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元々、軍として戦うのではなく、混乱をもたらせることが主流だったのだろう。
あちこちで、人では無くなってしまった、ただ力の限りに暴れまわっている人が目に入る。
武器を持って立ち向かっている人も居れば、追われて逃げ惑う人も居る。
混乱をもたらすことが目的であるのならば、十分にその目的は果たされている。
自身すらも傷つけながら、人ではなくなってしまった者が、それでも手当たり次第に人を襲い続けていく。
襲われて怪我をした人、亡くなってしまった人の姿が嫌でも視界に入ってくる。
リベルテは急ぎたいのだが、この状況を無視していくことができなかった。
長くレッドと一緒に居たのだ。
レッドとこの王都に対する思いは同じになっている。
人ではなくなってしまった者の死角を突くように身を滑らし、相手の首元を短剣で切り払っていく。
自身も傷つきながら暴れ続けている相手であれば、多少の手傷を負わせたくらいでは、大人しくなることも、引き下がることも無い。
しかし、それでも人ではあったのだから、急所を狙うとか、首を斬ってしまえば、終わらせることが出来る。
だが、言うのは簡単な話で、行うのは難しい。
相手も生きて、動いているのだ。
それも、自分の怪我を省みず暴れている相手だけに、動きの予測が難しい。
普通の人であれば、自身を傷つける行動なんてしないものであるが、人でなくなってしまった者は平然と行ってくるのだ。
近づくだけでもかなり危険であり、そこから首を狙うなど、集中力と動き続ける体力が必要となる。
「はぁ……。はぁ……」
リベルテは平民を襲っていた一人の首を切ったところで、息を切らしていた。
ここに来るまでの間で、三人は倒してきていた。
今、リベルテが向かおうとしているのは、貴族区域であった。
貴族区域であれば、貴族たちの身を守るために兵や警ら隊が平民区域より多く、装備も質も良い。
この騒ぎであれば、騒ぎに対応するために兵が動いているはずだった。
だが、未だに貴族区域から兵が動いている気配が感じられなかった。
「……やっぱり、あちらでも何かが」
息を整えてリベルテはまた走り出す。
行かなければ。
一つの約束。
そして、少しでも早く傍に戻るために。
立ち止まるわけには行かなかった。
貴族区域は平民区域に比べると、その全てにお金が掛けられている。
建てられている家も大きく、細部まで拘られた彫刻があったり、常に外壁を白く綺麗な状態に整えていたりしている。
もっと財力がある貴族では、庭園にも力を入れていて、近くを通れば計算されて植えられた色とりどりの花が目を楽しませてくれるほどだった。
そんな貴族区域にも、平民区と変わらない騒動があちこちで起こっていた。
ただ、平民区域と違って貴族たちの兵がいるためか、暴れている者に対応出来ているところも見える。
リベルテは、ここの兵たちならば大丈夫だと判断して先を急ぐ。
見えてきた目的地では、押し込まれている兵士たちとその少し奥で倒れている男性が目に入った。
暴れている者の姿は三人。
対抗している兵士も三人だった。
貴族区域にしては少なすぎる。
他の所に兵を回しているのかもしれないし、すでにやられてしまっている兵がいるのかもしれない。
もしかしたら、逃げたのかもしれない。
それも今ではどうでも良いことだった。
そんなことを考えていても、状況は好転しないのだ。
これ以上は、とリベルテは足に力を込めて、速度を上げる。
走りながら、腰に佩いていた短剣の柄をグッと握り、左右に短剣を抜く。
まずは、と暴れている相手の後ろから飛び掛り、その首を深く斬りつける。
通常の短剣より厚みがあった短剣は、リベルテの考えたとおりに深く刺さり、そのまま抜き取るように引き裂く。
勢いよく吹き出る血を気にすることなく、リベルテは倒れる相手の背中を蹴って飛び上がり、空中で持っていた短剣をもう一人に向かって投げつける。
兵士に気を取られていた相手は、リベルテの短剣に反応することなく、その首すじに刺さった。
「そいつを倒しなさい!! 二人で残りを押さえて!」
リベルテの声が響く。
訓練されていた兵だけあって、リベルテの指示にビクリとしたものの、すぐさま指示に従って動き出す。
