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身を刺すように寒い日や雪が降り積もる日を繰り返しながら、日はまた一日と過ぎていく。
新たな年明けはもう目の前に迫ってきているのだが、王都に明るさは戻ってきていない。
一つは倒れられた宰相が体調を戻されたものの、高齢であることを理由として正式に引退されたことが発表されたことである。
王都に暮らす人々でも、実は宰相の顔を目にした人はあまりいない。
それは人々が城の中に入れる身分ではないことと、人々の前に顔を見せて何かを行うということが必要な場合は、主である王が行うもののため、顔を見る機会などほとんどなかったためである。
しかし、国ために王都のために尽力されてきた方であることは誰もが知っていることであり、宰相の地位から離れられることを惜しんでいた。
もう一つは、年が明けると今の王が隠居なされ、新たな王が即位することも発表されたことである。
新たな王の即位に合わせて、新たな宰相が任命されることになっているのだが、人々は期待もある反面、不安も抱えていた。
人はいつまでも生きられるものではないのだから、代替わりなどどこでもある話だ。
しかし、国を担うものが代わると言うのは、どこでもある話であっても、決して軽い話になどなりはしない。
あったとすれば、交代が願われるほど、悪政を布いてきた者達の場合くらいだろう。
オルグラント王国では今の王と宰相のお二人で大きな問題もなく国が担われてきていた。
だが、帝国やアクネシアとの戦争がまたあるだろうと思われる現状では、実績がまだ何も無い、次の王と宰相となれば、期待を持つと同時に不安を抱いてしまうのも仕方がない。
この二つの話が広がり、王都は普段の活気が戻ってきていないのである。
「はい。ではこれで」
リベルテが家の中に入り、相手に荷を渡して出てくる。
その間、レッドは寒空の下で待っていた。
二人はこの時期の冒険者にとって主流となる依頼、配達の最中であった。
リベルテはレッドからもらった服に加え、自身で編んだマフラーをぎゅうぎゅうに巻いて、徹底的に寒さ対策をしている。
レッドも冬用の服にリベルテからもらったマフラーをしているのだが、リベルテの格好と比べると少し寒そうに見える。
レッドは外で待っている間、しきりに身体を動かしているので、寒いのは間違いなさそうであった。
「お。それじゃあ次行くか」
出てきたリベルテを確認したレッドは、早く次へと促す。
「もう次で終わりですね。……やはり、これでは稼ぎが少なすぎますね」
リベルテがもう終わる配送の荷に目を落とし、寂しそうにする。
仕事が簡単に終わると言うのは、依頼を受ける冒険者たちにとっては楽な仕事であり、嬉しいものであるのだが、簡単に終わると言うことは、その分、報酬が少ないものでもある。
討伐の依頼で簡単に討伐出来たと言うのと、今のような配送の荷が少なくて簡単に終わる、ではまったく意味が違うことはわかるだろう。
討伐の依頼は相応の準備が必要であり、簡単に終わるなんて運が良いと言えるものであるが、配送の依頼はそもそもの荷物が少ないから簡単に終わる、と言うだけであるのだ。
報酬が少ない依頼になるのも当然である。
「まぁな……。だが、それは仕方ねぇだろ。依頼が限られてるんだ。望ましくないことにな」
レッドが白い息を長く吐いた。
この時期の冒険者ギルドに出される依頼は確かに配送が多めになるのだが、討伐の依頼がほとんど無くなっていたのだ。
フォレストディアやシャギーラガモフなど、その毛皮であったり、肉を得るために依頼を出されたり、食料が乏しくなるこの時期だからこそ、人里に近づいてきて襲ってくるモンスターを討伐してくれ、と言う依頼がくるはずであった。
しかし、それが無いのである。
まったく無いわけではないのだが、ある方面において、モンスターたちの姿を見かけなくなってきているらしく、それが原因であるとほとんどの人は考えている。
