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冒険者ギルドはこれまでに無いほど賑わっていた。
人が増えたことで需要が増えた物が多くなったのだ。
それに対応するため、と言うのもあるが、それだけではなく、他に2つの理由があった。
1つは秋の豊穣祭に向けて、である。
人が増えたことでこれまで以上に消費が増えること、そして、これまで以上に売り上げが出るだろうことを見越して、商売をする者、料理を作る者たちが大きく動き出しているのである。
これは直近の食糧を増やすと言うことだけでなく、仕入れであったり、新商品の開発といった動きになる。
それに伴って、採取の依頼であったり、配送の依頼、討伐の依頼などが増えているのだ。
そしてもう1つは、亡くなってしまった兵や冒険者たちの穴埋めとでも言うべきか、集まった兵や新人の冒険者を鍛えると仕事が押し付けられてきているのである。
これには古参と言えるような経歴を持っている冒険者が指導に当たることになっている。
鍛えられ方如何では今後の主力となるほどの力を付け、無為に命を落としてしまう可能性を減らせることを見込んでなのだろう、なかなかいい報酬となっている。
レッドとリベルテもギルマスであるギルザークに頼み込まれるように声を掛けられ、面倒ではあったが稼ぎに釣られて請け負うことにしていた。
決して、逃げられない圧力があったわけではない……ことになっている。
「報酬に釣られたが……、面倒だよなぁ」
指導を明日に控え、家でだらけきっているレッド。
この季節の暑さにやられているのもあるが、明日の事を考えて気が滅入っているのもあった。
「以前にやった、新人の講習会と同じようなものを、やれば良いだけじゃないんですか?」
リベルテもそこまでやる気を持っているわけではない。
もう手続きをし終わってしまった後なので、不平を言っても仕方が無いという考えである。
なので、やることも単純に考えるようにしているようだった。
だが、レッドが天井を見ながら呻き声をあげる。
「あ~……。それなんだが、その講習とは別物でやってほしいって言ってたぞ? それはそれで別にやるんだと」
それは初聞きだ、とレッドをジトンとした目で見てしまうリベルテ。
リベルテが居ない間に、ギルザークから告げられた話だったのである。
準備に追われている中で、レッドはつい言ったつもりになっていたのであった。
「……それでは、何をやることになってるんですか?」
リベルテの視線から逃げるように背けつつ、レッドは決まり悪げに言葉を漏らす。
「実戦演習……」
その言葉に目を大きくしてしまうリベルテであったが、手元にあった蜂蜜酒をグイッとあおることで落ち着ける。
「……それは、かなり大変な内容じゃないですか。それで、準備はどこまで? それと私たちだけになるんですか?」
実戦演習とは、ギルドの訓練場で新人たちに手ほどきして終わるような安全なものでは無い。
王都から出て何泊かしながら、実際にモンスターを討伐させるものになる。
当然、内容によっては怪我をする者が多く出るし、場合によっては亡くなってしまうこともありえないものではない。
事前に下調べはしているが、凶悪なモンスターの移動とかち合ってしまい、指導する冒険者を含めて大惨事となった事例も皆無ではないのだ。
しかし、依頼の手続きは済んでしまっているのだ。
今から断るには、安くは無い違約金を払うことになり、生活苦に陥るかもしれない。
ましてや、明日になっている状況であれば、違約金はその額がさらに高くつくようになっている。
「他に、何か、私が、聞いていない、話は、ありますか?」
これ以上、話していないことはないかと、確認も含めてリベルテは、レッドを問い詰める。
単語を強調するように区切っているのは、準備が間に合わないかもしれないという思いと、単純だと思っていたらとても面倒な内容だということへの感情が込められていた。
「あ、あぁ……。準備は大丈夫だ。今回は、国もギルドも、力を入れている話だからな、物資はギルドが用意してくれるそうだ。……あと、俺たち以外に受けてる奴らと協力して行うことになっている。信頼できる奴らだぞ」
後半を面白がって言うレッドに、リベルテはさっさと話しなさいと眼の力を強めるのだが、レッドはコップに残っていた酒を飲み干すと逃げるように部屋に戻ってしまう。
リベルテは1つため息を漏らし、明日からの演習でレッドに苦労させようと決めるのだった。
アクネシアから流れてきて生活のために冒険者になった者、亡くした親代わりに稼ぐ必要があり冒険者になった者など、新人冒険者の数は例年より多い。
ましてや、国とギルドが力を入れているおかげで、この演習に参加する費用は不要で、物資はギルドが用意してくれるものとなっているのだ。
冒険者になったばかりの者たちがほとんど集まったとしても不思議ではない。
依頼ではないから報酬は出ないが、先達の冒険者たちから学べ、食事はもらえ、先達の冒険者にある程度守ってもらえながら、自身の力を高められるのだ。
