第27話 女神ルシエール
サバを追い掛けていると、森の景色が変わり街に入った。
なんだここ? お菓子の街?
足元のタイルは四角いビスケット、街灯はキャンディ、鉢植えや花壇はチョコレート、カラフルで様々なデザインの建物はケーキ。
こんな街にいる住人たちは全てが女性。しかも背中に透けた羽を生やしている。
妖精かな?
走るサバと追い掛ける俺を見掛けても、彼女たちは気にしない。手に持っているお菓子を食べながら歩いたり、談笑したりしているだけ。
そのうち、外壁が白色に統一されている綺麗で立派な西洋のお城のような家に近づいた。
「……なんか小っちゃいな」
三階建ての家くらいの大きさで、ミニチュア感が漂っている。サバは正面のドアの下にある小さなドアを開けて中に入って行った。
とりあえずドアをノック。返事がない。
続いてドアノブを回せば普通に開いた。
「不用心だね。おじゃましまーす」
中に入れば、普通の家のような感じの内装だった。段差もなくフラットなので靴を脱がずに奥へ進む。
突き当たりのドアを開けると、その部屋は誕生日パーティーのような飾り付けが全体に施された食堂だった。中心にある長く大きなテーブルには沢山の豪華な料理やお菓子が並んでいて、ローマっぽい白い服を着た美女が一人、ティーカップを手に持って椅子に座っていた。
「女神ルシエール?」
「はい。女神ルシエールです。お待ちしていましたよ。チエ様」
疑問から出た声に反応し、女神ルシエールがニッコリ笑顔を返してくれた。
「何故、こんなところに?」
「色々と聞きたいことがあるのはわかります。ご説明しますので、ひとまず席に着いてはどうでしょうか」
勧められたので素直に彼女の向かい側に座る。
それに合わせて女神ルシエールはティーカップを置いた。
「何故、こんなところに? でしたね。簡潔に申し上げますと、私はプレイヤーの皆様が活動している世界へ行くことができない状態にあります。その為、別空間へのアクセス権を得たチエ様が現れたことで、接触するチャンスだと判断し、先んじてこちらで待機していました」
「なるほど。色々と聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「いいですよ。私も説明しなければと思っていましたから」
「じゃあまず、なんでログアウトできなくなった?」
「申し訳ございません。管理AIである私も調査したのですが、原因不明です。推測にはなりますが、何かしらの要因でサーバーとの接続が切断され、皆様の精神がゲーム内に取り残されたのだと思われます」
わおっ、思ったより事態が深刻だ。
「……なら、元の肉体はどうなっている?」
それなりに時間が経ってるから、腐ってるかもしれない。
「それに関しては心配いりません。ログアウト不可の不具合が起きた段階で、当時まだ機能していた私の権限によってこの世界の時間を可能な限り加速させています。その為、この世界での百年が現実では十秒程度になっていることでしょう」
「そっか。安心したよ」
俺は別にどうでもいいけど、他の人が生きて帰還できる可能性がゼロじゃないのはいいことだ。
「じゃあ次、メールが文字化けしたり、メニューが開けなくなったのは?」
「それも原因不明です。私の管理者としての権限が徐々に失われ、今現在では全ての権限が行使不能となっています」
え?
「つまり?」
「この事態の調査が不可能で、皆様を強制ログアウトさせたり、管理者権限でコードの閲覧や書き換えができません」
……つまりポンコツ女神ってことか。
最新ゲームの管理AIだろうに、役に立たないな。
でも、何か手段はあるはず。
「これからどうすればいい?」
「そうですね……とにかく死なないようにお願いします。今の私は死亡したプレイヤーを無条件にリスポーンさせる権限を持っていませんので、死亡した場合、プレイヤーがどういう状態になるのかわかりません。それと、私の説明したことを他のプレイヤーにも伝えてあげてください」
「わかった」
余計な混乱を生みそうだから知り合い以外に伝えないでおくよ。
「他には何かない?」
「他には……なら、可能であればで構わないのですが、魔王を目指してください」
「魔王?」
「はい。この『パンデモニウム・オンライン』は魔物の一生涯を体験できるゲームです。そして魔物の頂点として魔王の称号があります。これは一周年記念の時に発表されるアップデート内容なのですが、何故か、既に適用されています。こんな状況でもプレイヤーの皆様の楽しみを奪うわけにはいかないので、詳細な条件などは教えられませんが」
どうせろくでもない条件なんだろうな。
人間を一万人殺せとか。
プレイヤーを千人倒せとか。
「……まぁいいけど。魔王になったら何かあるの?」
「はい。魔王になったプレイヤーには死んだ者の復活や、進化の促進、格下の存在に対しての種族の強制変更、私の合意が必要になりますが迷惑プレイヤーの強制ログアウトなど、管理者に近い権能が与えられます」
「へぇ、その強制ログアウト機能を使って、プレイヤーをゲームの中から脱出させるということか」
「はい、その通りです」
なんだろう、絶対に上手くいかないって気がする。
「一応、やるだけやってみるよ」
「お願いします」
女神ルシエールが頭を下げた。
「話は終わり?」
「はい。私からは以上です。何か質問がございましたら、答えられる範囲で答えますよ」
「それなら幾つかある。これ本当にゲームなの?」
「……と、言いますと?」
「精神に直接作用するスキルが存在したり、NPCの思考や行動があまりにも現実的すぎる。異世界だと見紛うほどに」
俺の言葉に女神ルシエールは黙り込み、ティーカップを手に取って一口飲んでから口を開いた。
「正直なところ、わかりません。私はこのゲームを管理するAIであるという自覚はありますが、本来、こうして紅茶を飲んで料理やお菓子を食べ、プレイヤーの皆様と変わらない動きができるようには作られていません。NPCに関しましても、調査する術を失っていて、データ上の存在なのかどうか判別する方法がありません。ですので、チエ様がいう異世界になっているという可能性も否定できません」
結局、何もわからないということか。
ならもう用はないし帰ろう。
「説明ありがとう。会えて良かった」
「私もです。管理者として仕事が全うできず、とても暇でしたから」
暇なんだ。
「それなら、また会いに来るよ」
「はい。お待ちしています」
席を立ち、俺は食堂から出た。
ん?
紙……?
こんなのさっきは無かったはず。
廊下の壁に一枚の紙が貼り付けられているのが目に入り、手に取って裏返す。
『ゲームか異世界、君はどっちの結末がいい? 女神ルシエール』
「女神ルシエール?」
気になって回れ右して食堂のドアを開けると、パーティーの飾りもテーブルの上にある沢山の料理やお菓子も消えて質素な状態になっていた。
代わりとばかりにテーブルの上に皿が一つ。
皿の上には異臭を放つ腐ったサバが一匹横たわっている。
そして誰もいない。
なにこのホラーゲーム的な演出。
恐いから帰ろう。今すぐに!
俺はその場で【不思議の国】を発動し、白いドアから元の世界へと帰還した。