三人居たうちの一人は瞬く間に倒され、一人は深い怪我を負っている。
残りの一人を二人で相手取れるのであれば、先ほどまでに比べればずっと余裕が持てた。
兵たちは危なげなく深手を負った一人を倒し、三人で相手をし始めた。
ただでさえ走り続けてきたのに、さらに力を振り絞って加速して飛び掛って斬り、その背を蹴って跳躍からの投擲。
そして、最後の張り上げた声。
座り込んで休んでしまいたい欲求に駆られる。
しかし、そんな時間は無いし、ここで休んでしまうと、もう立ち上がれない気がしたのだ。
リベルテは荒く息を吐きながら、ゆっくりと歩き出す。
壁に寄りかかるようにして倒れている男性の傍へ。
恐る恐る、ゆっくりとその男性の肩を揺する。
生きていて欲しいと言う願いを込めて。
小さく呻き声が上がる。
リベルテは間に合ったのだと、ホッと息を吐く。
「ミルドレイ様……、大丈夫ですか」
倒れていたのはミルドレイであった。
リベルテはレッドに言われ、この人のもとに駆けつけていたのだ。
また小さく呻き声をあげながら、ミルドレイが目を開ける。
「……おぉ、そなたか。何故ここに……」
言いながらも周囲に目を向けていたミルドレイは、状況を大よそ理解する。
「そうか……。私ならもう大丈夫だ。君が居るべき場所に戻りなさい」
優しげな目をリベルテに向けて、壁に手をつけ、身を支えるように立ち上がる。
「……そんな体で……。お下がりください」
リベルテはミルドレイの体を労わるように、その背に手を添える。
ミルドレイは壁につけている手と反対の手で、リベルテの頬を撫でる。
「私はこの王都を守るために尽くしてきた。多くのものを犠牲にしながらな……。そなたが縛られることはない。もう自由なのだ。ここにきてくれたことに感謝する。だが、そなたの居たい場所はここではないだろう?」
リベルテの目にうっすらと涙が浮かぶ。
リベルテはその涙を拭うことなく、しっかりと頷く。
頷いたリベルテに向けるミルドレイの顔はとても満足そうであった。
リベルテにとって、ミルドレイは暗く冷たい所から救い出してくれた人であった。
親を亡くし、拾われた先で人ではなく物として、武器として育て扱われてきた時間が、より一層リベルテの心を暗闇へと落としていた。
その場所を兵を持って襲撃したミルドレイによって、リベルテの他に救われた者は多い。
明るい場所に連れ出されたリベルテは、ミルドレイの優しさに触れ、そしてミルドレイの紹介である人と会った。
そのおかげで、今はこうして笑ったり、泣いたり、怒ったり、楽しいと感じられる。
恩のある、年老いているミルドレイが心配で葛藤していた背中を、無理に押されてここにやってきたのだ。
そしてまた、この老人の優しさに触れ、自分の道を進んで良いのだと背中を押してもらえた。
リベルテは涙を拭い、ミルドレイに一礼してまた走り出す。
今度は傍に居ると決めた人の所へ。
もう大切な人を亡くしたくない。
疲れている体であったが、ミルドレイの優しげな背中を押す声と、大切な人のへの想いが不思議とまた力を溢れさせてくれる。
走っていくリベルテの背中を見送った後、ミルドレイは落ちていた剣を拾う。
「さて……、これ以上は好きにさせるわけにいかんな。思い出だけでも残る場所と、救えなかった息子たちの子どものためにも」
ミルドレイには妻子が居た。
普通の家族であったはずだった。
だが、ミルドレイは当時から宰相の右腕としてその腕を発揮し、その力を振るうために働き続け、家族を省みることが出来なくなっていた。
ミルドレイの仕事の重要さを理解していたミルドレイの妻は、邪魔にならないようにと離れ、息子夫婦たちは仕事が上手く行くと、親の権力のおかげと言われる風評に耐え切れず、ハーバランドでの一転を目指して去ってしまった。
一人になったミルドレイは、そこで手放してしまったものの大切さにやっと気づいた。
だが今更、取り戻すことなど出来るはずもなく、また仕事へと逃げるように働くしかなかった。
そんなミルドレイの元に、アクネシアからの賊がハーバランド、モレクの近郊に現れているという知らせが入る。
急ぎ兵を集めて向かったミルドレイはアクネシアの賊を討つが、壊れた馬車と散乱した荷物、そして重なるようにして亡くなっていた二人を見つけてしまう。