新人冒険者たちは、その全員がとても楽しそうに声が弾んでいて、楽しみで仕方が無い、というのが良く分かる雰囲気となっている。
通年で職のなり手を受付ている冒険者ギルドであるが、新人は月に4、5人にもなれば、多いものであるが、今回は20名ほどにもなっていた。
演習として選定した場に行く前にギルドで説明を行ってから向かうのだが、今回は人数が多く、普通に依頼を受けに来る冒険者たちの邪魔になってしまう。
そのため、門の前に集合して、先に現地へと向かうこととなっている。
数名ずつグループに分かれて馬車に乗り、王都から揺られること5日。
新人を乗せた冒険者一行は、イドラ湖へ到着した。
「お~し、着いたな。それではまず、グループごとに野営地を設置しろ。隣同士、邪魔にならないように配慮しろよ」
冒険者歴が長いレッドが号令を掛けると、それぞれがわっと動き出す。
イドラ湖に来るまでの5日間で、グループ内の仲は深められたようだった。
この移動の間だけでも仲良く出来ない者は、仲間の足を引っ張るだけである。
この移動時間も演習の一環と言えるのだが、今回の新人たちは問題なかったようで、野営準備に動く連携は悪いものは無かった。
物資はギルドが用意して馬車に積んだとは言え、その配分を考えるのは冒険者たちである。
演習であり、数泊するのだ。
日にどれくらい使っていいのか考えられなければ、途中で野垂れ死ぬことにだってありえてしまう。
それこそ、最初から多く消費してしまったら、野営する度にその日の収穫次第の食事となってしまい、疲れた体を休める時間を削ってしまうことになりかねないのだ。
かと言って、節約しすぎても、十分ではない食事は体を十二分に動かすことが出来なくさせるし、余裕と踏んだつもりで、食糧を傷ませるだけになってしまうかもしれない。
残しておいた食糧を無為に廃棄せざるをえなくなってしまい、それはそれで用意した分だけ無駄にしてしまったことになってしまうのだ。
いかに適切に食材の持ちを把握しながら、予定を立てていけるかが、冒険者にとって大事なことなのだ。
たかが食糧であるが、されど食糧。
こういったことでも甘く見てしまい、管理できないと依頼で遠出した際に、余計な出費を生み出すことになり、報酬を貰っても稼ぎが少なくなったり、赤字になったりしてしまうのだ。
無事に帰ってこられたなら良いが、食事不足であったり、傷んだ食材で作った料理を口にするなどして、十分な力を発揮できない状態でモンスターに出会ってしまったら、そのまま亡くなってしまうことにだって繋がりかねない。
体調を維持するためにも必要な見立てる力なのだ。
遊びに来た感覚であったなら、後々苦しむのはそのグループになる。
今回はその人数からギルドでグループ分けされているが、このグループも上手く機能させられるかが演習課題になってもいる。
知り合いがいれば多少は気が楽だろうが、冒険者は必ずしも知り合いだけと一緒に行動できるとは限らないものだ。
複数のチームなどで受ける依頼だってあるし、護衛の依頼を受ければ、護衛者と一緒に行動することになる。
同じ冒険者同士であっても、一緒に行動している仲間が居るなら良いが、生活していくために冒険者になった人が多いのだから、普段から一人で行動している人も多い。
モンスターの討伐などを考えれば、誰かと組んだ方が断然良いが、よく分かっていない相手に背中を、命を預けることなんて出来やしない。
欲に囚われれば、人が少ないほど分け前は多くなるのだから、他の人との交流を好まない冒険者も居ないでもないのだ。
だけど、人はそれだけの感情に囚われるものではない。
楽をしたいと思うし、性的な欲求だって持つものだ。
腕っ節が頼れそうな人や下心を持って異性と一緒に、なんて考えてしまうことだってあるはずだ。
このグループ分けにおいても、そうした思いはだれだって持ってしまうだろう。
なので、今日の夜にでも、だれが夜の番をするかで揉めることになると考えられている。
当番になった人に任せて休めるか不安に思うこともあるだろうし、かと言って進んで夜の番をしたいと言い出す者も居ないものだ。
今は楽しそうである新人冒険者たちがこれからの日数を無事こなして行けるか、レッドたち指導役の冒険者たちは嗜虐的な楽しさ少しと大きな不安を覚えていた。
誰だって、他人の命の責任など、簡単に持てなどしない。
各グループに指導力を発揮する人が居ることを願うばかりである。
一応、イドラ湖に来るまでの期間で、互いに話し合い、決まりごとなどつくり、信頼を作り出せるよう配慮してきているが、実際に行動を取るのは新人冒険者たちである。
思い通りに動いてくれるものではない。
他の人と仲良く話をする方法など、先達冒険者であっても指導できるものではないのだ。
野営の準備は、イドラ湖に来るまでの間でやってきているため、新人冒険者たちも早々に終わり、また集まってくる。
「では改めて、ここイドラ湖で数日、野営を行う。ギルドから支給された物資もあるが、周囲を探して取ってきて良いぞ。少しでもいい物を食べたければ動くことだな。ただし、取りすぎには注意だ」
数名が大量に取ろうとでも考えたのか、レッドの最後の言葉にばつが悪そうな顔になる。
