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少年Aと帝王のダイニング  作者: ハルシヲン
第二章
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第八話 少年Aと呼び出し


「アサイー。昨日大丈夫だった?」


ちゃんと無事か?と、いつものように隣に座っていた大輔は、そう言って俺の右頬を軽くつまんだ。


昨日から明けて火曜日の昼休み。

本館から2号館への渡り廊下を歩いていたときである。

大輔が昼食のパンを買うのをついて行きがてら、とある用事のため3年1組にいる水野先輩を訪ねようとしていた途中だった。


つままれた右頬意外と痛かったので、持っていたペットボトルのお茶を飲みながら、俺はそれをてきとうに振り払いながら大輔に聞き返した。


「何のこと?」


「商店街で帝王に恫喝されてたとか何とか。結構一年で広まってるぞ」



俺は思わずむせた。


人生この方、驚きにお茶でむせるというそんな漫画のようなことをしたのは初めてである。

この時間帯の人通りは結構多いので、恥ずかしくなって軽く咳払いをした。




昨日の光景、この高校の誰かに見られたていたのか。

あの商店街を通る同じ高校の生徒はほとんどいないのだとばかり思っていたが、数少ないそのうちの誰かがたまたまあの時間に通りがかったのだろう。


無論、俺は決して帝王に恫喝されていたわけではない。



「なんかすごい迫られていたって」



うーん。

しかし残念ながらそれは事実だ。


桐春先輩は、驚くほどしっかりと相手と面向かって会話をする。聞いてみれば普通のことなのかもしれないが、ただ二人の男子高生が雑談をするときのような姿勢ではないのだ。

しかもその距離。およそ指先から肘ほどの距離で。

もう少し離れていたのかもしれないが、あの帝王に対峙すれば、それくらいの迫力がある。


改めて考えても、たまたま通り過ぎた商店街で、185センチ越えの生徒が168センチの生徒にそんな距離で対峙していたら、誰もがそんな反応をするということは容易に想像できる。