膝を突いてしまいそうになるが、二人の子どもが居たはずと気づき、辺りを探すが姿を見つけられなかった。
自分のせいでこのようなことが起きてしまったと、自責に駆られたミルドレイは寝る間も惜しみ、情報を集め続けた。
それが自分に出来る償いだと、動き続けたのである。
数年の後、集め続けた情報から王都に作られていた暗殺者の組織を見つけ出した。
アクネシアの手が入った者たちで作られた組織だった。
ミルドレイはこの組織を殲滅する功績をたてるのだが、その場所で見つけてしまう。
それまでちゃんと見たことは無かったが、うっすらと残る記憶とはかけ離れた目となっていた子どもの姿を。
今更と思いながらも自分に出来ることをと世話をするが、消えない自責の念に、このまま自分が面倒を見続けて良いものかわからなかった。
だから、いつまでも自分のような者の傍に居させてはダメだろう、と彼の人に会わせた。
彼の人もまた、今の場所から離れて生きることを願っていたから。
逃げるのではなく、自分の力で生きるために。
まだ体は動く。
気持ちも萎えてなどいない。
「集合せよっ! これより隊となって賊を殲滅する。その後も隊を増やし、平民区域へと向かう。王都から賊を追いやるのだ!!」
ミルドレイの威厳のある声が響き渡る。
自衛のためだけに戦っていた兵たちに一つの筋が通る。
信頼できる上に立つ者が居れば、迷わなくなる。
賊を相手に追い込まれていた者たちが、動きを鮮明にし、賊を切り倒す。
そしてバラバラにいた兵たちがミルドレイの元に集まり、ミルドレイの言葉に声を張り上げる。
この国の、この王都の兵なのだ。
ここを守りたいという気持ちが無いわけではない。
オルグラント王国の兵は決して脆くないし、弱いわけでもないのだ。
そう願い続けてきて、そうあるようにと尽くしてきた人たちがいるのだから。
オルグラント王国の城は、この騒動でも静まり返っていた。
騒がしい場所もあるのだろうが、この場所においては静けさを保っていた。
「……何故、こんなことをした? シャックス」
この部屋において煌びやかさを持ちながら、荘厳さも併せ持つ椅子に座っていた男性が、目の前に立つ男に声を掛ける。
「何故? そう言うことを言われる方が疑問を持ちますがね。王よ」
ここ玉座の間に、二人の男性が対峙していた。
一人はこのオルグラント王国の王、アルディス。
もう一人は、この国で新たに宰相の地位に就いたシャックスであった。
国の中枢と言える人物が二人、対峙する様に向かい合っていた。
王が宰相を問い詰めているのは、理由がある。
今この王都で起きている騒乱の手引きをしたのが、シャックス宰相であったからである。
それを分かっていながら対峙しているのは、その真意を確認するためであった。
城であれば当然、王の護衛が居るのだが、シャックスの手引きで王の下に駆けつけられないでいた。
シャックスはゆっくりと、演者のように動きながら話し始める。
「このオルグラント王国は、肥沃な土地を広く持ち、豊富とは言わないまでも鉱山があり、海にも面している。これほど人が繁栄していくのに理想的な土地はない」
体の向きを変えて、また歩く。
「だと言うのに、この国はずっとこの場所に閉じ篭り続けている。争いが続くこの大陸を治めようともせず、また他の国から助けを求める者達を広く受け入れようともしてこなかった」
立ち止まり、アルディス王の方を向く。
「それがどれだけ傲慢で、残酷なことか考えたことがあるか?」
憎んでいる表情だった。
アルディス王は、その目に怯むことは無く、思いを述べる。
「決して褒め称えられるような国のあり方では無いだろうことは、承知している。だがな、自分たちが豊かな土地を持つことを背景に、争いを止めるに争いを生むことに、何の意味がある? そして、他の国からわが国を目指してきた人たちは、受け入れなかったのではなく、受け入れられなかったのだ。土地だけあっても、人の飢えを満たすことなど出来はしない。土地を耕し、作物を育て、そしてやっと実りを口にできるのだ。この国もまだまだ、この土地の恩恵を手にしようとしている最中なのだ」
「そう言いつつも、アクネシアへの派兵は承認されましたがね」
あざ笑うかのように喉を鳴らして笑うシャックス。
アルディス王が忌々しそうに顔をゆがめる。
