第11話「ゴミ拾い、初めてレベルが上がる」
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職業『ゴミ拾い』
レベル0 → 1
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その文字を俺はしばらくぼんやりと見つめていた。
救護室の椅子に座っているだけなのに、壁へ叩きつけられたときの背中がまだ痛む。
それでも痛みよりも気になるのは、この5年間ずっと動かなかった数字が上がったことだった。
――レベル1
いくら街のゴミを拾っても、工房の廃材を運んでも、ダンジョン入口で笑われながら掃除をしても、何も変わらなかったレベルが、今になって初めて上がったのだ。
そして、このレベルアップに伴って、スキルの効果や成功率もかなり上がっているようだ。
変化があったところのみをまとめる。
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職業『ゴミ拾い』
レベル0 → 1
《小物拾い》……精度上昇↑
《分別》……処理幅拡張↑
《廃品収納》……容量増加↑
■《廃式奥義》
・成功率⋯⋯61%↑
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「やっぱりレベル……上がってるよな」
思わず声に出た瞬間、胸の奥が少し熱くなった。
俺は魔物へ攻撃をしたが、倒したわけじゃない。
最後に針猪獣を仕留めたのは、Aランクのリオーネだ。
だが、魔物討伐には貢献度というものがあることは知っていた。
それも含めて、レベルアップに影響しているのかもしれない。
俺は助けを求める声を聞いて、ダンジョンの中に入り、魔物を傷つけた。
結果として、魔物の動きを鈍らせ、その隙に女の子と一緒に入口まで戻ることができた。
誰にも拾い上げられずに消えそうだったものを、俺の職業が「拾った」と認めたのかもしれない。
助けを求める声。
助かるはずだった命。
誰も手を伸ばせなかったもの。
俺の職業『ゴミ拾い』は、そういうものにまで反応するのだとしたら、これまでずっとレベルが上がらなかった理由にも少し納得できた。
壊れた鞘と《廃品収納》に入った3つの『残式』を見る。
撃つときの排熱のせいか、鞘の口金が少し歪んでいる。
残式は今日の『部分発動』を経て、だいぶ消耗しているようだ。
拾ったときと比べて、色がかなり薄くなってきていた。
成功ではなく『部分発動』であっても元は術式だ。
撃てば消えていく。
無限に使えるわけではない。
ただ、今回のおかげか『銘』の一部が判明していた。
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《廃式奥義》
▶《|廃式・疾焔――《リクレイム・ブラスト――》》
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そのとき、救護室の奥の部屋から俺が助けた女の子が自分の足で戻ってきた。
見た感じ、かなり回復したようだ。
「あの……」
俺の前で立ち止まると、視線をこちらにちらちらと向けてくる。
首と足にはきれいな布が巻かれていた。
顔色こそまだ悪いが、意識ははっきりしているようで安心した。
「私は、セラと言います。……冒険者見習いの魔術師です」
彼女はそこで少しだけ言葉を切り、俺が持っていた壊れた鞘へと視線を落とした。
「……さっき見たこと、誰にも言いません。あなたがその魔道具で助けてくれたのは……見ました。でも……冒険者ではないあなたがそれをしたとなると、たぶん大変なことになるから」
「……ああ、助かる」
「いえ、助けられたのは、私です。私の命を拾ってくれて、本当にありがとうございました」
セラは小さく、それでもはっきりとした口調で言った。
「私の魔法、よく暴発するんです。今日も急にあの強い魔物が出てきて、慌てて撃った魔法が暴発して……それで杖まで壊れてしまって……。だから……さっきの説明も、全部が嘘ってわけじゃありません」
少し困ったように笑う。
俺は返す言葉に迷った。
彼女は彼女で、何かを抱えているのかもしれない。
暴発する魔法。
中層の魔物に追われて、入口近くで倒れていた理由。
だが、自分から言わないことをこちらから聞く必要はない。
俺が逆の立場でも、聞いてほしくないことはあるからだ。
そんなことを思っていると、救護室の扉が開き、受付嬢が顔を出した。
「ルーカさん、少しだけ確認してもいいですか」
「はい」
「今日の件ですが、清掃依頼の範囲を越えてダンジョン内へ入っていますね。本来なら注意対象です」
受付嬢はそこで一度、言葉を切った。
「――ですが、今回は助けを求める声を聞いて中へ入り、実際に怪我人を外まで運び出した、それでいいですか?」
「……はい、そうです」
「では、今日の行動については、緊急時の救助行動として記録されました。――問題は今後です」
受付嬢は手元の書類へ目を落とす。
「ルーカさんは清掃員です。もちろん今のままだと、次に同じことが起きても正式にはダンジョン内へ入れません」
「でも、助けの声が聞こえたら……」
「放っておけない。そう判断したから、今日も中へ入ったんですよね」
「はい……」
「だからギルド側としては、清掃員のままではなく、最低限の許可を出す形にしたいんです」
「許可……?」
「知っていますか? 『臨時補助員』という制度があることを。これは冒険者ではありませんので、討伐依頼や採取依頼は受けられません」
冒険者ではない。
その言葉には、やはり少しだけ引っかかった。
「ただし、入口から浅層手前までの清掃、廃品回収、それから簡単な救助補助は正式な活動として認められます」
「……つまり、俺でもダンジョンの中へ入れるってことですか?」
「許可された範囲だけですが。無断で奥へ進むのは禁止です。ですが、今日のような状況で動くなら今後は正式に記録に残せます」
受付嬢はそう言って、書類をこちらへ差し出した。
「臨時補助員として登録しますか?」
俺は差し出された登録用紙を見つめる。
冒険者ではない。
でも、ただ入口でゴミを拾うだけではなくなる。
その紙を受け取った瞬間、救護室の外から誰かの笑い声が聞こえた。
「そういえば聞いたか? ゴミ拾いがダンジョン入ったって」
「まぁ生きていたらしい。ただ、怪我して救護室行きだってさ」
「本気か? 今度こそ自分がダンジョンのゴミになるぞ」
「救護隊の迷惑かけんなよな、ゴミ拾いのくせに」
俺はその用紙を持ったまま、ゆっくりと顔を上げた。




