1 魔女っ娘
永久凍土と呼ばれる氷の壁は何者も寄せ付けず、吹雪と相成って双璧となり人の侵入を拒む。
短い夏の太陽の光すら表面を溶かすのが精一杯だという氷の壁を、先端が赤い光を放つ杖が撫でると、いとも容易く氷は溶け自身の重みを支えきれなくなった氷が崩れ大地へと落ちていく。
永久などという言葉がまやかしであったのだと証明するかの如く、地面に叩きつけられた氷の壁は粉々に砕けただの氷となる。
砕けた氷を踏みながら進む鎧を着たオークの集団は巨大な剣や棍棒を振り上げ突き進む。移動するだけで地響きが響き渡るオークの集団を目の前にして、一人の少女はギザギザの歯を見せ薄ら笑いを浮かべ上唇を舌で舐め、舌を甘噛みしてニヤリと笑う。
少女の着る白いブラウスは豊満な胸を強調するかのように胸元までボタンを外し、肩から羽織る紺の短めのケープに同じく紺のミニスカート、そして斜めにかけられた大きなベルト。さらに首に巻いた水色のリボンをなびかせ、特徴的な大きな魔女の帽子をクリーム色の髪にかぶるその姿は魔女そのものであり、いわゆる魔女っ娘である。
「ヘルファイア」
魔女っ娘が呟き、手に持つ杖の先端が赤く光ったかと思うと刹那、冷たい空気中を暴風を伴った真っ赤な太い線が走り、向かって来るオークの集団の中心に着弾する。
一瞬で地面が真っ赤に染まったかと思うと、劫火と表現するしかないほどの炎の柱が天高く立ち昇る。周囲の氷も一瞬で煙となり消え去るほどの炎の前に、オークたちが耐えれるわけもなく、声すら上げることなくこの世から消える。
「きゃははははっ! 影も形も残らないってこのことじゃん! くそよえーっての」
魔女っ娘は、真っ黒になった地面を見てギザギザの歯を見せ笑う。
「こーら、カラミィーテちゃん。言葉遣いが悪いわよ」
魔女っ娘の背後から突如現れた女性の微笑みは、例えるならば慈愛に満ちていて、その微笑みを見れば十人中十人が聖女のようだと答えるであろう。キラキラと光り輝く瞳からは、星が零れているのかと思うほどの光の瞬きに溢れている。
艶やかな唇にしなやかな人さし指を当てると、色気をふんだんに含んだ体を僅かに捻り焦げた跡を見つめる。
「だってさ、コイツらよえーんだもん! ティフォンお姉ちゃんだってこんな雑魚相手にしたら笑っちゃうって」
「んーそうね。南の魔族もたいがいだったけど北も弱いわよね。でもね、カラミィーテちゃんは可愛いんだからぁ、そんな言葉遣いすると勿体ないと思うのよねー」
カラミィーテと呼ばれた魔女っ娘が不服そうな顔をすると、ティフォンと呼ばれた女性が青い髪に飾ってある金色の蔦と真珠の小さな花のあしらわれたカチューシャの位置を直す。白を基調としたミニスカドレスに黒のレギンスと白いハイヒールのブーツ、そして膝まで伸びた藍色のマントのようにも見えるケープを翻す。
再び唇に指を当てるティフォンだが、すぐに自分の横から近づく重い金属音に気づき目を向ける。
「まあ、そう言うな。相手が弱いのもあるが、それよりも自分たちが強すぎるってことだ」
「なによそれ。それよりもエリュプ、集合時間でもないのにここにいるけどさ、あんた西側の制圧は終わったんでしょうね?」
下半身にだけ鎧を装備しているが上半身は鎧ではなく裸であり、鍛え抜かれた体に直接鎖を巻きつけている屈強な男は、両手両足にも鎖を巻きつけその先端に繋ながった巨大な鉄球を引きずって歩いてくる。
「無論だ。跡形もなく消しさってくれた」
「バカなの? 制圧しろって言ってんの? 消し去ってどーすんの。制圧って意味分かってる?」
カラミィーテが自分のこめかみを人さし指で押さえつつ罵るが、どこ吹く風のエリュプはふっと笑う。
「ようは歯向かえない状態にすればいいわけだ。完膚なきまでに叩きのめした、つまり制圧しているではないか」
「はぁ? 意味わかんないんだけど! あんたの頭にはなにが詰まってんのさ」
眉間のしわを深くして文句を言うカラミィーテと、ボサボサの髪をかきながらふっと笑うエリュプの間にティフォンが割って入る。
「はいはい、カラミィーテちゃん怒らない。エリュプさんも人の話を聞きましょうねぇ」
優しく語るティフォンの表情は微笑んでいるが、カラミィーテとエリュプはなにかを感じ取ったのか、一歩後ろに下がって距離を置く。
そのときだった、晴れ渡った空に突如稲妻が走ったかと思うと、地上に雷が落ちる。
「お前らやってんな」
黒い瞳と黒い髪の青年が、ニヤニヤしながら三人を見渡し近づいてくる。
煌びやかな鞘に入った剣で肩を叩きながら近づいて来た青年の姿は、黒を基調として金の線があしらわれた鎧をまとっている。
「あらあら、トルナードさんも来ちゃったの? 集合は明日だったでしょ」
「まあそう言うな。各地を制圧してからのんびりやろうって言ったのは俺だけど、どいつもこいつも弱すぎて普通に歩いてたら、もうたどり着いてしまったんだ。そういうティフォンも同じなんだろ?」
「ふふっ、まあそうですね。わたくしも一日一つ町を制圧するつもりでしたけど、一時間もかかりませんでしたので、めんどくさくなって一気にやっちゃいましたし。それになにより、耐えれるものがいませんでしたから」
トルナードと呼ばれた男の問いに、ティフォンは口元を押えクスクスと可笑しそうに笑う。
「なによ、あたしが一番真面目にやってるってことじゃん」
「カラミィーテが真面目に? お前いくらなんでも破壊しすぎだろ。俺はここの永久凍土の景観、結構気に入ってたんだぞ」
「ただの氷の塊じゃん。それにさ、文句を言うなら氷の壁にコソコソ隠れながら進軍してくる魔族の虫どもに言ってよ。めんどくさいから氷ごと砕いてるだけだってのー」
カラミィーテの言葉を聞いてトルナードは、砕け蒸発し地面がむき出しになった元永久凍土の地を見る。
「まあ、これはこれでいいか。ここからまた氷が積み上がって永久凍土になっていくんだろうしな。そう思えば風情がある」
トルナードが納得したように何度か軽く頷く。
「トルナード」
「分かってる。メインゲストだろ」
エリュプが声をかけると、トルナードがフッと笑いながら空を見上げる。
トルナードが見る上空からもの凄いスピードで落下してくる塊が、トルナードたち四人の足下の地面に衝突すると、凄まじい衝撃に砕けた大地と氷が混ざった爆発が起きる。
四人は散開し、衝撃波を受けながら中心にあるのものに視線を向ける。
その中でカラミィーテは大きな帽子が飛ばないよう手で押さえながら、中心に立つ大きな影を見て口を大きく開けギザギザの歯を見せながらニンマリと笑みを浮かべる。
「魔王ノルデン! 当たりじゃん♪」




