番外編 伝説のS級冒険者ライとハル
本編の語られなかった、ライとハルの物語です。
王宮の者たちは、第三王子テオアルディの姿を見るたびに、そっと息を呑んだ。
灰銀の髪。
瑠璃色の瞳。
そして、王家の誰よりも強い魔力。
彼が笑えば、空気が震え、遠くの森で魔獣がざわめいた。
泣けば、魔力が揺らぎ、魔獣が城下に近づいてくる。
怯えれば、風が乱れ、周囲の者が思わず身構えた。
王も王妃も兄たちも理解していた。
テオアルディは忌み子ではない。ただ、魔力が強すぎるだけだ。
だが、宮廷の囁きは残酷だった。
「また魔力が揺らいだぞ」
「魔獣を呼ぶ子だ」
「王妃様が気の毒に……」
そんな囁きが、幼いテオアルディの耳にも届いた。
王妃は必死に抱きしめた。
「テオは悪くないわ。あなたは私の大事な子よ」
兄たちも庇った。
「テオは俺たちの弟だ。誰にも文句は言わせない」
だが――
魔力は、言葉では止められなかった。
(僕が笑えば、魔獣が騒めく)
(僕が泣けば、魔獣が来る)
(僕が感情を出すほど……みんなが危険になる)
だからテオアルディは、笑うことも、泣くことも、怒ることもやめた。
感情を表に出さなければ、誰も傷つかないと信じて。
だが、感情を押し殺すようになっても、
テオアルディの魔力は成長とともに大きく膨れ上がっていった。
笑わなくても、泣かなくても、怒らなくても――
魔力は勝手に漏れ出し、周囲の空気を震わせた。
そしてある日、とうとう王都近郊で異変が起きた。
森の奥から、魔獣が次々と集まり始めたのだ。
まるで何かに呼ばれるように、一直線に。
(……僕のせいだ)
テオアルディはすぐに気づいた。
どれだけ抑えても、魔力はもう制御できない。
自分が王都にいる限り、誰かが傷つく。
(僕がいると……みんなが危険になる)
(僕は、生きていてはいけないのかもしれない)
兵士たちは第一王子と第二王子を守るために動き、
テオアルディまで手が回らず、気づけば、魔獣の群れに囲まれていた。
牙をむく魔獣たちを前に、テオアルディは静かに目を閉じた。
(ああ……これで終わるなら、それでいい)
そのときだった。
「おい、死ぬな!」
黒髪の少年が、魔獣の群れを切り裂きながら飛び込んできた。
後にグレイと呼ばれる少年だった。
「なんで……助けたんだ」
震える声で問うと、グレイは呆れたように言った。
「助けた?違ぇよ。
――お前が勝手に死ぬのを、俺が許さなかっただけだ」
その言葉は、テオアルディの胸に深く突き刺さった。
「僕は……生きていてはいけないんだ」
涙をこぼすテオアルディに、グレイは怒鳴った。
「じゃあ、生きていい理由を――これから俺と探せ。
生きていてはいけないなんて言葉で、自分を切り捨てるな」
その瞬間、テオアルディは初めて生きたいと思った。
魔獣暴走の報告を聞いた王は、しばらく沈黙したのち、静かに言った。
「……王都にいるのは、テオアルディにとってもつらいだろう。
感情を抑えても、成長とともに魔力は漏れ出し、もはや王都では抑えきれぬ。
このままでは、あいつ自身が壊れてしまう」
王妃が涙を拭う。
兄たちは黙って見守っていた。
王は続けた。
「テオアルディは悪くない。
だが、自分の魔力を恐れたままでは未来がない。
自分の力で魔力を制御できるようにならねばならぬ。
そのためには……王都を離れ、魔獣を倒しながら学ぶ旅が必要だ」
そして、魔獣の群れからテオアルディを救った黒髪の少年を呼び寄せた。
「グレイといったか」
「はい」
「そなたにテオアルディを頼みたい。自分の力を恐れずに済むよう、支えてやってほしい」
グレイは頷いた。
「任せてください。あいつ、放っとくとすぐ死にそうなんで」
