、感謝やお礼の言葉が届けられる。
確かな称賛とこの王都に役立っていると言うことが実感できるものである。
この仕事を任されている大工たちにとって、体を動かし続ける力となっていた。
今の王都において、忙しいのは大工ばかりではない。
怪我人が多く出たことで、薬師たちも大忙しになっている。
怪我の大小があり、傷が深い者たちはベッドに横たわらせて、効能の強い薬を投与していき、傷が浅い者達は列を成して手当のみ行って家に、家がなければ避難所などに戻って安静にしてもらうように指示を出し、薬師たちは手も口も動かしていた。
「すみません! もうアルニカがありません!」
マイが調合室に駆け込み声をあげる。
「さっき調合した分があっただろっ!? あれを使う怪我人はすぐに命を落とすようなもんじゃない。手が足りないから、冒険者に採取を依頼してきな。多少は国から補助が出るから、いくらか高くついても仕方ないさ」
この建物の長であるソレが、調合の手を止めることなく指示を出す。
「わかりました! 依頼を出してきます! あ、でも調合したのって……どこですか? ……あーーっ! ちょっとクリミナさん! それ打撲とかの打ち身用です!! 有害なもの含んでますから、傷口に持ってったらダメですっ!!」
ソレの言葉に辺りを見回したマイが、擦り傷で済んだらしい怪我人にアルニカから作った薬を近づけていたのを見つけ、慌てて止めに向かう。
アルニカは打撲や捻挫といった怪我に対して良いことが分かっているが、擦り傷などの傷口に使ってしまうと、余計に悪化してしまうことも確認されている薬である。
「……ふぅ……。まだ正式に薬師になって間もない子に指摘されてどうすんだい……。まぁ、ここまで忙しいもんでなきゃ、間違えたりすることもないんだろうがねぇ」
マイはリベルテとの縁で薬師の師を見つけられ、必死に学び、正式な薬師になったばかりである。
怪我や病気で苦しむ人たちの助けになりたいと言うマイの思いは本物だった。
マイより早くから見習いとして入っている人たちに追いつき、追い越そうと日々、一生懸命に覚えていった。
ソレにとって、薄れつつある薬師ギルドの本来の思想を見て、つい厳しくも自身の知識を経験を教え込んでしまうのだが、マイはそれを覚えてくるのだから、師であるソレには楽しく思える日々だったらしい。
他の薬師たちにも影響を与え、マイには感謝しきれない思いも持つようになっており、いずれこの場所を継いでくれないかと、思うようになっていた。
「……っといけないね。まだそんなことを考えるには、足りないものが多すぎるし、何より私はまだまだ年老いちゃいない。それにしてもあの子も、何に追われているんだか……」
頭を数度振り、調合を続ける。
怪我人はまだ多く、これから冬を迎える王都では病人も出てくることが考えられる。
薬師ギルドはここからがまだ、その腕の奮い時なのである。
マイは日々、列を成して運び込まれてくる怪我人たちを目にし、冒険者ギルドへつい足を速め、走りだしてしまう。
自身も騒乱の中で左肩を痛めていて、大きく動かすことは禁じられているし、今も走ることで鈍く傷むところがあちこちにある。
それでも、やれることをやらなければいけない、という義務感に似た思いが頭を占めていた。
冒険者ギルドに入ると、今の王都では怪我をしていない人の方が珍しく思えるほどで、自分で、または他の薬師のところで手当てを受けてきたのだろう冒険者の姿が多く目に入った。
この冒険者ギルドに入るたびに、マイ自身が冒険者だった頃のことが思い出されて、なんとなく懐かしい気持ちになるのだが、今は感傷に浸る時間も惜しく、カウンターに向かう。
カウンターには見かけた顔があり、少しだけほっとして声を掛ける。
「エレーナさん」
依頼の受注手続きをしていた冒険者を見送ってから、声をかけたマイに向きなおしてくれる、しっかりとした職員の動きだった。
「マイさん! ……ご無事で何よりです」
マイの手当てを受けただろう姿を見て、掛ける言葉を変え、それでも安心したように微笑んでくれた。
「ギルドも大変そうですね」
マイは怪我を押してでも依頼を受けていく冒険者たちを見ながら、思わず言葉に漏らしてしまう。
