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段々と陽の昇っている時間が短くなっていく。
時折吹く冷たい風に身を竦めたり、水仕事の後に手に息を吐きかけたり、手をこすり合わせて温めようとする人を目にするようになってきていた。
そんな人たちを横目に、レッドたちは荷馬車に荷物が摘み終わるのを待っている。
「お待たせしてしまって、すみませんね」
「いえ……」
待ちぼうけているレッドとリベルテに声をかけてきたのは、ラングである。
ラングはあちこちの村や町に行き来している商人であるが、ちゃんと自身の商会を持っていて、その会頭をやっている人間である。
「相変わらず、あちこち行かれるんですね」
リベルテの言葉にラングは申し訳なさそうに身を縮める。
「どうにも落ち着かなくてですね……。商会を立ち上げることが出来たのですが、やはり、昔ながらの癖と言いますか、自分が動かないと落ち着かなくて。部下となってくれた人たちからも大人しくしていてくれ、と言われるのですが、こればかりは……」
決して、商会の部下たちを軽んじているわけではなく、自分の目で見ないと落ち着かない、判断できないという性質らしい。
そんなラングだからこそ、レッドたちは信頼して依頼を受けられるのだ。
商人の中には、依頼に無かったことをついでだからと含ませたり、依頼中に掛かった費用を報酬から減らすと言う者もいるのだ。
もちろん、冒険者たちからの人気は無く、どうしてもお金が欲しい人たち以外、受けては居ない。
「それで、今回はウルクまで行くんですよね? 長旅になりますが、大丈夫ですか?」
まだ荷馬車の準備が終わらないため、レッドたちはラングと雑談をして待つことにする。
「ええ、海の向こうの国から交易して運ばれる物があるらしく、それは是非にも、と。何も変わらないと言うのは安定していて大事ですが、代わり映えしないと言うのは、商人として面白くないことですからな」
海の向こうの国と聞いて、レッドにはワクワクしてしまうものがあったが、だからと言って、船に長いこと乗り続けると言うのは遠慮したいものであり、ラングの言葉への返しに困ってしまう。
運ばれてきた物を見るだけならいいが、自分が船に乗るなど、レッドとしては絶対に嫌だった。
「どんな世界が広がっているのか興味はありますが、商会を持った身ですからね。戻ってこれないかもしれない旅となれば、いくらなんでも踏ん切りはつきませんな」
レッドの様子を見てか、ラングは興味はあるが怖くて乗れない、と笑って先ほどまでの雰囲気を流してくれた。
ラングの助け舟に感謝しつつ、自分もだと、レッドも笑わせてもらうのだった。
「メレーナ村やモレクの町の方は行かなくて良いのですか? 以前はメレーナ村へ向かわれていましたが」
2人がひとしきり笑い終わった後、リベルテが今回は西に向かわないのかと、ラングに尋ねる。
「あちら側は少々危ないようですからな。私のように身代の小さなところでは、今しばらくは様子見するしかないでしょう。今のうちにと機会を求めて動く商人もいると思いますが、何が起きたとしても、その人たちの責任と納得した上で、動いていることでしょう」
つい先日、新しく建造された砦付近で討伐依頼を受けた冒険者が壊滅した。
砦が襲われたわけでは無いし、メレーナ村やモレクの町まであの醜悪なモンスターが姿を見せたわけでもないのだが、冒険者が壊滅したとあれば、安全を取って王都から西へ行くのを敬遠するのも当然となる。
「それではメレーナ、モレクは大変になるかもしれませんねぇ……」
リベルテが心配そうに息を吐く。
今のところ、王都からの商人の足が遠のいたからといって、生活出来なくなることはないだろうが、商人が向かわないと言うことは、メレーナ村やモレクに物の流れが悪くなると言うことになる。
メレーナ村に知り合いが居るリベルテとしては、心配になるのも仕方が無かった。
「お待たせしました。では、今回もお願い致します」
ラングがレッドたちに頭を下げてから御者台に乗る。
ラングの隣にレッドが座り、リベルテは荷台に乗りこむ。
レッドが手綱で馬を叩くと、馬がゆっくりとその足を走らせ始めた。
アーキ村まで3日かかり、ウルクまではさらに12日ほどでかかる道のりである。
寒くなってきている時期だけに、アーキからウルクまでの間は厳しい旅路となっていた。
ウルクからアーキ村まで距離が離れており、その途中に他の村や町は存在しないのである。
道のりが険しいわけではないので、ウルクとアーキ村の間に村や街が無いのは、単にそこに村や街を立てられるほど人が溢れていないからである。
ウルクは港があるため、人で賑わいを見せている街であるのだが、海は危険すぎるのだ。