王妃は涙をこぼしながら頭を下げた。
「……どうか、テオをよろしくお願いします」
出発の時、テオアルディは王宮の門の前で立ち止まり振り返る。
「……僕が王都にいると、みんなに迷惑がかかるから」
そう呟く声は、どこか寂しげだった。
グレイは肩をすくめた。
「迷惑とかじゃねぇよ。お前の魔力が強すぎるだけだ」
「それが迷惑なんだよ……」
「違ぇよ」
グレイはテオアルディの頭を軽く小突いた。
「お前が生きてるだけで迷惑なんて、そんな話あるか。ただ――」
「ただ……?」
「お前の魔力、扱い方が下手すぎるんだよ。
だから旅に出て、ちゃんと使い方覚えんだよ」
テオアルディは目を瞬いた。
「……僕でも、出来るかな……」
「出来るまで俺が横で怒鳴ってやるよ」
「えっ……怒鳴るの……?」
「当たり前だろ。お前、すぐ謝るし、すぐ落ち込むし、すぐ死にかけるし」
「うぅ……」
「でも――」
グレイは少しだけ優しい声で言った。
「お前は、生きてていいんだよ。だから、生きる方法を一緒に探すんだろ?」
テオアルディは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……うん。探したい。君と一緒に」
二人は並んで歩き出した。
王宮の門がゆっくりと閉じる。
その音は、テオアルディにとって終わりではなく、初めての始まりだった。
旅に出ても、テオアルディの魔力は相変わらずだった。
森を歩けば魔獣が寄ってくる。
街道を歩けば魔獣が寄ってくる。
昼寝してても寄ってくる。
そんな毎日を過ごすうちに、二人は南方の魔獣討伐や街道の浄化を次々とこなし、
その影響はいつの間にか国境を越えて、隣国にまで広がっていた。
「……あっちの国でも魔獣が減ってるらしいぞ」
「えっ、僕たちそんなに歩いたっけ……?」
「歩いたんじゃねぇ。お前の魔力が漏れすぎなんだよ」
「ご、ごめん……!」
「謝るなって言ってんだろ!!」
そんなやり取りをしながら、二人は毎日のように魔獣と戦った。
そしてテオアルディにとって何より大きかったのは――
グレイの前では、感情を出しても誰も怯えないことだった。
王都では笑うことも泣くことも怖かったのに、
グレイは怒鳴りながらも、決してテオアルディを怖がらない。
(……こんなふうに話していいんだ)
それが、テオアルディにはとても楽だった。
そして、二人の活躍は新聞を賑わせ始める。
『黒銀の双星、南方の魔獣を一夜で殲滅す
黒刃のライと閃光のハル、史上最速でSランクへ!』
グレイは新聞を丸めて投げた。
「……誰だよ、黒刃のライとか閃光のハルとか勝手に名付けたの」
「僕、閃光なんて出してないよ……」
「俺も黒刃なんて名乗ってねぇよ!」
登録名は名前からもじり、グレイはライ、テオアルディはハルと名乗っていた。
魔獣退治の依頼をこなすたびに、ランクは面白いほど上がっていく。
ギルドの受付嬢は目を丸くした。
「お、お二人……昇格早すぎません……?」
そんなある日、新聞記者が駆け寄ってきた。
「黒銀の双星のお二人ですよね!写真をぜひ!」
テオは慌てて後ずさる。
「えっ、顔出しはちょっと……」
「じゃあ仮面でも!謎の冒険者って書きますから!」
「仮面なんて都合よく――」
と言いかけた瞬間、露店の兄ちゃんが元気よく叫んだ。
「仮面いろいろ売ってるよー!」
「「……あるんだ」」
結局、二人とも仮面を買うことになった。
テオは銀色の上半分の仮面。
グレイは黒の上半分の仮面。
記者は大喜びでシャッターを切った。
翌日の新聞には、さらに盛られた記事が載った。
『仮面の双星、黒刃のライと閃光のハル――大型魔獣を次々と討伐!』
「……もう好きにしろ」
テオは小さく笑った。