何より相手があの不動の帝王だ。

まさか通行人も、あの帝王がよく分からない少年Aに肉まんを食べさせているだなんて思わないだろう。



「…別に恫喝でも何でもないよ。ただ雨宿りの場所が同じだったってだけだから」


俺が勝手に桐春先輩の隣で雨宿りをしたのだが。


「じゃあただのデマか」


「デマだね。お前にはあの部長がそんなことする人に見えるのか?」


「んー…」


そう言って大輔は大げさに唇を突き出し、顔をしかめた。

すぐに否定しないのは、見えなくもない、という大輔の暗黙の回答なのだろう。



「というより、よくわからない。だって全然喋んないから、何となく怖いだろ。他の一年もみんなそう思ってるよ」


「偏見だよ。俺も最初はそう思ってたけど」


「じゃあアサイーは部長と喋ったのか?昨日の雨宿りとやらで」


「うん…まあ、一応」


会話がしっかり成立していたとは言いがたいが、少なくともそれは事実だ。


それに桐春先輩は決してコミュ障でも何でもない。

普通に話しかければ、普通に会話をする。当たり前のように。

ただこちらと、桐春先輩に複雑なすれ違いが起きていたというだけで。


「っていうかドンマイだなー、アサイー。帝王に恫喝されたあげく、今日は鬼の副部長から説教かよ」


「だから違うって。それに水野先輩に関してはただの呼び出しだよ。内容は…知らないけど」


「やはは。呼び出しだろ?あの水野先輩から。昨日も誰か怒られてたぜ~」


「……まじで?」


「さあ?」


俺はため息をついた。


そう、実は俺は、何か部活に関して連絡したいことがあって水野先輩を訪ねてきた訳ではなかった。

呼び出されたのだ。一人で。


昨日の部活中、何か無意識にやらかしてしまっていたのか。

とにかく今水野先輩のもとへ行く足は、鉛のように重く感じる。






ちょうど2号館の階段にさしかかった。


2号館は主に3年生の教室があり、すれ違う生徒もほとんどが3年生を示す緑色の上履きをスリッパを履いていた。

くすんだ踊り場の壁を、狭い窓から差し込んだ南からの白い光が照らした。


3年1組の教室は3階にあり、購買は2階の廊下突き当たりに位置している。


「じゃあなー」


「おう」


俺と大輔はそこで別れ、俺は3階へと階段をのぼった。


3年生の教室は、1,2年生とは完全に隔離された棟に入っているため、3年生と接触することはあまりない。

それにこの2号館は、本館を間に挟んで1,2年生の3号館とは反対側に位置するため、ここに来ること事態が滅多にないのだ。


1年生のスリッパを履いている生徒にはやはり視線は集まってしまうので、この館に一人で訪れることは結構戸惑うのだが、幸運にも今日は廊下に人通りが少なかった。

受験の学年ともあって、通り過ぎる教室の中は、自分たちの教室ほど騒然とはしていない。

球技大会の練習に出払っているということもあるのだろう。

しかしみんな黙っているという訳でもなく、席を移動して弁当を食べながら楽しそうに友達と雑談をしている。



浅井あざい


1組の教室を少しだけ覗いたとき、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

後ろを振り向くと、そこにはカッターシャツを腕まくりした水野先輩が立っている。


こちらを見るその視線は俺より10センチほど高く、無駄なく鍛えられしっかりとした腕が真っ白な袖から覗いていた。

背丈に比べてややサイズの小さめなカッターシャツにより、体のラインが学ランの時よりもはっきりと強調されている。


そして手にはハンドタオルと、綺麗なきつね色に焼けたパイ生地のおかずパン、それに大きなメロンパンと500MLのパックドリンク。


「ごめんな、こんな昼に呼び出して」


水野先輩はそう言って、何も持っていない方の左手で階段の方を指さした。

この館の一階には生徒が自由に過ごすことのできる広いスペースがある。

そのフリースペースを指しているのだろうか。


俺は水野先輩に従って歩き出した。


と、なると、ほんの数分で済むような軽い話題ではないと言うことが分かる。


俺は心の中で深くため息をついた。


何度も水野先輩からは叱られたことがある。

桐春先輩は怖くはないが、水野先輩は怒らせると本気まじで怖い。


理不尽なしかりではないが、コートに響く怒号には定評がある。


不動の桐春先輩に代わりミーティングや下級生への情報の下達など、マネジメントはほとんどこの人が一人でこなしており、桐春先輩同様、他の部員からの信頼は大きい。


ただ桐春先輩と違うのは、1年生からも人気があると言うことだ。

怒らせば怖いが、何よりそのテニスの実力、引率力はまさに頼れる先輩、といった感じだ。


だが怖い。


やっぱり怖い。


その先輩からの呼び出しとなると、当然足が竦む。


心なしか、すれ違う生徒がこちらを見ているような気がした。





歩いて数分。


「ちょうど空いてるな。弁当は食べたか?」


水野先輩は背後を振り返って俺にそう尋ねた。


チューブから出したままの絵の具ように白い雲が遙か彼方の底に沈み、柔らかな風が頬を撫でた。

水野先輩の襟が視界のうちで揺れる。


「さっき弁当を食べました。早弁で」


フリースペースかと思っていたが、たどり着いたのはテニスコートだった。


球技大会の練習をする賑やかな運動場とは対照的に、テニスコートだけがまっさらな静寂に包まれていた。



その瞬間、三つあるコートのうち最も奥にあるコートの方から、なんの前触れもなく鋭い破裂音があたりに響いた。


ガシャン、と地面に弾んだボールが音を立ててフェンスに当たる。




コート外に所狭しと生えた大木が伸ばす枝えだの下、ひっそりとした陰の中で桐春先輩の姿が見えた。








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