木で作られた船はしっかりと造っていても頑丈とは言い切れないもので、大きい波に飲まれて転覆しただとか、海のモンスターに襲われて、船底に穴を開けられ沈められたといった話は王都にも聞こえる。
それ以外にも、長い航路の間に病気にかかってみんな亡くなり、誰も居ない船が今もなお漂い続けているだとか、怖ろしい話が絶えないのである。
噂話として耳にするだけであり、実際に海に出たことがある者が王都で暮らすことはないため、王都では嘘だとする者と本当だとする者で意見が分かれている。
ただ、その噂が真実であるように、ウルクの人口はこれまでも大きく増加はしていない。
王都であっても先の戦争などがあって人口が減っているため、ウルクとアーキ村の間に別の村や街を立ち上げる、と言う話が上がったことが無いのは確かである。
「ひとまず、アーキ村まで向い、アーキ村からは長い野営になります。しかし……、アーキ村で野営に必要な物を準備されるんですか?」
ただ道を走っている間は暇であるため、話のきっかけにと道程を確認するレッド。
「いえ、今回はアーキ村に寄らなくて構いません。道を急ぎましょう。そのために荷をかなり積んできましたから」
ラングが少し思案した素振りみせた後、朗らかな強行日程を口にした。
ラングの言葉に軽い気持ちで聞いたレッドの方が驚きを隠せない。
「だ、大丈夫ですか? いくら荷があっても……」
長い日数の野営であるが、依頼で王都から遠くまで行くことのある冒険者たちも厳しいと口にするものである。
そのため、商会の会頭がこなす旅路とは、到底、考えにくかったのだ。
「ええ、私も年を取ってきているのはわかっておりますが、まだまだ他の人たちに負けないと思ってますよ。……まぁ、それに今回ばかりは他の何より、私が試してみたかったと言うところでして」
レッドの心配そうな声に体力の衰えを感じていることは隠さないが、気持ちで乗り切れると豪語するラング。
その強気に理由があるとばかりに、荷台に目を向けていた。
「荷は大丈夫ですよ?」
商会の荷を勝手に触らないのは、依頼を受ける冒険者の鉄則である。
勝手に触れて破損しただとか、無くなったなどと言う問題を避けるためであり、荷台に乗っているリベルテも、荷にはぶつからないように注意を払っている。
所狭しと乗っている荷に注意を払っており、御者台にいるラングたち二人の会話を聞けていなかったこともあって、急に目を向けられたのリベルテは荷を心配されたのかと思ってしまったのだ。
そんなリベルテの反応はラングたち二人にすれば、話の流れから考えてもいなかった返事であり、おかしく感じてしまう。
「あっはっは」
ラングは大きく笑い上げてしまい、急に笑われたリベルテは何があったのかと、レッドに鋭い目つき向けていた。
俺のせいじゃない、と分かっているレッドとしては、リベルテに睨むなよと思うしかない。
御者をしていることもあり、リベルテに一から説明しに傍に寄れないのだ。
「大丈夫ですよ。道も悪くありませんから、荷物の破損だとかの心配はしておりませんよ。お二人のことも信頼しておりますし。それに、多少ぶつかったくらいで壊れてしまうような荷は積んでいません。この程度でどうにかなってしまうのであれば、それはそれで良い確認になります」
笑い収まったラングが、荷についてそんなに心配していない断言してくれる。
レッドとリベルテはラングの信頼に安心するとともに、その信頼がとても嬉しく思えた。
「何を積んでるか伺ってもいいですか? 食料だとは思うんですけど、量によっては野営する時に、近くを探して、食べられる物を採って来る事も考えておかないといけないんで」
レッドが少しだけ声を大きめに、冒険者の野営を念頭にラングに確認する。
大事な確認であり、リベルテにもちゃんと聞こえるようにとの配慮であった。
冒険者で知識や腕に覚えがある者であれば、このような長い旅路時に必要なことを、ギルドで講義を受ける。
と言うのも、長い旅路となれば持ち運べる食料に限りがあるからである。
荷台に積める限界があり、いくらでも持ち運べるものではない。
日持ちする限度を考えなければ成らないのだ。
そのため、野営地の近くで食べれるものを探せる知識や経験がなければ、生死に関わってきてしまうことになるのもわかるだろう。
それに対して商人は、とりあえず多く荷に積み、その積んだ荷から食べ繋いで移動するものであり、
可能な限り途中の村や町に寄るのだ。
これは、冒険者と違い、近くの森や林などに入っても身を守れないことに起因する。
また、それだけ冒険者と資金に差があるとも言えるのだが……。
しかし、今回は強行日程で進み、唯一の途中にある村を寄らない道程であるため、依頼を受けたレッドたちは、自分たちにかなりの負担がかかると考えていた。