「あれは承認せざるを得ない流れが作られていた。この国の人々が、城に勤める者たちが、貴族たちが皆、アクネシアへの敵意を、戦意を募らせていた。仕組まれていたかのようにな。国の総意が誘導されていた中では、王であっても否定するなど出来はしない。それもまた、この国の王であるが故にな」
アルディス王は自身の立場を、その力の不足さを正しく理解していた。
王だからと言って、全てを思う通りになど動かせるものではない。
力を持つ貴族たちが居て、国を思う官僚たちが居て、日々を生きるために精一杯の人たちが居て、国は動いている。
王一人の力で成り立っているものではないのだ。
「今よりまだ自由であった頃、お互いに夢を語ったものだったな……。私は今より皆がもっと裕福になるようにと願い、おまえはどうすればそう出来るか考えてくれたものだった……。だが、何故、聖国なのだ? あの国はおまえにとって、この国より先を感じられたのか?」
アルディス王がそう遠かった過去ではないが思い返すように目を瞑り、今もなお信じられないとシャックスに問う。
「聖国? あはははは! あのような腐った国に何があると言うのだ? それもわからないのでは、アルディス。やはり君は上に立つ者ではない。君は王などではなく、ただ夢を語る一人であった方が良い」
もう過去の、未来にともに思いを馳せた友ではないことを実感する。
アルディスを愚かな者と見下し、笑うシャックスを気にせず、アルディスは思案する。
この騒動の狙いとシャックスの狙いと。
そして気づいた。
「帝国か! おまえはあの争いを生み出し続ける帝国と通じたのかっ!」
アルディスは立ち上がってシャックスを見る。
「あの国は意志がある。とても強い意志が。あの国はいつかこの大陸を統べるだろう。私はその手伝いをしたにすぎない。このいつまでも自分たちのことだけを考え、閉じ篭り続ける国より、よほどに未来を幸せにする! あの国が統べれば争いはなくなり、この土地の恵みも多くに行き渡るようになるさ!!」
たしかに、強い国が統べれば、今のように他の国と争うとことなど無くなるだろう。
そこまでに流した血よりも、多くの人が幸せに生きられる未来がくるかもしれない。
だがそれでも、そこに至るまでに流されても良い血などありはしない。
アルディスの手が強く握り締められる。
「そろそろランサナ砦にキストの兵が攻め込む頃だろう。キストは欲に目がくらんでいる国だからな。この時にと、多くの兵を動員してくるだろうよ。そうなれば、兵の少なくなったキストの都など、帝国は簡単に攻め落とせる。素晴らしいだろう?」
また無為に、多くの血が流される。
それも帝国の助けとなるように、帝国とは関係の無い場所で。
怒りに震えるアルディスを幻想し高笑いするシャックスであったが、アルディスはゆっくりと椅子に腰を下ろす。
想像と違う仕草に、思わず笑いを止めて、シャックスは怪訝そうにアルディスを見た。
「王都でここまで被害を出してしまったことは、おまえをわかってやれなかった私の落ち度だろう。私は確かに王として不足かもしれない。……だが、この国は王一人で支えられているものではない。頼れる者たちが、確かにい居るのだ」
扉が開け放たれ、兵がなだれ込んでくる。
「……あの爺どもの置き土産か」
忌々しそうに舌打ちする。
シャックスは帝国の手助けをしながらも、帝国に身を寄せて仕えるという事は考えて居なかったらしい。
玉座の間にたどり着いた、ミルドレイにより鍛えられてきた官僚たちによって、シャックスは大人しく取り押さえられた。
「牢に連れて行け。それから王都の現状と集められる兵についてまとめよ」
アルディスは迷うこと無く指示を出す。
その姿は、王であろうとする者の姿であった。
一人玉座に残ったアルディスはその玉座を見つめる。
「ここに在ることを願って奪い取ったのだ。今さら無かったことになど出来るものか……。最後の時まで全うする。やれる限りあがく。そうだろ?」
アルディス王は、玉座の間を出る。
王としてしなければいけないことは、山ほどあった。
城にいる者を集め、国を担うものとしてやれることをするために。
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