今はどこも大変な状態であることを自身の目で見たことで、現実の重さを感じてしまうものだった。
まだまだ怪我人が多く、王都の日常が戻るには時間が掛かるのがわかる。
どこまで頑張り続ければいいのか、先の見通しが見えないように感じてきてしまう。
「マイさん。大丈夫ですか?」
エレーナが心配そうに声を掛けるので、大丈夫だとなんとか笑顔を浮かべてみるが、エレーナに隠し通せていないことくらい、マイにもわかっていた。
先ほどマイが漏らしたとおり、ギルドも大変そうなのだから。
「こちらも怪我をされた冒険者の方が多いですから。……それに亡くなってしまった方も。ですが、復興の依頼が多い貼り出されるようになっています。その仕事によって稼ぎを得られるというのもありますからね。大丈夫ですよ。冒険者をされる方々は、この王都で暮らす人たちは、そんなに弱くありません」
マイよりも長くこの王都で暮らしてきた人だからこその言葉に、マイはちゃんと笑顔になれた気がした。
「それで、本日はどのようなお話でしょうか?」
エレーナが仕事に戻る。
「あ、そうでした。アルニカの採取依頼を出したいのですが……」
仕事で来ていたことを思い出し、エレーナと依頼発注の手続きを行っていく。
これまで受ける側であった自分が出す側になっていることに、不思議さを感じずにはいられなかったが、これら手続きを仕事にしているエレーナ相手のため、特に困ることもなく手続きが完了する。
「はい。それではこちらで依頼を出させていただきます」
「よろしくお願いします」
お互いに頭を下げ、一仕事終わったと胸を撫で下ろす。
また急いで戻って仕事をしないとと思うマイであったが、出入り口付近でリベルテを見つける。
見つけた時には思わず足が動き出していた。
「リベルテさん!」
「きゃあ! って、マイさん……。驚きましたよ」
リベルテに走って抱きついてきたマイに驚きの声を上げるが、相手がマイであることに気づいて、優しげな表情になるリベルテ。
マイの怪我を見て、マイを抱きしめ返すのではなく、その頭を撫でる。
撫でられて、マイが照れくさそうに、でも嬉しそうに笑う。
撫でられていたマイは、辺りを見回して、リベルテ一人であることに気づく。
「あれ? レッドさんは? もう、一人で依頼に行ってるんですか?」
レッドのしていそうなことを思い浮かべて聞いたのだが、リベルテは少し悲しそうに首を振る。
「レッドは……、家で大人しくしています。元気になるまでは私一人で稼がないと、です。……本当に無茶をする人ですから」
しょうがない人だと笑うリベルテ。
レッドのことを知っているマイは、先の騒乱で無茶をして怪我をしたんだろうなと、すぐに思い至った。
「早く良くなるといいですね!」
だからこそ、いつもの二人に戻ることを願って送った言葉であったが、リベルテは言葉を返すでもなく、ただ悲しそうに笑うだけだった。
「……すみません。少しギルドで話しがあるので、また後でお話しましょうね」
リベルテがカウンターに向かい、エレーナが動く。
いつも見ることのないリベルテの反応に、戻らないといけないけれどここに残っていた方が良いのではないか、という思いがマイの頭を占めた。
リベルテを待つつもりで、近くの壁に背中を預けて座り込む。
ぼうっとギルドの天井を見ていた。
あの騒動で自分を狙ってきた、と言ったハヤトの言葉が頭に浮かぶ。
マイが働き続けていた理由は、そこに根付いていた。
タカヒロはマイのせいではないと言ってくれたし、もしそうだとしても一緒に背負うと言ってくれたけれど、それですべてが晴れるわけではない。
今もこうして、ここに来るまでの間に怪我をしている人たちを見て、苦しいものがあった。
そして先ほど、レッドも怪我をしたのだろうと言うことに気分が重くなってくる。
長いため息をともに、視界はゆっくりと閉じていった。
「マイさん! マイさん! こんなところで寝てはダメですよ」
揺すられる体と呼ぶ声に目を開けると、リベルテが心配そうにマイを見ていた。
「……あ、お話終わったんですね」
マイはリベルテを待っていたことを思い出して声を返したのだが、リベルテはここにもしょうがない人が、とため息をこぼし、マイの隣に腰を下ろす。
「それで、待ってまでのお話ってなんですか?」