「そうですね……。申し訳ありませんが、いくらか取ってきていただけると助かりはしますな。その際には、お力を貸していただければ、と。……ですが、最初のうちは、こちらで用意した物を使って行きましょう」
さすがに強行であるため、レッドたち冒険者に従うこと、その負担を掛ける分、後々の報酬に乗せることをラングは約束してくれた。
「あの~、それで何を積んでこられたんですか?」
最初に荷に向けられた目を勘違いさせられたリベルテが、気になって先を促す。
「ああ、すみません。食料ばかりですよ。カロタにパタタ。メーラにリモ。トートなんかも積ませましたな。あとは、肉もそれぞれ……」
食料の種類と量の多さに、リベルテが大きく目を見張る。
肯定的なものではなく、否定的な驚きであった。
そんなに多く積んできても、長旅の間にどんどんと傷み、腐っていってしまうだけである。
特に、パタタは芽を出して毒を持ってしまいかねないため、早めに使い切りたい食材であり、トートなんかは水気が多いため、一番早くにダメになりそうな食材であった。
「あれ……。肉も塩漬けした保存食だけじゃなくて、生……じゃないですか?」
いろいろと食材に目を通したリベルテが、控えめではあるが、底冷えしたものを含んだ声でラングに確認する。
「ええ、そうですな。どれくらい持ってくれるんでしょうなぁ」
だが、ラングはその底冷えに気づかず、いや、気づいているがあえて気づかいていない振りをしているのかもしれないが、あっけらかんと答えた。
これまでにないラングの暴走っぷりに、疑問を感じたレッドは荷に目を凝らす。
ラングがここまであり得ない行動をする原因となる何かがあるのだろう、と。
そして、それぞれの食べ物が個別の箱に入っていて、その箱がこれまでの普通の箱とは違うことに気づいた。
「その箱……。それが理由ですか?」
「さすがだね! もう気が付くなんて。レッドさんの目の鋭さは商人に向くんじゃないかね?」
レッドが気づいたことに上機嫌になるラング。やはりあの箱が原因であったらしい。
「これ……、魔道具、ですか? でも、こんなにいっぱいだなんて……。ラングさん、何をやらかしたんですか?」
箱が魔道具であることに気づいたリベルテは、魔道具の箱の数に不審さを感じてラングを問い詰める。
魔道具は高価な物であり、商会の会頭であってもここまで多くの数を持てることはありえないのだ。
ラングの反応次第ではリベルテの手は腰元の短剣に伸びそうなほどであった。
場合によっては、知らずに依頼を受けたレッドたちであるが、ラングの同罪とされかねないからである。
「魔道具であることもすぐわかりますか。わかりやすい形が良いのは間違いないので、ここは良しとするところでしょうな」
ラングが懐から取り出した紙に何か印をつけていく。
筆記用具を持ち歩くのは商人だからだろう。
冒険者は調査の依頼などで覚えなければいけないものでもなければ、持ち歩くことは無い。
インクとペンなど、動きの邪魔でしかなく、また余計な荷物になるのだ。
「……えぇと、何をされているのですか?」
「ああ……、またまたすみません。忘れないように書いておこう、と。実はその魔道具は試作品でしてな。状態を保つ魔道具だそうで、ちゃんと保つのか、どれくらい持つのか、どういったことで効果を発揮しなくなってしまうのか。まぁ、実際に使ってみての確認ですなぁ」
状態を保つ魔道具を作ったのは、ハヤトと言う『神の玩具』であり、その魔道具を作り出した技量を買われ、魔法研究所に身を置いている。
その魔道具をラングが試作品として確認していると言うことは、城が注目した魔道具をハヤト以外の人でも作れるように動き出していると言うことである。
国が目をつけている通り、多くの商会が試作品と言えども欲しがったことだろう。
今回、ウルクと言う遠くまで行く用事があったラングが、魔道具の動作と耐久性の確認にちょうど良いと貸与してもらった、と言うことだったらしい。
種類ごとに詰めているのも、これだけ箱の数があるのも、耐久性とその効能を確認するためであったのだ。
片道の道中で使い切らずに消費していくことで、それぞれの食材がどこまで保てるのか、商人の視点から確認したい内容もあるようだった。
「これはまたこれで、大変な旅路になるなぁ……」
ただの護衛ではなく、道具の耐久性と効能の確認が主であると言うことで、気をつけなければいけない内容が増えていたのだ。
レッドがついたため息は、白く長く棚引いていった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。
誤字報告ありがとうございました。
見るようにはしているつもりなんですが、つもりですねぇ……。
これより先も気を払いますが、お気づきあれば誤字報告いただけると助かります。




