「好きと私」
私―――神樹ラビには恋愛経験というものがまるでない。
いや、好きな人はいるんだよ?
例えば、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、それに友達のキナちゃんとか――――――。
でもそれが、恋愛としての「好き」ではないことに気が付いたのは、随分あとの話だった気がする。
―――ねぇラビ、私好きな人ができたの。違うクラスの子なんだけど……。
―――そうなんだ~。でも私もキナちゃんのこと好きだよ!
―――え?
―――……? どうしたのキナちゃん。
―――それって……。
―――だってたくさん遊んでくれるし、良い友達だなって!
―――あ、あ~、そういうことね……。びっくりした~。
―――ねえ、神樹さんは好きな人とかいないの?
―――好きな人……。私はクラスのみんな全員好きだよ!
―――い、いや、そういう意味じゃなくて……。
―――……?
つまり私は世間一般で定義づけされてる「恋愛」というものをまるでしたことがないし、その本当の意味でさえ理解していない。
逆に、私はそれだけ友達や周りの人を大切にする主義なのかもしれない! えっへん!
……いや、自慢げに胸を張ることではないのかもしれないけど……。
でも、キナちゃんは一時期クラスの子と付き合ってた時があったし……。
(その時遊び相手がいなく、ストレス発散しに毎日一人カラオケにログインしてたことはここだけの話)
て、考えれば一人の女子高生として、私って遅れてるのかな……。
だとしたらちょっとだけ……ちょっとだけね、ショックかもしれない……。
なんて、一人でしみじみ考えていると、扉の方から聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「お~、これはめずらしく、ラビが思い詰めてる顔してやんの。ほれ、アイス」
「ちべたっ‼」
「にしし~。どお? ちょっとは目覚めたか?」
放課後の教室で、一人項垂れてる私のほっぺに、ゴリゴリくんを押し付けてきたのはキナちゃん――――――青山キナコだ。
後ろで結んだポニーテールと、ラフな制服姿がいかにも運動神経抜群美少女ってかんじ。
袖を捲ったワイシャツと、立ち姿で陽キャだなとわかってしまうボディーバランスは、放課後で孤独を満喫している私とは大違い……、ではあるんだけど、小さい頃から一緒に遊んできた幼馴染でもある。
普段の私であれば話しかけるどころか、天と地の差があるような遠い存在の人格だが、小さい頃から一緒に遊んでたこともありキナちゃんだけは緊張せず喋れる。
椅子を引いて愉快そうなキナちゃんが私の前に座った。
「この前の中間テストがそんなにも悪かったのか?」
「うぐ……いや、そういうわけじゃないけど」
さすが運動神経抜群美少女。
ぐったりモードの私をいいことに、アッパーのような質問を繰り出してきた。容赦がない。
たしかにこの前の中間テストは赤点ギリギリで教師からも釘を刺されてはいるが……。今思い悩んでいるのはテストのことではない。
「そ、そんなんじゃないし……」
「え、違うか~……。推しが結婚したとか?」
「うんん……」
「じゃあ、誰かから告白された?」
「うっ……」
「え、まさかの当たり?」
「うわああああああっ‼」
声にならない声が教室中に響き渡る。誰もいなくてよかった。
昼間の一件を自分の中でうまく消化して、水に流そうとしてたのに、なんで掘り起こしちゃうの、この子!
「キナちゃんきらい。なんでそういう時の勘はいいの?」
「え~~~、まさかあのラビがほんとに恋愛関係で悩んでるとは思わないじゃ~ん。で、誰に告白されたの?」
八重歯をのぞかせながら、すごく楽しそうに聞いてくるキナちゃんを前に、私は逃げる体力も無かった。
気の利いた作り話を話せる頭脳もなく、ぐったりしながら渋々口を開く。
「告白……まぁ、告白されましたよ、はい……」
「マジか! だれ! 誰に告白されたん? 同じクラスの子? それとも隣のクラス?」
「…………」
「言え! さもないと……えいっ!」
「つめったぁぁああああ‼ 言います、言いますから‼」
両頬に押し付けられたゴリゴリくんを振り払い、私は昼間の出来事を白状した。
甘条先輩から告白されたことを。
自分で話しているうちに、恥ずかしさで全身が熱くなってくる。
恥ずかしさで後半、声が震えていた気がするが、キナちゃんは半ば、この話を信じられなかったようで。
「それってどこまでがほんと?」
「全部ほんとだよ! 誰かから本気で告白されるなんて初めての経験だし……、どうしたらいいんだろ……!」
「にわかに信じられん。あのサイレントクイーンが本気でラビのことを……」
「それは私がいちばん信じられないです」
「よかったじゃんラビ! これで将来安泰だね!」
満面の笑みで私を叩くキナちゃん。
その笑顔と余裕を少しでも分けてほしい……。
「何で安泰なの……・」
「だって、誰もが恋焦がれ、憧れる甘条先輩だぜ? 宝くじで一等当たるよりすごいことだと思うけど」
「いや例え方!」
さてはキナちゃん、私が前代未聞の事件に巻き込まれてるのを楽しんでるな?
