113
ランサナ砦は人で溢れかえっていた。
王都からアクネシアへ進軍する予定だった兵とランサナ砦に常駐している兵。
そして、アクネシアから逃げてきたアクネシア兵と人々で許容数を超えているのだ。
アクネシアへ進軍するために集められた物資では心許ない程になっており、伝令を走らせ、急遽、ランサナ砦に近いハーバランドやモレクから物資が送られてきていた。
偵察隊が非武装の人々を連れ帰ってきたのだが、その後しばらくして、ボロボロの状態であるアクネシア兵も多く投降してきたのだ。
アクネシアからの人たちを保護するために、アクネシアの兵は捕虜としてランサナ砦に収容して対応していたのだが、その結果、ランサナ砦にオルグラント兵は入れなくなり、外で野営することとなっていた。
アクネシアの人たちによるランサナ砦の乗っ取りを警戒している者は多く居るのだが、アクネシアの人たちは誰しもが疲れきっていて、とてもそんな行動を起こせるように見えない。
むしろ、オルグラント兵に囲まれている状況に安心しているように、レッドたちには見えていた。
アクネシアが滅びたらしい。
と言っても、このランサナ砦の間で広まりだした確認もされていない話であり、確かな情報だとして通達されたものでも無い。
「……いったい、何だってんだ? たしかに一部の兵が逃げてきたわけだが、あのモンスターはまだまだ数がいるはずだ。先の戦闘で全部倒したってことも無いだろ?」
レッドは広まった噂を耳にして、リベルテと身を寄せ合って考えを確認し合う。
先の戦闘は、オルグラント王国との国境近くに配備となったアクネシア兵たちが、アクネシアの惨状からランサナ砦へ逃亡しようとしたことから始まったらしい。
アクネシアから出たは良いが、すぐに例のモンスターたちに襲われ、アクネシア兵たちは必死に村人たちを守りながらランサナ砦を目指した。
ランサナ砦が見えて来たところで、アクネシアに進攻しようとしていたオルグラント軍がモンスターの大群と交戦することとなった、と言うのが流れであったのだ。
被害を出しながらも殲滅できたが、あれらのモンスターはアクネシアが呼び出したモンスターと言われている。
であれば、殲滅したとは言え、まだその数はいるはずであり、倒しても元を断たねば、今後も増え続けていくだろう事は想像に難くない。
「この話は、先の偵察隊が連れてきた方々から広まった話と考えるべきでしょうね。であれば、ある程度は信頼できる内容だと思います」
「だとして、どうしてそうなったんだか……。近くの国のことなんだ、知っておきたいよな」
王都で冒険者暮らしをしている身であれば、他国に付いて詳細に知っている必要は無いのだが、国境近くで取れる植物やモンスターの生息圏に変化が起きることに繋がるかもしれないのだ。
生活に関わるかもしれない部分であれば、多少は知っておきたいものと考えるものである。
「そうですね……。このままアクネシアへ進攻すると言う状況では無さそうですし……。何があったかくらいは、正しく把握しておきたいものです」
リベルテがあちこちで寝転がっていたり、談笑したり、賭け事を始めている冒険者たちを見て呟く。
噂話が広まったことで、アクネシアへ進攻すると言う戦う気力が散逸しているのだ。
攻め込もうとした国が滅んでいるならば、戦う相手が居なくなっているということだ。
戦う相手が居なくなり、戦う必要がないとなれば、次に考えるのは自身の生活だ。
冒険者たちを筆頭に、王都に早く帰りたいと言う意識がどんどんと伝播している。
また数日経ってから、王都へ凱旋と言う体裁で帰還することが通達されたが、アクネシアが滅びたと言うことについては何も触れられないままだった。
皆、疑問を持ちながらも王都へ帰れることに安堵しており、アクネシアの状況について説明を求める声は上がらず、王都へ凱旋するために動き出していく。
