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普段は狐の耳と尻尾は術で隠しているが、本来の姿に戻ったことは本気で戦うということ。本気の響きはクミンが力を解放したようにも感じるが、実際には耳と尻尾を隠す余裕もなくなったということに他ならない。
そして西洋風の短剣でなく、日本風の刀である2本の短刀を使うことも余裕のなさを表している。実家から譲り受けクミンが大切にしていた刀は日頃は術で消して見えないが、肌身離さず持っているものである。
「狐火……転化『朧火』」
クミンが口ずさむと共に刀身に火が巻きつき、刀身を赤くするとぼんやりと光り始める。
2本の刀は強い光ではなく、提灯のように温かな光を仄かに宿らせる。光が揺らいだとき、そこにクミンの姿はなく、ティフォンの正面にいて胸に刀を突き立てる。
「なるほどねぇ。幻影魔法と体術の合わせ技ってところかしら。一長一短でできる技ではないわね」
「化物め……」
胸に刺さっているかのように見える刀は先端をティフォンの指に挟まれ、胸を刺すことが叶わず明かりを灯すだけとなる。
「いい顔するのね。わたくしクミンになら刺されてもいいわ」
そう言って自分の胸に刀を引き寄せ先端を自ら突き立てる。
「もっと力を入れて。クミンをわたくしの中に入れて」
頬を赤らめ至福の笑みで自ら刀の先端を刺すティフォンに寒気がしたクミンが刀を引き抜き、もう1本の刀を真横に振るう。
腕で受け止められるが、構わず蹴りを入れ宙に浮くともう1本の刀を斬り上げる。顎を上げ避けるティフォンに、更なる斬撃を加える。
「無駄よ」
腕で受け止められた刀から手を放し、素早く取り出したナイフを投げつける。
「爆ぜろ!」
ナイフが赤く光りティフォンの目の前で爆発する。爆風で舞い上がって落ちてきた刀をキャッチすると、そのまままだ舞う煙ごとティフォンに斬りかかる。
素手で受け止め微笑むティフォンの背後が爆発し、ストーンドラゴンが姿を現す。大きな口を開き、自分の頭に噛みつこうとするストーンドラゴンに舌打ちをしたティフォンが足を一歩前に出す。
ガチャンと激しい音が響きティフォンの足にトラばさみが噛みつく。普通の人間ならば足の骨まで砕けるであろう、巨大で細かで鋭い歯が並ぶトラばさみに挟まれても僅かに血を流すだけのティフォンが、クミンを払いのけつつストーンドラゴンの口を両手で押える。
その瞬間ティフォンの頬にジンジャーの拳がめり込む。そのまま間髪入れず次の拳を顔面に放ち、連打を入れる。足を挟まれ、ストーンドラゴンを受け止め、身動きの取れないティフォンは成す術もなくジンジャーの攻撃を受けていく。
何度目か分からない拳が顔面にめり込んだとき、ティフォンの体が小刻みに震え始めその震えは空気までも震わせ始める。
「なにこれ……尋常じゃない魔力。どれだけ力を持っているっての」
壁に叩きつけられていたクミンが、痛みに耐え体を震わせながら立ち上がりとてつもない魔力を放ち始めるティフォンを見て愚痴をこぼす。
「わたくしに触れていいのは、わたくしが気に入った女の子だけ。穢れを知らぬ少年ならば許すわ。だけども、汚らわしい男が触れることは絶対に許されないことと知りなさい」
ティフォンが腕を捻りストーンドラゴンを投げ飛ばすと、ストーンドラゴンは錐揉み状に回転しながら地面に激突し頭が砕かれる。
そのまま足を蹴り上げ、トラバサミを破壊する。強引にトラバサミを破壊したことで足から血が流れるが、すぐに光が包み煙と共に傷は消えてしまう。
その隙に身を大きく引いたジンジャーをティフォンが睨みつける。
その目はキラキラと光あふれるものではなく、ドス黒い闇を持ち見ている者を引きずり込んでしまいそうな深淵を見せる。
魔力は通常であれば魔法といった形のならないと見えづらいが、可視化できるほど体からあふれ立ち昇る魔力を前にクミンとジンジャーが焦りの色を見せる。
「アンカーに刺され魔力を放出されてなおこの力。とんでもない人間……」
「本気を出してくれたと考えれば、大きく前進したと考えられなくもないですが」
クミンとジンジャーが短く言葉を交わし、構えた瞬間ティフォンが手を振り魔力を放出すると衝撃で2人は吹き飛び壁に叩きつけられる。
叩きつけられつつも素早く体を起こし、壁を蹴って飛んだクミンが放った斬撃はティフォンの腕に届くこともできずに、周囲の魔力に阻まれる。
「無駄だって言ったでしょ。このわたくしをここまで追い込んだこと褒めてあげる。た~くさん可愛がってあげるわ、痛いことも気持ちいこともぜーんぶしてあげる。だから降参しない?」
「誰がお前に!!」
もう1本の刀を振るうが同じく魔力の障壁に阻まれてしまう。
「気の強い子もだーいすきよ。屈服させる瞬間がたまらないもの。さあこっちへいらっしゃい」
ティフォンの手が伸びクミンの頬に触れる。
ニタァァっと耳まで裂けんばかりに口角を上げ、張り付くような笑みを浮かべたティフォンがクミンの首に手をかける。
「もう分かってるでしょ。あなたじゃ、わたくしに勝てないってこと。抵抗するのはやめてわたくしのものになった方が楽よ」
クミンの首にかけた手に力を入れる。苦しそうな表情を見せながらも、睨むクミンを見てティフォンは笑みを浮かべる。
「それ以上は許さないのじゃ!」
可愛らしくも毅然とした声が響くと空間が割れ、光沢のある黒く塗られた6尺棒が現れるとティフォンの腕を叩く。
それと同時に反対側から、天井から現れたペンデュラムが振り降ろされる。
クミンを握っていた手を離し大きく後ろに下がったティフォンと、倒れるクミン支えたアンジェリカの目が合う。
「この状況で避けたのはさすがだけども、避けたってことは魔力の消費が激しいってこと。違うかしら?」
「あらあら、また新しい人。ふ〜ん、綺麗な人だけどわたくしは年下が好みだからぁ、あなたには興味ないわねぇ」
「会話が噛み合わない人……話すだけ時間の無駄みたいね。オレガノ、やっちゃって」
両手に大きな箱を抱えているオレガノが背伸びして、箱の上部から顔の上半分をぴょこっと出す。
「任せるのじゃ!」
恐らく口元はニンマリと笑っているであろうオレガノが箱を抱える腕に力を入れると、箱から光があふれ出す。




