第38話 裁定者
俺達の前に立ったのは、ユースティティア学院生徒会長にして、この国の第一王子、アレクサンダー・スチュアート。
……いい加減、名前が長いな。
アレク先輩でいっか。
アレク先輩は、にこやかな笑みを浮かべながら、俺とセルヴィスを順に見渡した。
「あ、アレクサンダー……様」
セルヴィスはアレク先輩の顔を見つめて、バツの悪そうな顔でつぶやく。
その額に、見て分かるくらいの冷や汗が浮かんでいた。
生徒会関係者を呼んだのは、こいつ自身なんだが、まさか生徒会長が直々にお出ましするとは思ってなかったんだろう。
なにせアレク先輩は、この学院において数少ない、公爵貴族であるセルヴィスよりも位の高い人間だ。
もし、先輩が自分の意に反する沙汰を下したとしても、セルヴィスには反論の余地がないのである。
「アレクサンダー様! はやくこの不届き者を早くつまみ出してください!」
だからこそ、セルヴィスはすがるような声を張り上げる。
「この男は愚かな振る舞いで、ディアナイツを台無しにしようとしている! みすみす見過ごしては学院の名誉を汚すことになります! 生徒会として速やかな処分を学院にかけあって——」
「……グレイ・ブラッドレイくん。君に問いを」
だが、アレク先輩はそんなセルヴィスには一瞥もくれず、俺の顔を見つめた。
「なんすか……?」
「セルヴィスくんに決闘を申し込んだ理由は?」
その瞳は、深淵をのぞくように静かで、それでいてこちらの心を覗き暴かんとするような鋭さを湛えている。
たぶんこの人には嘘や誤魔化しは通用しない。
そんな確信にも似た直感を、俺は抱いた。
「腐った理不尽を——ぶち壊すためですよ」
だからこ、その視線を正面から受け止めて、ゆっくりと息を吐き出すように答えた。
誤魔化しが効かないなら、真正面から本音をぶつけるだけだ。
「ねえアレク先輩。貴方はこの国の王子様なんですよね? つまりはこの貴族の世界のてっぺんだ。悪いけど、この世界腐ってますよ?」
「腐っている、とは?」
「ゴミみたいな奴が、ただ貴族っていう肩書だけで、のさばってる。そいつらは、さも当然の権利のように、自分より立場が下の人間を、踏みにじって、支配して、人生まで奪おうとしてるんだ」
俺はちらっとセルヴィスを一瞥。
「ふざけんな」
小さくそう吐き捨ててから、視線をアレク先輩に引き戻した。
「そんな腐った理不尽の矛先が、今、俺の大切な親友に向いている。ぶち壊してやりますよ。そんなもんは。相手がどこの誰であろうと、邪魔するやつもまとめて全部、この血塗れのブラッドレイがね」
——たとえそれがアンタでも。
そんな意図を込めて、俺は涼しく言ってのけた。
アレク先輩は俺の言葉をじっくりと反すうするように、沈黙を置いてから、すっと目を細めた。
「気に入ったよ、ブラッドレイくん」
そして踵を返し、事態を見守る観衆の方に向くと、片手を掲げて高らかに宣言した。
「皆聞いてくれ。この決闘——この僕が立会人を務めよう!」
その瞬間、会場は水を打ったように静まり返った。それからどっと歓声と拍手が巻き起こる。
「ま、待ってください! アレクサンダー様……!」
想定される最悪の事態に事が運びつつあることを受けて、セルヴィスは顔を真っ青にして、喉をつまらせるように言葉を吐いた。
「なんだい、セルヴィスくん?」
「お言葉ですが……! 僕はこのクズの茶番に付き合うつもりはございません……!」
この期に及んで、セルヴィスは決闘を避けようとしているらしい。大げさな身振り手振りで必死に訴える。
「そもそも決闘は当事者双方の同意がなければ成立しないはず! このクズの挑発に乗せられて決闘を受けるなど、かえってギルモアの名を汚すだけだ!」
「まあまあ、落ち着いて考えてみてよセルヴィスくん。グレイくんは決闘条件を君に丸投げしているんだ。つまりこの決闘は、舞台も条件もなにもかも……君の好きにできるんだよ? そうまでして相手が君との決闘を望んでいるんだ。ここは公爵貴族として、その覚悟を汲んであげるべきじゃないかな」
「そんなこと知ったことか! 身分の低いクズの我儘に公爵貴族のこの僕が付き合う理由などない! 僕は絶対に——」
「セルヴィス・ギルモア」
まくしたてるセルヴィスを、アレク先輩は小さく笑いながら制した。
「それなら、どの立場で命じれば、君は僕に従ってくれるのかな? 生徒会長として? この国の第一王子として? それとも…………現アルカナクラウンとして?」
——え? アルカナクラウン?
今、この人アルカナクラウンって言った?
アレク先輩が、現在のアルカナクラウンなの?
マジで? この期に及んでどんだけ属性もちだよ、この人。
俺は思わぬ事実の明るみに、目をしぱしぱと瞬かせる。
アレク先輩はにこやかな笑みを浮かべながら、セルヴィスの足元に落ちた手袋を指差した。
「さあ、セルヴィスくん。拾い給え。この僕が決闘の成立を望んでいるんだ。君の言う身分が絶対という理屈に立つのならば、君に拒否権はない」
温和な声色とは裏腹に、その言葉には有無を言わさぬ威圧感が込められてた。
セルヴィスは、その言葉に押し潰されるように顔を歪め、わなわなと体を小刻みに震わせていた。
「……っ、ぐ……、なんで、僕が……」
観衆の期待。
そして、自分より上位の存在であるアレク先輩の意思。
それらの圧力を前に、ついに退路を失ったセルヴィスは、ゆっくりと膝を折った。
顔を伏せ、唇を噛み締めながら、地面に落ちた俺の手袋を拾い上げたのだった。
「決闘成立だ——」
それを見届けたアレク先輩の口元が、満足げに緩む。
「立会人アレクサンダー・シチュアートの名のもと、この決闘を学院の記録として正式に認定する!!」
その重々しい宣言に、セルヴィスは顔を引きつらせ、俺は拳を強く握る。
ここから先は、もう引き返せない。
俺と、セルヴィス。
腐った貴族社会の象徴と、それをぶっ壊したい俺の、真正面からの一騎打ちの始まりだった。
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