レッドとリベルテはもやもやするものを残しながら、王都へと歩いていくのだった。
行きと比べると帰りは明るい雰囲気を持っており、行軍することを苦に感じることも無く歩いていく。
王都では人々の歓声に迎えられながら、兵士たちは城へと向かい、冒険者たちはギルドへ向かう。
冒険者たちは報酬を受け取り、無事に帰ってこられたことと報酬が良いことに、笑顔でそれぞれの家路へとついていった。
「あっ! レッドさん! リベルテさん! 無事で良かったです……」
ギルドで待っていたのか、戻ってきた冒険者たちの中からレッドたちを見つけ、タカヒロが傍に駆け寄ってくる。
「おう! なんとか生きて戻ってきたぜ。……まぁ、よくわからない終わり方で戻ってきたけどな。そっちは変わりなかったか?」
タカヒロを笑顔で迎えたが、王都に戻った理由が理由だけにレッドは渋い顔になってしまう。
「あ~……。どうなんでしょうね……」
少し沈んでしまった空気を変えるために、タカヒロに王都の状況を聞いたのだが、返ってきた言葉ははっきりとしない。
「……何かあったのか?」
レッドの目が険しさを帯びる。
「いや、僕たちの生活に直接影響は無い……、と思いますよ。うん」
「本当に、何があったのですか?」
未だにはっきりと答えないタカヒロに、リベルテからも追及が入る。
タカヒロは二人に気圧され、少し後ずさりしながら何があったかを考えるようにしながら口にした。
「僕も聞いただけの話が多いんですけど……。キスト聖国から使者が来たそうなんですよ。なんでも、この王都に派遣する聖職者を増やしたいって話だったらしくて」
タカヒロの言葉にレッドとリベルテは顔を見合わせる。
「なんでキスト聖国が?」
「なんでも、国境に面したから……とか? もうすでに聖職者っぽい姿の人とか、見かけるようになってます」
レッドが慌ててギルドの外に出て、周囲に目を向ける。
そんなに探し回ることもなく、聖職者の姿がすぐに目に入ってきた。
王都には、以前からキストの聖職者たちが数名居るのだが、キストの教会から出歩くことはほとんど無く、治療の依頼に向かっても高額な治療費を要求されるため、余程深刻な怪我や病気を抱えている資金力がある人しか聖職者に会う事が無いのだ。
そんな聖職者がギルドから出てすぐ目に入ることに、レッドは驚きを隠せなかった。
「……あれは、本物なのか?」
疑ってしまう言葉が出るのも当然の反応で、周りをよく見れば、レッドと同じように聖職者たちの姿を見て動きを止めている人や冒険者の姿が目に入る。
「戦争で怪我をした人って多いんですよね? 薬師ギルドが総出で対応しているらしいんですけど、それでも手は足りないですよねぇ……。多分、聖職者たちに治療をお願いする人達が出てくるんでしょうねぇ」
タカヒロは聖職者たちについて思うところは無いらしく、事も無げに言う。
そんなタカヒロにレッドは一瞬呆れた目を向けてしまうが、元々この国の人でも、この世界の人でも無いのだから、同じ思いを抱いているわけは無いは当然だったと思い直す。
「聖職者の治療費は高いぞ?」
事実だけは教え込んでおこうと、レッドはタカヒロの肩を掴んで告げる。
「あ~、今回の使者が来る前までは暴利だったらしいですよね~。でも、多くの聖職者を派遣することにしてから、治療費をかなり下げたみたいですよ。まぁ……、僕はお世話になる気はありませんが」
外を見れば、城に向かっていく聖職者たちの一団の後姿が見え、ギルドも奥に目を向ければ、ギルマスが聖職者と話しこんでいた。
「なんか戻ってきたら、王都がガラッと変わった印象を受けるな……」
リベルテも頷き、レッドと同じように王都の変わった雰囲気に呆けたように眺めている冒険者の姿があった。
「そう言えば、キスト聖国が国境に面したと言いましたよね? 元々はアクネシアを挟んだ向こう側がキスト聖国なのですが……」
