第34話「ゴミ拾い、入口へ戻る」
白雷が走った。
《雷穿針》は、入口側から飛び込んできた《石毛鼠》の肩口を貫き、その内側で小さく弾けた。
バチチチチィッ――!
《石毛鼠》の体が地面へ叩きつけられる。
同時に、俺の手首には強い痺れが返ってきた。
「っ……!」
鞘口から焦げた匂いが濃く立ち上る。
握っている指先までじりじりと痛い。
「ルーカさん、手が……!」
「大丈夫だ。だが、次は撃たずに抜ける」
俺は熱を帯びた鞘を握り直し、入口側の薄明かりを見た。
外までの距離はあと少しだ。
だが、そこまでには赤い目が残っている。
背後ではセラの炎が薄れ始め、奥から押し寄せてくる群れの爪音がさらに増えていた。
セラは杖を構えた。
白い髪の端が頬に張りつき、薄い碧色の外套の裾が息に合わせて揺れている。
顔色は悪い。それでも淡青の瞳はもう足元ではなく入口へ続く道を見ていた。
「《炎弾》!」
火の弾が奥側の通路へ飛ぶ。
少し斜めに沈み、狙った場所からずれたが、その炎は壁際にいた《石毛鼠》の鼻先で弾けた。
爆炎に何匹か巻き込まれて燃える。
それに驚いた魔物が身を引いた。
「そこを抜ける!」
「はい!」
俺はセラの手を掴み、隙間へ体を滑り込ませた。
背中の回収鞄が壁に擦れ、壁から削れた石片が落ちる。
横から飛びかかってきた1匹の牙がセラの外套の端をかすめたが、セラは杖の柄で必死に押し返した。
「っ……!」
「大丈夫か!」
「はい、少し破れただけです!」
声は震えていた。
だが、足は止めてはならない。
背後の通路では炎が消えかけている。
そこを抜けてきた《石毛鼠》たちは、焦げた硬毛を震わせながら、なおもこちらへ迫っていた。
やはり変だ。
火を嫌がっている。
熱を浴びれば体もすくむはずなのに。
それでも奥へは戻らない。
浅瀬の通路が少し開け、入口側の定点カメラが据えられている石柱が見えた。
壁の高い位置に埋め込まれた透明なレンズ石が、薄く光っている。
赤標旗は映っているはずだ。
あとは俺たちが戻れば良いだけだ。
だが、最後の数歩で、石柱の下から一回り大きな《石毛鼠》が姿を現した。
他の個体より胴が太い。
背中の硬毛が針のように立ち、入口までの真ん中を塞いでいる。
「くそ……!」
鞘は熱を持ち、手首の痺れも抜けきっていない。
ここでまた撃てば通れるかもしれない。
だが、その後に鞘が持つ保証はなかった。
「ルーカさん……!」
「走るぞ。止まったら挟まれる」
「はい!」
大きめの《石毛鼠》が低く構えた。
赤い目が俺の足元を見ている。
次の瞬間、石床を蹴って飛び込んできた。
速い。
重い。
俺は撃たずに、熱を帯びた鞘を両手で構えた。
真正面から受ければ弾かれる。倒す必要もない。
通る場所だけ作る。
俺は肩を低くして踏み込み、飛び込んできた《石毛鼠》の横っ面へ鞘を叩きつけた。
鈍い衝撃が腕から肩まで響く。
魔物は倒れない。
だが、進路がわずかにずれた。
「今だ!」
俺はセラの手を引き、石柱の横を抜ける。
背後で爪音が重なった。
赤い目が追ってくる。
足元で硬い毛が擦れる音がして、セラの外套の端が小さく裂けた。
「セラ、こっち!」
「はい!」
湿った石の匂いが薄れ、入口広場の乾いた空気が流れ込んでくる。
あと数歩。
背中へ飛びかかる気配がした。
俺は振り返らず、セラを前に行かせて後ろを走る。
俺たちはほとんど転がるようにダンジョン入口を抜けた。
外の光が目に刺さる。
膝が崩れそうになるのをこらえ、入口から距離を取った。
「赤標旗を立てた! 浅瀬の通路に《石毛鼠》の群れだ!」
ちょうど近くにいたギルド職員が振り向き、すぐに顔色を変えた。
「はい、3番定点カメラで確認しています! 二人とも、こちらへ」
ようやく肺に空気が入った。
セラは杖を抱えたまま肩で息をしている。薄い碧色の外套の端は裂け、白い髪も乱れていた。
「……セラの火がなかったら、入口まで戻れなかった」
セラは震える指で外套の破れを押さえ、それから少しだけ笑った。
「……役に立てたなら、よかったです」
その小さな声を聞いて、胸の奥が熱くなる。
俺たちは笑われたまま逃げ帰ってきたわけじゃない。
異常を見つけ、旗を立てて成果を持ち帰った。
直後、ギルド職員の声が広場へ響く。
「浅瀬通路、赤標旗確認! 《石毛鼠》の群れ! 入口封鎖準備、討伐班は向かってください!」
広場の空気が、さっきまでとは別物になっていた。
職員たちが走り、入口近くの冒険者たちが一斉に装備を整えて中へ向かう。
俺は熱を持った鞘を握ったまま、ダンジョンの黒い入口を見る。
ダンジョンの中ではまだ、硬い爪が石床を擦る音が続いていた。




