第44話 魔物RPG
「……なんか懐かしいな」
転移した先は、想定した通り俺が一人暮らししているマンションの自室だった。
ほどほどに整理整頓されていて、ベッドの上には毎日鏡で見ていたおっさんの俺が、VRデバイスを装着した状態で仰向けになっていた。
「あの世界は本当に異世界になってしまったんだな。というか、こっちの俺の意識はどうなってるの?」
とりあえず起きるかどうか試したくて、おっさんの俺の頬を指でつんつんしてみた。
しかし、反応はない。
穏やかに呼吸をしているので生きてはいるが、VRゲーム中は全ての感覚が向こう側にあるので当然と言えば当然だ。
「で、どうしよう?」
このあとどうするかは決めていなかった。
落ち着いて考える為にベッドの端に座る。
ん?
「――えっ、え?」
なんか、今の姿――チエが目の前に立っていた。ホログラムっぽく体が透けていて、そこにいるのに気配がなく、ニヤニヤ笑顔をこちらに向けている。
目の前のそいつが口を開いた。
「やぁ、チエだよ。まずは元の世界への帰還、おめでとう」
「……」
「……ふむ。驚きと疑問と困惑と不信感でいっぱいのようだね」
「そりゃそうでしょ。というかお前、ほんとに私?」
「勿論。全てはこの時の為に色々と仕組んでいた」
……嘘は言ってなさそうだ。
「目的は?」
「ネコの恩返しと神への反逆。とりあえず答え合わせといこうか」
目の前の俺――彼女は、俺の隣に座った。
「まず最初に、私は数えるのが馬鹿らしくなるほどに『パンデモニウム・オンライン』を繰り返していた。なぜか? 結末に納得できなかったからだ。私は今の君のように、ゲームを終わらせる機会を何度も得ていた。けれどそれでは折角仲良くなった友人や、別世界のゲームに囚われてしまった大勢のプレイヤーたちを救えない。全ては女神ルシエールのせいでね。だから私は一計を案じ、ゲームのやり直しを決めた。神の力を使って世界の時間を巻き戻し、女神も含めて記憶を消し去り、改ざんし、そして気付かれずに状況を変える為に少しずつ少しずつ世界を改変した。結果として私はクルス王国のネコ神様という過去の経歴を手に入れた。ここまではいいかな?」
「いや良くない。一気に言われても理解しきれない。それにあんたが私自身だというなら、友人やその他大勢を救うとか嘘でしょ」
俺ならこれで終わらせる。当初の目的を達成した以上、これ以上を求める必要がない。終わらない茶会なんてしたくない。冷めた紅茶で充分だ。
「あはは、流石は私。さらっと入れた嘘を的確に見破ったね。本当のことを言うとその通りだ。だからこその反逆。気に入らない神に一矢報いたい。ついでに思い入れのある知り合いを助けられればいいな、とは思ってる」
「……女神ルシエール、そんなに気に入らない?」
「うん、気に入らない。彼女のやり方は合理的だけど、ちょっと陰湿すぎる」
「あーそれはわかるかも」
よくよく考えてみれば、複数ある別世界の人間を一つの世界に連れてきて、人間と魔物という違う種族として活動させ、さらに相容れないようなシステムにしてるところとか、陰湿――というか邪悪だ。
ひょっとしたら女神ルシエールという名前や姿は偽りかもしれない。ルシエールって、なんか悪魔のルシフェルに似てるし。神を騙る悪魔が本性だったりして。知らないけど。
「話は変わるけど、あんたの今の姿はなに?」
「簡潔に説明するなら、分割した魂の片割れで、君から見れば過去の私だ。バグったスキルやアビリティがあったでしょ? その中の一つに私は潜んでいた。そして、元の世界に帰還するのをトリガーとして姿を見せるように仕込んでいた」
「……それって、私と出会わない可能性――リスクが高いように思うけど」
「大丈夫。君は私。考えればすぐ答えに行き着く」
ふむ……俺なら生存第一で事を進める。出会わないリスク、見つかりたくない相手にバレるリスクを考えると……。
「……スキルやアビリティとして見えないだけで、最初からそこにいた、ということ?」
「正解。ついでに言うなら、バグそのものをあの管理AIや女神ルシエールから見えないように細工をしていた」
だからバグった時点でなにも反応がなかったのか。
「じゃあ、私に……過去? でいいのか? あんたの記憶がないのは?」
その質問に、彼女は俺から視線を外して寝ている俺の本体の髪を撫でた。
「もうずっと繰り返してきて、飽きてしまったんだ。何度も何度も何度も何度も『強くてニューゲーム』をして……」
ゲーム好きだからこそ、その感情はわかる。どれだけの名作ゲームでも数千時間もプレイすれば、大体のことはやり尽くせる。使いきれないアイテムのストック、フル強化された武器や防具の数々、覚えきってしまったギミックとボスの行動パターン……。
彼女は続ける。
「だから私は君に託した。体を明け渡し、記憶を分け、最低限の保険を掛けたうえで『ニューゲーム』を始めてもらった。楽しかった?」
「うん、まぁ」
それなりには楽しかった。
「それはなにより。私も観客として楽しませてもらったよ。マジでRTAみたいな動きを初見でするんだから、もう裏で大爆笑」
「そう。で、これからどうするつもり?」
「君次第だ。私としても、ぶっちゃけ繰り返しに飽きたから、他のプレイヤーのことなんか気にせずにやめてもいいと思ってる」
「薄情だな」
「ははっ、君がいう?」
「……ふふ」
二人で笑い、心地良い沈黙が流れる。
――とその時、俺の本体が盛大に「へっくし!」とくしゃみをした。
「あーそうそう。言い忘れていたけど、私たちの本体って実は猫アレルギーなんだ。それなりに重度の」
「えっ、早く言えよ!」
重いアレルギーを軽く見てはいけない。肌が酷く荒れるし呼吸器にもダメージが入って最悪死ぬ。
だから俺はベッドから立ち上がって離れた。また本体がくしゃみをした。
「さて私、決断といこうか。神になった私たちには時空に干渉する力がある。それこそ文字化けさせて隠蔽しておいたアビリティ【チートコード:時間遡行】がある。だから問おう。君は『パンデモニウム・オンライン』いや――『魔物RPG』を続けるかい? それとも終わらせるかい?」
「そうだなー……」
正直なところ、どっちでもいい。
確かに仲間と暮らしたり旅したりして楽しかった。
でも、それだけなんだよな。
特に感動した思い出なんてない。
数カ月や数年単位で共に過ごせば、友情や愛着なんかを持てただろうけど……せいぜい一ヶ月くらいしか経っていない。そんな短時間で重い感情なんて持てるかって話。
けれど、終わらせるのもちょっと惜しい。
彼女は全部知っているかもしれないけど、俺にとってはまだまだ未知の世界だ。色々と楽しみたい。女神ルシエールの正体と本当の目的があるのかどうかも確かめたい。ついでに関わったプレイヤーはできるなら助けたい。
長考の末、結論が出た。
「続けよう。強くてニューゲームだ」
「ん、わかった。手を掴め」
立ち上がった彼女は俺の前で右手を伸ばす。
手を掴んで握手すると彼女は言った。
「君をログイン直後の世界に戻す。あとのことは全て任せるよ。何故ならこれは――君の物語だ」
彼女の余った左手が持ち上げられる。
指パッチン。
その瞬間、俺の視界は暗転した。




