第7話 好感度をあげよう!
というわけで無事に寮の割り振りも終了した。
その後は、授業のカリキュラムやら、その他諸々の説明を延々と聞かされ、ようやくガイダンスが一段落ついた頃には、お昼休みになっていた。
というわけでレッツ昼飯なのだが、もちろん一人で食べるなんてことはない。
アシュレイを昼食に誘う——ミッションスタート。
俺はそっと隣に座るアシュレイに視線を向ける。
アシュレイは机の上を片付けているようだ。
まだ誰も彼のことを昼食に誘ってはいない。
だが、さっきのガイダンスで、アシュレイの自己紹介に対する野郎どもの、聞き惚れていたような反応。
いつ声をかけられてもおかしくない。
ならば先手必勝! 声を掛ける!
……といいたいところだが、忘れてはいけない。
俺はユースティティア学院始まって以来の問題児で、前代未聞の落ちこぼれ。
目つきがヤバくて笑顔が邪悪、実家の地下にお気に入りのイケメンをペットとして監禁してる、危険人物なのである。
下手に声をかけて、アシュレイに断られてしまったらそれまでだ。
ここは慎重に事を進める必要がある。
……というわけで。
俺は視線をアシュレイから、とあるクラスメイトへと移す。
「リオン。一緒に昼メシを食おうぜ?」
「え……!? 僕……?」
自席に座っていたリオンは、自分の顔を指差して目を白黒させた。
「ああ、寮も相部屋なわけだしさ。仲良くしようじゃないか、はっはっはっ」
俺はまずリオンを昼食に誘うことにした。
ヤツとはこれから寮のルームメイトになるわけだから、誘いの口実としては自然である。
それに自己紹介の雰囲気を見るに、奴はおそらく気弱。
ぐいぐい押せば容易に折れるタイプだ。
昼飯を誘うくらい、朝飯前である。
だが俺の狙いは当然、リオンと二人で昼飯を食うことなんかじゃない。これもすべてアシュレイのため。
そう、アシュレイと一緒にお昼ご飯を食べるために、俺が取った作戦。
強引に攻めるよりも、第三者を巻き込んで自然な流れに持ち込むという作戦だ。
初対面でサシで食べるのは、アシュレイも躊躇するかもしれないが、他のクラスメイトも加えて、席が近い同士、グループで食べるという形にすれば参加のハードルも大分下がる。
アシュレイも断りづらくなるはずだ。
それに加えて、原作主人公のリオンと仲良くなっておけば、その分、俺の破滅フラグも遠ざかるわけで。
まさに一石二鳥のクレバーな作戦である。
天才だな、俺。
「えっと、僕が一緒でも、いいの……? 迷惑じゃない?」
「迷惑って、なんでだよ」
「いや、だって僕……皆と違って平民だし……」
「平民だからなんだってんだよ。一緒に飯を食っちゃいけないのか?」
「それは……」
リオンは、貴族と平民という身分差を、必要以上に気にしているようだ。
愚かな。
そんなもの、突然BL世界に放り込まれた俺が常に感じている、ナチュラルに盛り合うイケメン共との価値観の差に比べたら、あってないようなものだ。
「身分差なんて、そんなのいちいち気にしないって。少なくとも俺はな」
俺はそう言って、リオンに笑顔を見せる。
リオンは、ちょっと驚いたような顔をした後、 顔をほころばせた。
「あ、ありがとう……! じゃあご一緒させてもらうよ!」
「決まりだ」
計画どおり。
リオンはホイホイ俺の誘いにのってきた。
これでアシュレイも参加しやすくなったことだろう。
いざ、本命を誘わん。
俺は視線をリオンからアシュレイに移す。
「アシュレイ……くん」
「ん?」
声がけに応じて、アシュレイが俺の方に顔を向けた。
「昼食は一人か?」
「そのつもりだけど」
「そりゃよかった。これから俺達二人で一緒に食うんだけど。アシュレイくんも一緒にこないか?」
「私が? 君たちと?」
「ああ、せっかく席も近い同士なんだし。親睦を深められればと思って……」
アシュレイは、俺とリオンの顔を交互に見つめ、一瞬だけ逡巡するようにまばたきをした。
ダメか?
学園一の落ちこぼれと平民と一緒に食う飯はないか……!?