リベルテは先ほどのタカヒロの言葉で気になっていたことを口にする。
口にしながら、まさかという顔になっていく。
「アクネシアを落としたのは、キスト聖国なのか!?」
レッドもリベルテと同じ事に気づき、そして声を上げてしまう。
「え? アクネシアって無くなったんですか? マジですかぁ……」
アクネシアに思い入れの無いタカヒロだけは軽い反応である。
「あいつらって、戦う国だったか?」
「……侵略するような話はほとんど聞かなかったと思います。そうであれば、送られてきた聖職者たちなんて、警戒して受け入れる国なんてありえません。ですが……、護国兵と言う軍は持っていたかと。兵が居なければ、帝国が攻め込んで併呑してしまっていますよ」
レッドの質問に、リベルテが昔に調べていた情報を思い起こしながら答える。
聖国はアクネシアと帝国に国境を面している。
帝国は帝国による統一を目指しているようで、周囲の国への侵攻を度々行っている。
聖国も帝国に滅ぼされていてもおかしくないのだ。
しかし、王都に派遣する聖職者を増やしたと言う事なので、帝国と戦わない条約でも結んでいるのか、戦いが起きても負けることが無い自信があるのか。
そして、聖国が他国に侵略する国であれば、各国に派遣されている聖職者たちなんて先兵となるわけだから、どこの国も受け入れるはずがないのである。
一つ国を挟んで向こう側の国であるため、レッドたちはキストについて分からないことが多い。
どうやってキスト聖国がアクネシアを落としたのか、疑問が募るばかりであった。
オルグラント王国はキスト聖国と国境を面することになり、派遣される聖職者たちを増やすことには合意したが、聖国と同盟を結ぶようなことはしなかった。
アクネシアを圧倒的な速さで滅ぼしたと言う事に警戒を強めながら、外向きでは友好に振舞うことにしたのである。
国の対応により、今のところ、キスト聖国との国交に変わりは見られず、王都で聖職者の数が多く見られるようになったこと以外に変わったことは無い。
王都でクラス人たちにとって、これまでどおりの日常に戻りつつあった。
ランサナ砦で保護されていたアクネシアの人たちであるが、ハーバランド、モレクに数を分けて、送られることとなったそうである。
兵士だった者達の多くは、そのままランサナ砦に配属されることになり、ファルケン伯が元アクネシア兵が裏切ることも想定しながら、キスト聖国との国境を警戒することになっている。
仕事が増えたファルケン伯であるが、忙しさのあまり、新種の野菜を交配する仕事に逃げているらしい。
それでも問題なく業務が進んでいるそうなのだから、優秀な人材を抱えているようであった。
また、アクネシアの人たちを受け入れたことで人口が増えることとなったため、そう遠くないうちに、新たな町か村が作られるかもしれないとの噂が王都でまことしやかに流れていた。
参戦した報酬をもらい、しばしゆっくりとした生活を送っていたレッドたちであるが、その報酬で一生を自由に過ごせるわけではない。
また稼がなくてはならなくなるのである。
「やっぱ変わらないな、ここは」
「数日休んだくらいで変わるものではありませんよ」
冒険者ギルドに来たレッドたち。
依頼板で依頼を取ってカウンターに向かう人、邪魔にならないように端や壁際に寄って話しこんでいる人たちを見て、レッドがホッとしたように口にする。
レッドの言葉に笑いながら、突っ込みをいれるリベルテ。
冒険者ギルドもいつもどおりの日常に戻っていた。
「ん~、遠出するのも面倒だな」
「では、また王都内の配送にしましょうか」
二人は依頼票を取ってカウンターへ手続きに向かう。
まだ幾分か寒さは残るが、徐々に暖かい日差しが感じられるようになってきていた。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