そう、アクネシア側である。
異形のモンスターが時折見られるようになって以来、そちら方面で相手にしてきたモンスターたちがどうやら減っているらしい。
あの異形のモンスターの餌にされていると考えられている。
国を守るために砦を造り、兵を巡回させて警戒しているが、生活への影響が徐々に王都に暮らす人たちにも感じられるようになってきていた。
「まぁ、俺らは少し前の稼ぎがまだあるし、他の奴らの生活もあるんだ。これでよしっ、と思っておこうぜ。それに早く帰って温まりたい」
「それは私もです」
言ってしまうと、人は生活していく上で稼ぎはいくらあっても良いし、いくらでも欲しいものである。
しかし、日々を過ごすだけなら、ある程度で足りるものでもあるのだ。
この国では、利を追求する商会であっても、その考えを持っている。
商人であるからとことん利を求めるものであるが、利を多く求めると言うことは他の商会と争い、この国で生きる人々から毟り取ることになる。
国の中から毟り取っても、そこには限りがあり、取れなくなるほどにやってしまえば、それは自分たちの首を絞めることに繋がってしまうのだ。
かつて、多くの国へ影響力を持った大商会があったが、その大商会は利を求めすぎ、他者を思いやることが無かった。
だからこそ、最後は全てから嫌われ、襲われることになったのだ。
誰もその大商会に勤めていた者たちを不憫にも思わなかった程のようで、国に残っている逸話や使われている暦、貨幣以外で、その大商会について残っている物はほとんど無い。
安定して確実な給与を得られない冒険者であるからこそ、同じ冒険者への配慮を忘れるわけにはいかない。
それがこの国で冒険者として生きる、と言うことでもあるのだ。
「タカヒロさんとマイさん……。どうされているのでしょうね?」
リベルテがギルドへの戻り道でふと呟いた。
「タカヒロはたまにギルドで会うだろ。要領よくやってるみたいだぞ。アイツらしい。マイは……住み込みで勉強中だからな。抜け出したりする暇も無いんじゃないか? でもまぁ、あの時のあいつの目なら、逃げ出したり放り出したりなんて、してないだろさ」
レッドはリベルテに明るく笑いかける。
レッドにとって、今となっては信じていられる二人となっているからだろう。
リベルテもレッドの言葉に笑って頷く。
二人がリベルテの家を出て、それぞれが自分の足で歩き出してから、あっという間に日が経っている。
二人が居ない生活に戻っただけであるのだが、改めてこの生活に慣れてきていた。
それでも、二人も居た生活を思い出して、寂しいと、懐かしいと感じてしまうのだ。
始めは警戒していた相手であったのだが、近くに居て楽しかったと思えることが多かったと言うことであった。
「あ~、ハヤトだっけ? あれに会ったとか言ってたな。なんか俺に謝ってきたな」
レッドが思い出したように笑い出す。
「なんでですか?」
「いや、俺らと王都で過ごしていた最初の頃を思い出して、恥ずかしくなったらしい」
オルグラント王国と言えども誰もが裕福では無いし、満足な生活を送れてはいない。
様々な職を選べるような状況ではなく、タカヒロたちも手に職を持っていたわけでも無かった。
そして何より、レッドたちが近くで目を向けやすいと言うこともあって、二人には冒険者になるよう勧めたものである。
その際、タカヒロは冒険者と言う職に、何故か大きな憧れを抱いていた。
そこでレッドが、冒険者とは職にあぶれた者たちが日々を暮らしていくために、何かしらの雑用を請け負って稼ぐだけの職であることを教えたのだが、タカヒロがかなり不満そうにし、その後、大きく肩を落としていたことを思い出す。
リベルテも同じことを思い出して、小さく笑う。
とても都合の良い考えだったのだ。
モンスターがあちこちに姿を見せていて、冒険者がモンスターたちを討伐していく。
そして倒したモンスターは高値で買い取られ、倒したモンスターの数や種類で階級が振り分けられていく。
