第39話 愛すべき夜
波乱に包まれたディアナイツが幕を閉じたあと。
「さあ、グレイくん約束だよ! 全部、理由を話してもらうからね!」
会場を出た俺とアシュレイに、一番に話しかけてきたのはリアムだった。
リアムは有無を言わせぬ勢いで俺に詰め寄ってくる。
「アシュレイくんに突然婚約宣言したのはなんで!? 乱入してきたセルヴィスと決闘するなんて言い出したのはなんでなのさ!?」
「ええと……それはだな」
温和で控えめなリアムが、ここまでグイグイ詰めてくるのも珍しい。
リアムの剣幕を前に、返す言葉を探しながらも、俺はちらりとアシュレイの顔を伺った。
ディアナイツで俺の取った行動の理由を明らかにすることは、すなわち、アシュレイの秘密を暴くことに他ならない。
もしもアシュレイがそれを望まないなら、俺の口からペラペラと事情を話すわけにはいかないのだ。
さて、どうしたもんかね……。
けれど、口ごもる俺に代わって、アシュレイはそっと視線を上げた。
「いいんだグレイ。リアムにも聞いてもらおう」
「……本当にいいのか?」
「ああ。ただ、流石に赤の他人に立ち聞きされたい話じゃない。少し、落ち着けるところで話そう。そうだな……今から君たちの部屋にお邪魔をしてもいいだろうか?」
アシュレイの提案に、俺もリアムもうなずく。
「それじゃあ行こう、二人共」
アシュレイはそう言うと、俺達に先立って歩き出した。
***
廊下を抜けて、マギナ寮の扉をくぐり、自室へと戻った俺達三人。
ただでさえ手狭な二人用の居室に三人が集まると、腰を下ろすにも苦労する。
仕方なしに、二台置かれたベッドの片方に俺とアシュレイが、もう片方にリアムが、それぞれ腰掛ける格好となった。
ベッドサイドに置かれた卓上ランタンの灯りを着けると、淡い光がじんわりと広がって、部屋の空気をやわらかく包みこむ。
その光に横顔をぼんやりと照らされながら、アシュレイは神妙な面持ちでとつとつと語りだした。
——セルヴィスがアシュレイの婚約者だったこと。
——家と家の力関係を背景に、強引に婚約を迫られたこと。
——そのせいで退学の危機に追い込まれていること。
アシュレイは、俺に語ってくれたのと同じように、自身が置かれた窮状を、包み隠さずに打ち明けていく。
その語りを、リアムはひと言も挟まずに聞いていた。
拳を膝の上でぎゅっと握りしめながら、眉を寄せ、真剣な面持ちを浮かべながら。
やがて、アシュレイの告白が終わると——
「そんなのって……ひどいよ……」
ぽつりとこぼれたその短い言葉には、怒りと悲しみ、何よりも親友を思いやる気持ちが滲んでいるような気がした。
「でも……そういうことだったんだね。グレイくんの取った行動の意味、やっとわかったよ。全部、アシュレイくんのためだったんだね……」
アシュレイはうなだれるように、ただ静かにうなずく。
「ま、アシュレイのためっていうか、俺がただセルヴィスのクソ野郎にムカついたってだけだけどな」
俺は、重たくなってきた空気をちょっとでも軽くしようと思って、わざと軽口っぽく言ってみた。
「だから、アシュレイ。そんな辛気臭い顔すんなって。元気だせよ」
「……悪いが無理だ。私の個人的な問題に君を巻き込んでしまったんだ。なぜあのとき、君に打ち明けてしまったのか……自己嫌悪の感情でいっぱいだ」
アシュレイは目を伏せて、膝の上で指を組み合わせながら、言葉を続ける。
「まさか君があの場であんな行動を取るなんて思わなかった。一体なにを考えているんだ君は……」
「あんな行動って……セルヴィスの奴に決闘を申し込んだことか?」
「当たり前だ……!」
アシュレイは唇を噛み、俺をにらんだ。
「わかっているのかグレイ? 貴族が貴族に決闘を申し込む行為の重さについて……!」
そう話すアシュレイの目尻にじわりと涙がにじむ。