第三者視点をいいことに。
唯一の友達だというのに、許せぬ……。
「結局、ラビはサイレントクイーンになんて返事したの?」
「まだ、なんとも……」
「え、保留ってこと?」
「だ、だってしょうがないじゃん‼ 私だって初めてのことだったんだよ! 誰かから告白されるの!」
「まあ、ラビっていい意味でも、悪い意味でも、あんま人に好意示さないもんな……」
「ご、誤解だよ! ちゃんとキナちゃんのことは今でも好きだよ?」
「それって友達でって意味でしょ?」
「うっ……」
「それにしても、これは学校中の男女敵に回したようなもんだな……。もしかしたら、学校中のお尋ね者になるかもね」
「それはホントに嫌なんですけど」
廊下や教室のあちこちに、私の顔写真と懸賞金が貼られる未来がなんとなく想像できてしまったのは、それだけ甘条先輩がすごい存在だからなのか。
そんなことが事実になってしまったら、甘条ファンによって私の首が飛ぶか、最悪広い第一体育館で公開処刑なんてことも……!?
入学して二週間目、早々にして私の学園生活が危機を迎えることになるなんて、そんなのイヤッ―――!!
「……つ、つかぬことをお聞きしますが、甘条先輩って、そ、そんなに人気なの?」
「そりゃもう、大手企業の御曹司、大金持ち、なのに謙虚で誰にも優しく容姿端麗ときたらモテない要素ないでしょ! ていうか、サイレントクイーンのこと何も知らないとか、ほんとに鈍感と言うか世間知らずというか……この先のあんたの学校生活心配になる」
「お、大袈裟だよ~……」
というか、今のキナちゃんの熱弁を聞いて、より一層わけがわからなくなってきた。
自分でいうのもなんだけど、なんで凡人代表みたいな、こんな私を好きになった?
大金持ちでもないし、特別かわいいわけでもないし、何か光る特技があるわけでもないのに……。
私が唯一自慢できることといえば、小学校のけん玉大会で優勝したことくらいだよ?(しかも低学年の部だけどね)
「で、ラビは何て返事するつもりなの?」
「それは……断るつもりだよ……」
「もったいね~。手の伸びたとこに大秘宝があるようなもんなのに」
「だって……」
「まあ、ラビがそれで良いんだったら、あたしは何も言わないけど……。あのラビにもついに春が来たと思ったんだけど、杞憂だったか~」
「だって先輩のこと何も知らないし……。私、別に目立たないし、ドジだし、アイドルみたいな人と釣り合うわけないよ! 今のキナちゃんの説明聞いてたらなおさらそう思っちゃった……」
「まあ、それは否めんかも?」
「うぐっ……」
「あはは、冗談だって! ラビにはラビのいいとこがあるよ、絶対! だから心配しなさんな」
「……だといいけど」
恋愛に疎い私は、この告白がどれだけ千載一遇? のものなのか、あまり分かっていない……。
それはキナちゃんも察したのか、これ以上この話を深掘りすることはしなかった。
「よし、そろそろ行くとしますか」
スッと鞄を持って帰りの支度をするキナちゃん。
「行くってどこに……?」
「何ぼけーっとしてるん? 今日から新歓始まるし、いろんな部活見学に行こうって話だったじゃん」
「そのためにあんたの教室来たんだけど」と、甘条先輩の一件に全神経を持ってかれていた私の背中を叩いた。
「そうだった……。でも、私、部活はいいかなーって……」
一言で言えば、桜川高校は部活動が盛んだ。
スポーツ、芸術、領域問わず一年に一人は全国大会で誰かしら優勝しているニュースをよくみかける。まだこの学校に入って二週間ほどだが、昇降口には新人戦優勝おめでとうの垂れ幕がいくつも掛かっていた。
そんな威厳ある風格を見せつける私の学校だが、「必ず部活動に参加しなさい」というような運動音痴、取り柄無しの神樹らび殺しの校則は、幸いにも存在しない。
なのでここは存分に校則を尊重して、帰宅部に所属しますと、ありもしない架空の部活に入部することで胸を張って愛しのマイルームへ帰宅するだけの活動に専念し、平和な毎日を過ごすつもりだったのだが……。
唯一の親友が、陽キャ神のような青山キナコしかいないのだから、そんな儚い計画は、今、早々にしてつぶされかけていた。
「もしかして帰宅部になるつもりだった?」
「だって運動とか苦手だから……」
「まあまあ、そう渋い顔するなって~。とりあえずあたしの付き添いだと思って一緒に見に行こう! それに文化部とかもあるから、案外気になる所あるかもよ?」
張り切ってるキナちゃんに無理矢理引っ張られる形で廊下に出た。
私に拒否権がないのは、いつものことだ……。