そんな職であったなら、過ぎた力を持っているタカヒロにすれば望ましい職と言えただろう。
だが、もしそうだったなら、冒険者なんて言うより兵士のような職となっているし、冒険者が居ないと人々は生活できない世界と言えるだろう。
人同士で争うより、モンスターたちと大きく戦い続けるものとなっていて、人と争うよりはマシかもしれないが、とても人が生きていける世界と思えないものだったのだ。
楽しい話題が無い時、人は過去の楽しかった話を思い出すもので、レッドとリベルテは離れてしまった二人のことを話しながら、完了の報告のためギルドへと歩いていく。
定番の依頼であるため、完了の報告はすんなりと終わる。
レッドたちはそのまま家に帰ろうとした所で、カウンターの奥でしゃがみこみ、一点をジッと見つめているギルマス、ギルザークの姿を目にしてしまった。
興味本位でそっと近づいてみると、ギルザークは箱にジッと目を向けており、ひっくり返したり、突いたりしている。
ギルザークの容貌に合わない行動にレッドは思わず噴出してしまい、ギルザークに気づかれてしまった。
「おまえら……。仕事終わったならサッサと帰れよ。ここだってそんなに暖かくねぇんだからよ」
ギルドであるが、カウンター近くに暖炉がある。
今は火が点けられており、ゆらゆらと火が揺れているのが見えるのだが、人の出入りが多く、建物がそこそこに大きいこともあってか、暖かさはあまり感じられない。
外に居るより、多少はマシと言うくらいである。
ギルドの職員たちもギルド職員の制服である同じ服装をしているが、厚着しているために少しこんもりと着膨れして見える。
それでも、奥の部屋の方では冷えるらしく、時折手や足をこすり合わせていた。
「いや、ギルマスこそ何してるんだ? 行動が怪しすぎて思わず笑っちまったよ」
レッドが今も小さく笑いながら、ギルザークに問いかける。
「うるせぇよ……。あ~、まぁなんだ。王様が引退するってんで挨拶に行ってよ。そしたら苦労を掛けたつって、これをもらったんだよ。王都で暮らしてるから、やれることをやってきただけなんだよな。気にされなく良いんだがなぁ……。良い王様だったよ。次のヤツもあれくらい大きな人なら、安心なんだがよ」
レッドたちに箱を見せながら、ギルザークは王城の方角に目を向ける。
それは昔を思い返している目であった。
「レッド、これ……」
リベルテは箱が何であるかすぐに気づき、レッドに声をかける。
「ああ。状態を保つ魔道具だな。もう出回るくらいになったのか?」
つい先日、ラングの護衛でウルクへと向かった際に荷馬車に積まれていた、旅でかなり世話になった魔道具であった。
しかし、その半数は行きと帰りの間で壊れてしまうくらいで、耐久性に不安がある試作品だったのだ。
まだ出回るには改良が必要だと、ラングが旅で試した結果を報告したばかりのはずだった。
「ん? おお。家とかに置いておく分には大丈夫だろうって話だ。だが、魔道具だろ? どうなるか不安でな……」
魔道具と呼ばれる道具は、この箱が初めてではない。
過去に『銃』と言う武器を使って暴れまわった人物が居り、使っていた武器は魔道具だと言われているし、投げつけて爆発させる物もあったとされている。
とにかく戦いに関連した危険な代物ばかりであり、人々の生活に利用できる魔道具はこれが初めてであったのだ。
戦争が続いている時代であれば、作られるのも戦いのための物が多くなるものである。
そのため、ギルザークは、この箱が本当に大丈夫な代物なのかわからなく、不安であったらしい。
それを考えると、ラングが旅路で試すとあれ程の数を積んでいたのは、度胸があると言うべきか、商魂逞しいと言うべきか。
なかなか危険な仕事だったことを今更ながら理解し、ラングを見る目が変わってしまうレッドであった。
「それで……、こいつはその……、突然爆発したりとかは無いか? 大丈夫か?」
ひっくり返したり突いたりしていたのは、どこがどういう仕組みになっているのか見ようとして、衝撃で爆発したりしないか試していたつもりらしい。
