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第19話「ゴミ拾い、風に気づく」


 セラはしばらく焦げ跡を見つめていた。

 闇雲に撃つのではなく、自分がやるべきことを考えているようだ。


 さっきまでの顔とは明らかに違う。

 怖がってはいるが、失敗から目を逸らしていない。


「私、ずっと火が暴れてしまっているんだと思ってました」


 セラは支給品の杖を胸の前で抱え直す。


「でも……火だけを制御するだけでは……駄目なんですね」


「おそらくな。火を弱くすれば暴発自体は小さくなるだろうが、それだとセラが持ってるせっかくの(強み)まで弱めてしまうかもしれない」


 セラの目が少しだけ揺れた。


 目の前の少女の強み。

 威力と五属性魔法。

 俺は焦げ跡を見て分かったことを言っただけだ。


 それでも彼女にはその強みという言葉はずっと欲しかったものだったのかもしれない。


「私の力……まだ、使えるんでしょうか?」


「使えると思う」


 セラが息を止めた。


「ただ、まだ誰も使い方を見つけられてないだけだ」


「……誰も、見つけられてないだけ」


 小さく繰り返した声が少しだけ震えていた。

 それからセラは慌てたように視線を落とし、杖を抱える手に力を込めた。


「ありがとうございます……私、もう少しだけ、頑張ってみたいです」


 そう言った後、セラは自分の声が思ったより明るくなっていたことに気づいたのか、少しだけ頬を赤くして目を伏せた。


 訓練場の奥では、まだ剣が的を叩く音と魔術が石壁へ弾ける音が続いている。

 セラはその音を聞いてから、手元の支給品の杖を見下ろした。


「今日は……もう、やめておきます」


「いいのか?」


「はい。今の跡だけでも、見てもらえたので」


 セラは焦げ跡をもう一度見る。

 さっきまでなら、発した跡を見るだけで顔を伏せていたはずだ。


 だが今は違う。

 怖がってはいるが、そこから目を逸らしていない。


「今、無理にもう一回撃ったら、また怖くなりそうなので。今日はここで止めます」


「ああ。その方がいいと思う」


 セラは小さく頷いた。

 それから、少し迷うように俺の方を見る。


「あの……明日も、訓練場には来ますか?」


「清掃依頼が出ていれば来るよ」


「なら……もし出ていたら、また見てもらってもいいですか。私の失敗を」


 失敗を隠すのではなく、見てもらおうとしている。

 それだけでも今のセラにはかなり大きい一歩なのだろう。


「ああ。俺でよければ」


「あ、ありがとうございます!」


 セラは少し勢いよく頭を下げたあと、自分でも驚いたように肩を縮めた。


 それから恥ずかしそうに杖を抱え直して、訓練場の端へ下がっていった。


 俺はまだ黒く焦げた石床へ向き直る。

 ここからはしっかりと清掃の時間だ。


 焦げた布を拾い、割れた的の破片をまとめて《廃品収納(ストックヤード)》へ入れる。

 石床に残った細かな破片は鉄べらで端に寄せていく。


 手を動かしている間も、さっきのセラの顔が少しだけ頭に残っていた。


 使えると思う。


 ただそれだけの言葉に、あれほど驚くくらい、あの子はずっと否定され続けてきたのだろう。


 俺は焦げ跡の縁に残っていた細かな灰を寄せる。

 火の跡。

 風が逃げた方向。

 湿った石床。

 固まった土ぼこり。

 細く裂けた跡。


 全て、失敗の残骸だ。

 だが、残骸だからこそ見えるものがある。


 俺にできるのは成功する前の魔術を直すことじゃない。

 失敗した後に残ったものを拾って、そこから次につながる形を探すことだ。


 そう考えると、この訓練場はただの掃除場所ではなかった。


 誰かが失敗し、悔しがり、捨てていったものが積もる場所。

 普通なら片づけられて終わるだけの場所。


 だが、俺にとっては違う。

 ここにはまだ拾えるものがある。


 そうやって黙々と掃除を進めていると、この広い訓練場の三分の一くらいを終えていた。

 その頃には日が傾き始めていたため、職員に今日の成果を見せ、確認の署名をもらう。


 訓練場を出るころには、外の空気が少し冷たくなっていた。

 さっきまで焦げた石と汗の匂いに包まれていたせいか、通りの風がやけに澄んで感じる。


 俺は一度だけ振り返る。


 訓練場の中では、まだ誰かの剣が的を叩いていた。

 魔術が石壁に当たり、乾いた音を立てる。


 あの中には、今日もいくつもの失敗が落ちている。


 そして、その失敗の中には、セラのようにまだ誰にも使い方を見つけられていないものがあるのかもしれない。


 俺は補助証を入れたポケットに触れ、それから腰の壊れた鞘を確かめた。

 ダンジョンに入る前に、やることはまだある。


 拾ったものをただ集めるだけで終わらせない。

 次に何を形にできるのか。


 それを考えるために、俺は宿へ向かった。


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