けれど、アシュレイは、すぐにふっと小さく息を吐くと、静かに頷いた。
「わかった。せっかくの誘いだ。ご一緒しよう」
「よっしゃ決まりだ!」
こうして俺たちは、三人で食堂に向かうことになったのだった。
***
ユースティティア学院の食堂は、見上げるほどの大空間だった。
高い天井には、重厚な梁が複雑に組み合わさり、その間に浮かぶ魔法の燭台が柔らかい光を放っている。
壁には、おそらくこの学院に縁があるであろう、魔法使いたちの肖像画がずらりと並び、その視線が、俺たちのことををじっと見守っているようだった。
食堂の中央には、長い木製テーブルがまっすぐに並び、その周りには、思い思いに食事を楽しむローブ姿の生徒たちが座っていて、和気あいあいとした空気だ。
漂ってくるのは、焼きたてのパンの香ばしい匂いや、スープの温かみのある香り。
あー、なんかフツーに腹減ってきたわ。
「……すごいなぁ。僕、本当にここまで来たんだなぁ……」
食事を受け取って、席についたリオンが、周りをキョロキョロと見回しながら、感心したように呟いた。
「やっぱり、めずらしいか? リオン」
そんなリオンの斜向かいに座った俺は、自分のパンにバターを塗ったくりながら聞く。
リオンは我に返ったように、俺の顔をみつめた。
「あ、そういう意味じゃ。いや……えっと、ごめん。貧乏くさい反応だったよね」
「別に。事実として、リオンはこれまで平民だったんだから。いきなりこんな王宮みたいな場所に放り込まれて、珍しく思うのは普通だろ」
俺はそう言って、バターを塗り終わったパンを口に入れる。
うん。うまい。焼きたてフワフワだ。
そんな俺の顔を、リオンはまじまじと見つめながら、どこかキョトンとしたような表情を浮かべている。
「なんだ? 俺の顔になんかついてる?」
「いや、その……」
リオンは、言葉を選ぶように視線をさまよわせながら、口を開いた。
「グレイ……さんって。なんていうか、聞いてた感じと、ちょっと違うね」
「と、いうと?」
「いやだって、グレイさんって、他の貴族の人たちから、すごい恐れられてるじゃん? だから僕みたいな平民には、尚更、容赦ないんだろうなって思ってたんだけど……」
リオンはそう言ってから、慌てたように手をバタバタさせた。
「あ! ゴメン! 別に悪口を言ってるわけじゃなくて!」
「はは。わかってるよ。気にすんなって」
俺は軽く笑いながら、手を振って答える。
「どうやら我が家の悪評は、ばっちり庶民のリオンくんにも伝わっているみたいだな。まあ、事実だから別にいいんだけど」
「事実なんだ」
「まあ、でも家は家。俺は俺だ。せっかく同じ学院でクラスメイトになったわけだし、俺はリオンと友達になれたらと思っている。仲良くしようぜ」
俺はそう言って右手を差し出す。
リオンはその手をぽかんと見つめてから……
「あ、ああ……! こちらこそ、グレイさん」
「呼び捨てでいいよ。タメ年なんだし」
「そ、そう? でも……やっぱり、グレイくんで!」
「おう、リオン」
俺とリオンは、そう言ってテーブル越しに握手を交わした。
それから俺は、自分の隣に座るアシュレイに視線を向けた。
「もちろんアシュレイくんも」
「ん?」
「色々と俺の悪評は聞いてるだろうけど、こうして君を昼食に誘ったのは、君と友達になりたいからなんだ」
「私と、友達に?」
「ああ! だから、仲良くしてくれると嬉しい。どうかよろしくお願いします。助けると思って、俺と友達になってください!」
そう言って俺は、アシュレイに右手を差し出す。
アシュレイはまっすぐ俺を見つめて……、ふと口端を、わずかに上げた。
「君は……面白いヤツだな」
わ、笑ってくれた!
アシュレイが初めて俺に向かって微笑んでくれた!
あーかわいい。一生守りたいこの笑顔。
アシュレイはそのまま、俺が差し出した手をそっと握り返してくれる。
「こちらこそ、友達になろう。グレイ・ブラッドレイ。私のことはアシュレイと呼んでくれ」
差し出した右手から伝わるアシュレイの柔らかな手のひらの感触。
その感触が俺の心臓のビートを跳ね上げる。
というか至近距離で改めてアシュレイの顔を見つめて思うんだが、やはりとんでもなく美形だ。
髪の毛は絹みたいにサラサラ。
三つ編みに結った髪をほどけば、もう完璧に女の子だろう。
顔のパーツは満遍なく整っており、特に目が綺麗だ。
髪色と同じくオフホワイトの透き通った瞳。
その瞳は長いまつげに彩られ、まるで宝石のように輝いている。
いつまでもこのきれいな瞳を見つめていたい。
吸い込まれてしまいそうだ。
「どうしたグレイ? 私の顔に何かついてるか?」
俺の視線に気づいたアシュレイが、小首をかしげる。
(いかん!)
俺は慌てて視線を逸らしつつ、握手の手をほどいた。
やべー思わずガン見してしまっていた。
これ以上、この距離で見つめ合っていたら俺の心臓がもたない。
ていうか手汗がやべえ。
大丈夫かこれ? 気持ち悪がられてないよね?
「あ……いや、なんでもない! 気にしないでくれたまえ。はっはっはっ……」
俺は胸の高鳴りを悟られないように、高笑い笑いでごまかす。
そんな俺の挙動不審な様子を、アシュレイは首を傾げたまま、見つめていた。
「そ、そうだ! せっかくこうして一緒に飯を食うんだし、改めて自己紹介でもしとくか! ほら、お互いのことをもっとよく知るチャンスだしな!」
俺がそう提案すると、アシュレイもリオンもうなずく。
こうして、俺たち三人は、不器用ながらもちょっとずつ、打ち解けはじめたのだった。
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