「ラングさんとの旅の間に壊れはしましたが、爆発するとかそのような危険は一切ありませんでした。仕組みも箱の内側に状態を保つ魔法を発動させると言う記号? のようなものでしょうか。それを掘り込んだ板があって、そちらに瓶を板にして伸ばしたような物をはめ込んでいる作りでしたね」
「ほぉ~。大掛かりな感じではないんだな。いや、この箱くらいで大掛かりだと、俺たちのようなもんが扱える代物にはならんな……」
リベルテの説明を聞き、納得したように顎を触るギルザーク。
状態を保つ魔道具へ過剰に警戒していたが、今では拍子抜けしたようであった。
「その板に記号みたいなもん彫るのが細かくて大変らしいし、その瓶を板状にしたやつも割れたりヒビでも入れば、それで壊れる。そんでもって、簡単に直せるような代物でも無いらしいですよ?」
道中に衝撃で瓶みたいな物が割れてしまっていたり、荷物の入れ方が悪かったのか、少し固めの物と記号を掘り込んだ板がこすれ続けたらしく、その記号らしいものの線が薄くなって、効果を発揮しなくなってしまった物があったのだ。
レッドが旅の中であったことを思い返して告げると、そういうことがあっても大丈夫だったのかと、ギルザークはより安心した様子だった。
ちなみに、瓶みたいな板は、その見た目からやはり耐久性が低いだろうなと言う物であったが、板の記号が薄くなっていたり、傷がついて機能しなくなったと言うラングの報告に、魔法研究所の者たちは顔色をかなり悪くしていた。
レッドたちには伝えられていないが、記号にはどういった魔法をどのように発動させるか、と言う事を示すもので、その一部が消えたり、傷ついて欠けてしまうと正しく発動されないため、どうなるかわからないと言う話だったのだ。
それを聞いたラングは、最悪な事態が起きていたかもしれないことに顔を真っ青にしていた。
ラング自身も危険であったとは言え、この事実をレッドたちに伝えれば、ラングはかなり詰められることになるのだ。
ラングも聞いていないし、知らなかった話であるが、レッドたち冒険者に対して、その危険について知らせることもも無ければ、危険となる分の手当も付けていなかった。
誰だって、知らずにこなしていた仕事が実は危険なものだったと言われたら、文句を言うだろう。
危険だったのなら受けなかったとか、そんな危険な仕事をこなしたのだから、もっと上乗せしろと言うのは依頼をこなした者の権利でもある。
要求される報酬の上乗せ額については、損であるが仕方ないとしても、終わった後だからと言って今更話をするのは、信頼が損なわれても仕方の無いものとなってしまうのだ。
商人にとって、信頼を失うのは簡単でも、また取り戻すと言うことの大変さがどれほどのものか知っているため、それがラングの顔色を失わせていたのであった。
この魔道具はまだ試作品であり、ラングの報告から壊れても危険性は無かったことから、レッドたちにわざわざ伝えることはないと、魔法研究所からラングは口止めされている。
国からの命令でもあるため、レッドたちには伝えられていない。
「まぁ、そういうもんなら大丈夫そうか? 食べ物日持ちがちっとは良くなれば、無駄にならなくて済むものが増えるな」
ギルザークが嬉しそうに箱を手に持って、奥へ運んでいく。
持ち家は無く、このギルドに居ることが多いため、ギルドの備品として使うらしい。
ギルド職員にもこのギルドでご飯を作る人もいるらしく、その人が喜んでいるのがちょうど見えた。
「広まれば、ああいう風に笑顔になる人が増えるかな?」
「まだまだ簡単に手に入る代物ではないですよ。でも、そうなっていくと良いですね」
生きている限り、不安に思えることは多い。
だからこそ、人は希望を抱き、願う。
新年祭はもう目の前にきている。
去年のような賑やかさは無いが、準備に動いている人たちの熱気は感じられていた。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