先ほどより幾分か顔色が良くなったマイに気づき、リベルテはマイが気になっているだろうことを聞くことにする。
今思い返せば、先ほどまでのマイは、どことなく思いつめているようであり、自身を追い詰めているようでもあったのだ。
「……レッドさん、大丈夫なんですか?」
マイにとってもリベルテの先ほどの表情から、これまでと違うことがわかっていた。
短い期間でも側にいて、行動をしてきた間柄なのだから、わかってしまうことでもあった。
リベルテは、少しだけ、本当に少しだけ考えるように目を動かしてから、マイの顔を見つめる。
「レッドは先の騒乱で、毒の煙を吸ってしまって倒れています。意識はあるので、話をすることは出来ますが、それでも先を考えると……」
リベルテの言葉にマイは目を大きく開く。
前にも毒の煙を吸ってしまった事件があった。
あの時は、過ぎた力がまだ使えていたマイがレッドを治した。
レッド以外の人たちにはついては、キスト聖国の聖職者たちが魔法によって治療したものである。
しかし、聖職者たちは今回の騒乱を起こした側であり、もうこのオルグラント王国において、姿を見ることはなくなってしまっている。
「……それは……」
言葉をなくすマイに、リベルテはマイの手を取り、一縷の望みをかける様に声を出す。
しかし、それはマイが思っていた言葉とは違うものであった。
「薬師ギルドにおいて、あの毒を中和する薬はありませんか? もしくは出来ませんか?」
自分に本当にもう力が残っていないのか、と聞かれると思って身構えたマイに、リベルテはあくまでも、このオルグラントで出来ることの中で動こうとしていた。
確かに過ぎた力に縋れるのなら縋ったのかもしれないが、そもそもそんな力は、元々この世界に存在しないのである。
なら、そんな存在しないものを当てになどしても仕方ないのだ。
「……ごめんなさい。私にはわからないです」
無いと言いたくなくて、なんとかそれだけを口にする。
リベルテもそれは分かっていて、それでも聞いたのだろう。
マイの答えに対して、そうですか、とだけ答えてマイの手を離す。
リベルテとはそれで分かれ、足取り重く、ソレの家に戻る。
「遅かったけど、なんかあったのかい?」
マイが離れている間で少し整理出来たのか、薬師たちは一息ついているところであった。
戻ってきたマイに気づいたソレが声をかける。
ソレを見たマイは、師であればと縋る。
「レッドさんが! レッドさんが、毒の煙を吸って倒れたって! でも、私はそれをどうにか出来るる薬なんて知らなくて。どうすることも出来ないんですか!?」
この騒動を引き起こす原因となったのが自分であり、お世話になったレッドが倒れているのに何も出来ない自分が情けなくて、その責任に押しつぶされるようで、マイは泣き崩れるしかなかった。
レッドが誰であるか思い出したソレは、痛ましい表情になるが、すぐさまマイを叱る。
「泣いて何か変わるのかいっ! どうにも出来ないからって諦めるんだったら、薬師なんていらないんだよ。あんたはどうして薬師になろうとしたんだか、思い出しなさい!」
ソレの叱咤に涙を止めてソレの顔を見るマイを、ソレはマイの頭を優しく撫でる。
「前にそんな事件があったろ? 薬師としてどうにか出来ないか、その時から言われてたんだ。今はまだ確立した薬は出来てないけど、無いわけじゃないんだよ」
「本当ですかっ!?」
マイが勢いよくソレの手を掴み、期待をよせてソレの顔を見る。
「落ち着きな。まだ確立出来ていないって言っただろ。……しばらく、その人んところに泊り込んででも、治療に当たってきなさい。あらかたの調合の手順と材料を書いた紙を渡してあげる。後の足りないところは、マイ。あんたがなんとかするんだ」
しっかりと見つめ返されたソレの目に、マイは自分に科せられる重さに引きそうになるが、自分がやらないといけないのだと、目に力を込める。
「ほれ、行って来な」
マイの目に力を見たソレはマイの背中を押す。
「ちゃんとこっちに帰ってきなさいね」
そんな言葉を背中に、沈みかけている陽の中、マイはまた走り出した。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