「ちょっと恥ずかしいけど……なんだか楽しいね」
旅を続けて、5年目を過ぎたころ、北方の森で異常が起きた。
魔獣が一斉に暴れ出し、森中から集まってくる。
ギルドは震え、王国軍は混乱し、人々は叫んだ。
「スタンピードだ!」
だが実際には――
「テオ!魔力が暴走してるぞ!」
「そっちはグレイに任せる!」
「おい、いい加減、制御しろって――」
テオアルディの最大限の魔力が制御直前で不安定になり、周囲の魔獣が一斉に反応しただけだった。
しかし、集まった魔獣の数は尋常ではなく、二人は必死に戦った。
戦いはドタバタで、奇跡と偶然と、二人の連携が混ざり合った結果――
テオアルディの魔力の核が完成した。
暴走は止まり、魔獣を引き寄せる性質が消えた。
そして魔獣たちは、糸が切れたように崩れ落ちた。
スタンピードが終息した翌日、王都には一枚の新聞が出回った。
《黒銀の双星、北方で消息不明》
スタンピードの中心部で最後に目撃された二人の姿は、その後確認されていない。
王国軍は捜索を続けているが、生存は絶望的と見られている。
王都は悲しみに沈んだ。
王妃は泣き崩れ、王は沈痛な面持ちで言った。
「……あの子は、最後まで国を守ろうとしたのだな」
国中が二人の死を悼んだ。
だが――
二人は死んでいなかった。
スタンピードの中心で魔力の核が完成したテオアルディは、そのまま気を失ってしまった。
魔獣は崩れ落ちたが、森の魔力はまだ荒れていたため、
グレイは彼を背負い、森の奥深くの洞窟で、彼の回復を待った。
数日後、テオアルディは意識を取り戻した。
「……生きてるか?」
「ああ……グレイが守ってくれたからな」
「当たり前だろ。勝手に死ぬなって言っただろ」
「とうとうやったな」
「ああ」
二人は笑い合った。
だが、王都に戻る途中で、新聞の見出しを目にした。
《黒銀の双星、消息不明》
《英雄、散る》
《王国を救った若き二人に哀悼を》
「……俺たち、死んだことになってるんだ」
「いいじゃねぇか。英雄なんて柄じゃねぇし」
グレイは新聞を丸めて投げた。
「ライとハルとしてではなく――」
グレイはテオアルディの肩を軽く叩いた。
「グレイとテオアルディとして帰ればいいだけだ」
「そうだな」
二人は顔を見合わせて頷いた。
王宮の裏門。
夜明け前の薄暗い空気の中、二人はひっそりと戻ってきた。
門番は驚き、すぐに王へ知らせた。
王妃は泣きながらテオアルディを抱きしめた。
「生きてた……生きていてくれてたわ……!」
兄たちも涙をこぼした。
「バカやろう……!勝手に死んだことにされてんじゃねぇよ!」
テオアルディは小さく笑った。
「ごめん……でも、もう大丈夫。俺の魔力は……もう暴れないから」
王は深く頷いた──が、言葉を発する前に小さく咳き込んだ。
「……失礼。最近どうも喉の調子がな」
それでも、王はまっすぐテオを見据え、静かに続けた。
「よくやった。これからは……国を作る側に回れ」
テオアルディは迷いなく言った。
「……俺は、国を魔獣から守るための組織を作りたい」
グレイは少し考えてから口を開いた。
「……じゃあ、俺はテオと一緒に国を守るよ。
前線でも、裏方でも、あいつの隣が一番やりやすい」
王は胸に手を当て、わずかに息を整えてから言葉を続けた。
そして、穏やかに笑った。
「好きにしろ」
こうして二人は、誰にも知られないまま冒険者を引退し、
新しい形で国を守る道へと進んでいった。
読んでいただき、本当にありがとうございました。
フィーナ編が第1部、アナスタシア編が第2部となり、
このあと第3部として、グレイとテオアルディ編が続きます。
2話の続きとなりますので、楽しんでいただけましたら嬉しいです。




