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転送魔法とは自分ではない人や物を送る技術。
転移魔法とは自分を中心として移動させる技術。
基本はどちらも一緒であるが、大きな違いとして転移は先ほどまで自分がいた場所に移動できるが、転送はできない。
ティフォンのように使い魔を遠方に派遣し自分の痕跡を残して移動する転移魔法に対して、各地に移動不可のチュックポイントを設置することで、より遠くに、しかも連続で移動できるのが転送魔法となる。
アンジェリカが使う転送魔法の技術により転送されたエリュプは、本来とは逆さまに設置されたチャックポイントによって頭が下の状態でマグマの上に転送される。
足場一つないマグマの海の上に転送されたエリュプは真っ逆さまに落ちていく。転送地点からマグマまで5メートル、一瞬にしてエリュプとマグマの距離が縮まる。
モニター越しにその様子を見守るローリエをはじめとしたスタッフたちは、煮えたぎるマグマにエリュプが落ちることを祈る。
だが、その思いとは裏腹にエリュプが腕を引くと鋭い突きを下へ向け放つ。
突きの衝撃でマグマの表面に波紋が走り、大きく広がっていく。そして衝撃を利用して空中で身をひるがえしそのまま、マグマの表面に片足をつけ立つ。
遅れて落ちてきた鉄球たちも、マグマの表面にふんわりと着地してマグマの揺らぎに合わせてゆらゆらと揺れる。
「ふむ、なかなか熱い歓迎だな」
汗一つかいていないエリュプが自分の周りに広がるマグマの海を見て呟く。
「む」
エリュプが首を傾けると、頬スレスレを錨のついた鎖が飛んでいく。飛んでいった錨は壁に突き刺さって空中に鎖を引く。
そして四方八方から連続で発射される鎖付きの錨を、エリュプは最小限の動きで避けていく。
空中に無数の鎖が縦横無尽に引かれる中、鋭い光に気がついたエリュプが指で挟んで受け止める。
「ナイフ?」
小さなナイフの持ち手から伸びる糸が赤く光を放つと、ナイフが爆発する。
爆発の中でも常人では聞くことができないであろう鎖の軋む音に気がついたエリュプが、煙が燻る手で赤い光を灯した刀を受け止める。
「さすがに簡単にはいかないか!」
「魔族か……魔王オレガノはどこだ?」
狐の耳と尻尾を揺らしたクミンが刀を押して反動で飛ぶと、空中に張られた鎖に飛び乗る。
鎖を揺らすことなく着地したクミンが刀を構えエリュプを睨む。
「オレガノ様の前にうちと戦ってもらいます。うちは、魔王オレガノ軍四天王・暗殺メイドのクミン」
「四天王か……なるほど。自分の名はエリュプ。かかってこい」
互いの名乗りを終えた瞬間クミンが無数の鎖の上を飛び回りつつナイフを次々と投げていく。
エリュプを囲む無数のナイフが赤く光ると一斉に爆発する。まだ宙に煙が燻る中、クミンが刀を抜き、足場である鎖を次から次へと切っていく。
ピンっと張っていた鎖は切られたことにより、だらんと垂れ孤を描いてエリュプにぶつかって絡まっては止まっていく。
「これは攻撃なのか? なにがしたいのか分からんな」
呆れた……というよりもつまらないとやや怒りを露わにするエリュプの足下が僅かに沈む。
「ん? 魔力の流れに乱れが……この鎖はティフォンが作ってもらった呪縛の鎖か」
違和感の原因に気がついたエリュプに向かって、最後の1本の鎖を切りながらクミンが空中に飛ぶ。真上にある転送ポイントが光り空間が割れると、クミンの肩を鋭い爪を持った大きな鳥の足が掴む。
「タイミングバッチリ!」
「任せてください!」
青い翼を羽ばたかせクミンを抱えて飛ぶモナルダが嬉しそうに応えると、そのまま後ろに下がりエリュプから離れて行く。
その真下を透き通った緑の物体がエリュプ目がけ飛んでいく。そして大量の鎖に絡まれた違和感を探っているエリュプに緑の物体が覆いかぶさる。
半透明状のゼリー状の物体は粘着性を持った巨大なスライム。自由自裁に広がる体で敵を取り込んで溶かす魔物。この決戦用に用意した耐熱性を持ったスライムはエリュプを包み本能のまま溶かそうとする。
もちろん罠を準備したローリエやアンジェリカたちは、エリュプをスライムで溶かせるなどとは思っていない。
ウェスティーの城からエリュプを束縛していた鎖を回収、修復した束縛の鎖を絡めとどめていく接着剤の役割としてスライムを使用しているのである。
大量の鎖に巻かれ、魔力の制御を乱されたエリュプの足下がずぶずぶと沈んでいく、その様子を見ていたクミンが口を開く。
「モナルダ。第二ステージに転送!」
「はい!」
モナルダがカギを取り出すとパキっとへし折る。
次の瞬間クミンとモナルダは光に包まれその場から消えてしまう。そしてダンジョンが震え始めると天井にヒビが入り一気に崩落する。
それと共に煮えたぎるマグマが降りそそぎ、エリュプのいる空間をマグマで埋め尽くしてしまう。
落とすのではなく、空間そのものをマグマで満たして沈める作戦である。監視用のカメラもマグマに飲み込まれ壊れてしまい、なにも映らなくなったモニターを緊張した面持ちで見つめるローリエたち。
別のモニターには、転送先で不安そうな表情をするモナルダと鋭い目つきで壁を睨むクミンの姿が映る。
「くる」
クミンが呟きモナルダを軽く押すと、モナルダは慌てて後ろへと飛んで逃げる。
マグマを閉じ込める為の分厚い壁が外側から叩かれ変形していく。衝撃がくわえられる度にダンジョンが揺れ、天井から小石や埃が落ちてくる。
壁に亀裂が入った瞬間、壁は粉砕しマグマと共に飛び散る。
そして真っ赤なマグマを引き連れながらゆっくりと歩いてくるエリュプが、目の前に立つクミンをじっと見る。
「くだらんな。これを攻撃だと思っているのなら、お前との戦いは時間の無駄でしかない。見逃してやるから早く魔王オレガノを連れて来い」
「お断りします。最後までうちの相手をしてもらいます」
「弱者が目障りな」
刀を構えるクミンを見たエリュプがため息交じりに吐き捨てる。