女性の冒険者が居るグループだったので、期待されたか、良い格好を見せようとしたのかもしれなかった。
「今回は実戦演習と言うことで、君たちにモンスターと戦って討伐してもらうことになる。まぁ、最近の事情を知っていれば、大きなヤツと戦うことはない。大半が、食料として討伐されてるからな」
安堵するような笑いが漏れるが、指導役の面々は皆、表情を崩さない。
得てして、狩りすぎと言えてしまいそうな状況こそ、面倒ごとが起きやすいことを知っているからである。
取りすぎ、狩り過ぎを注意しているギルドであるが、豊穣祭が近いことがあって、依頼は増える一方であり、国を挙げての祭りであるため、ギルドで止められなくなっているのだ。
「なので、経験不足となら無いように、俺たちとの訓練も行っていく。結構厳しくやるから覚悟しとけ」
レッドがここでニヤッと笑うと、新人たちは一斉に先ほどまでの笑いを鎮めて、引き気味の表情となる。
「レッドさん。レッドさん。最初からそれは脅しすぎですよ」
さすがに新人たちのやる気を削ぎすぎだと、レッドに注意をしたのはレリックである。
今回、レッドたちの他にこの依頼に参加することになったのは、レリックたちのチームだったのだ。
レリックたちは、以前にレッドとリベルテが新人講習を行った際の受講生であり、あれから王都の人たちのためにと働き続け、王都の人たちから人気も上々である。
討伐の依頼にしても、リベルテにコテンパンにやられた経験があってか、危なげの無い動きで怪我も少ないらしい。
短期間の間になかなかの活躍ぶりを見せているチームとして人気になっているが、それ以上に、講師役だった先達冒険者と引き分けたことが噂になっており、亡くなったマークに代わる男と人気になっているのがレリックであった。
「お、これはこれは、マークさんの後継者様じゃないか。あなたに言われたのでは退るしかないな」
レッドがからかうように言えば、レリックが慌てる。
「や、やめてください。レッドさんの方がずっと上じゃないですか。それにリベルテさんには勝てませんし……」
レリックはリベルテと戦ったことはないのだが、チームの他の面々がリベルテさんには勝てない、逆らうな、と真剣に話していれば、刷り込まれるものである。
レリックがチラッとリベルテに目を向ければ、リベルテはにっこりと微笑む。
単純に後輩が頑張っているな、という優しい微笑みであるのだが、刷り込みのあるレリックたちは背筋を伸ばしていた。
「まぁ、今日のところは周囲の地形の把握をかねて探し回ってこい。見つからない可能性もあるから、ここで釣りをするやつも決めとくといいぞ。今日の夜飯はその手に掛かってるぞ! それと、わからない事は必ず聞け! 知らないことは恥じゃない。知ったふりして惨事を起こす方が愚かだからな」
レッドの言葉に、チームごとに話し合い始めて、近くの林に向かう者、イドラ湖に釣り竿を持って向かう者と分かれていく。
「それじゃあ、僕たちは林を警戒してきます」
「おう。ついでに俺らの食べれるものも少し頼む」
レリックがレッドたちに一礼して、チームを分けて移動する。
レリックたちのチームは、あの当時の新人全員が組んだチームである。
レッドとリベルテの二人だけでなく、レリックたちのチームが参加しているのは、その人数を活かして新人冒険者たちの補助を行ってもらうという理由があった。
さすがに、ギルドも申し込みの総数が二桁を越えた時点で、レッドとリベルテの二人で実戦演習など無茶すぎると動いた結果である。
イドラ湖周辺のモンスター情報は事前に集めているとは言え、数日もあれば変わってしまうものであり、新人の冒険者たちがいきなり襲われないとも限らない。
もちろん、そういったことへも対処できるようになるのが一番であるため、襲われてもすぐに手を貸したりしないことになっている。
指導役も同じく数泊するので、食料を取ってくるとのは大事なことである。
ギルドが用意してくれた食料は、指導役だからと言って新人たちと差がつけられてはいない。
満足できる食事を取りたければ、自分たちも取ってくる必要があるのだ。
「それじゃあ、俺らは釣りをするか」
レッドは林には言っていくレリックたちを見送り、振り返るようにしてリベルテに言えば、リベルテはすでに釣竿の準備が出来ており、レッドに釣竿を手渡してくる。
「レリックさんたちの分も考えると、結構釣らないといけませんね」
演習にきているのだが、またゆっくりと釣りが出来ると言うことで、リベルテの機嫌は割りと良い。
リベルテは、穏やかな時間を過ごすことが好きなのだ。
レッドもそれは同じであるのだが、やはり少し、剣を振るいたいと言う気持ちが強かった。
林に向かった冒険者と違い、騒ぐと魚が逃げてしまうため、釣りをしている皆は静かである。
新人の冒険者とは言え、自分たちの食事が掛かっているとなれば、真剣だ。
太陽で煌く湖面に目を細めながら、レッドたちは釣竿を垂らすのだった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