「もしも決闘に敗れたら、君は…………地位も、名誉も、財産も……命すら! 何を奪われたとしても何も文句は言えないんだ! しかも相手は公爵貴族だ! 勝つためにどんな手を使ってくるのか想像もつかない! それを軽々しく……!」
「軽々しくなんかねえよ」
俺はアシュレイの言葉を制するように、きっぱりと言った。
「俺だって一応は貴族の端くれだ。お前の言う決闘の重さ……理解ってる」
「だったらなぜ、あんな行動をとったんだ!?」
「だから、セルヴィスのクソ野郎にムカついたんだって」
俺はアシュレイを見つめて言葉を続けた。
「アイツは俺の大切な友達を傷つけた。あんなクズの都合でアシュレイが学院を退学なんて、そんなのぜってー認めねえよ。たとえ死んでも邪魔してやる」
「グレイ……」
「アシュレイ。悪いけど、俺はこういう人間なのよ。煽り耐性ゼロって奴? なんせ悪役貴族だからな」
俺はそう言って肩をすくめて笑う。
アシュレイはそんな俺のことをじっと見つめ「ああ、君はそういう人間だ」と小さくつぶやいてから、力なくうなだれた。
「いつだって自分より他者を優先する……分かっていた……分かっていたはずなのに。私は……君に甘えてしまった……なんて弱いんだ……私は……なんでこんなに……」
「あのさあアシュレイ。前から思ってたけど、お前、一人で抱えすぎ。真面目すぎんだって」
俺はそう言ってアシュレイの背中をバシッと叩く。
「人に甘えることの何が悪いんだよ。一人の力で解決できないことでも、知恵と力を持ち寄れば解決するかもしんないだろ? ほら、昔から言うじゃん? 三人寄れば文殊の知恵ってな」
「……悪いがそのような言葉は聞いたこともない」
「ああ、そう? とにかく、俺たちは友達なんだ。しんどいときは、助けあうのは当然だろ?」
「グレイ……」
「それに出会ってばっかりの頃、魔法を使えない俺を助けてくれただろ? あの時の恩を今返さないといけないからな」
「うう……ううッ——!」
俺の言葉を受けて、アシュレイの目から大粒の涙が零れ落ちる。
泣き顔を隠すように、アシュレイは両手で顔を覆ってうずくまってしまった。
「おーよしよし、好きなだけ泣け」
「うっく……やめろ……頭をポンポンするな……ひっく……私は、子どもじゃないんだぞ……」
俺はアシュレイの言葉を無視して、頭をポンポンしながら、リアムに視線を移す。
「つーわけだ、リアム。アシュレイをここまでボロボロにしてくれたセルヴィスを、俺は決闘でぶち殺す。ブラッドレイ家訓——」
「舐められたら殺す、だよね?」
俺の言いかけた言葉を先取りするように、リアムが不敵に笑った。
「グレイくん。僕も同じ気持ちだ。アシュレイくんのことをモノみたいに扱って……悲しませて……絶対にセルヴィスのことは許せない」
そう呟いたリアムは、ぐっと唇を引き結んだかと思うと、強い眼差しを俺に向けてきた。
「僕も協力するよ。できることはなんでも」
「いいのか? 相手は権力だけは一丁前の公爵貴族だ。ついでに大層、庶民を嫌ってらっしゃる。お前にも、どんな嫌がらせをしてくるか分からねえぞ」
「だからこそだよ。相手がどんな手を使ってくるか分からないなら、こっちも万全の体制で迎え撃たなくっちゃ」
リオンはそう言って、顔の前に指を三本立てて見せた。
「力を合わせて立ち向かおう。三人寄れば文殊の知恵、でしょ?」
「……だな。頼りにしてるぜ、主人公」
リオンらしからぬ、その頼もしい言葉に、俺は笑みをこぼす。
隣でうずくまっていたアシュレイも、涙で濡れた頬をぬぐいながら顔を上げた。
「……ありがとう、グレイ、リオン。君たちに出会えて、友となれて、本当に良かった」
その口元には淡い笑みが浮かんでいた。
なんだか随分と久しぶりな気がするアシュレイの笑顔。
それが見れただけで、重たかった空気が、途端に和らいだような気がした。
「おーし! 打倒セルヴィス! 今日はその誓いの夜だ! あのクソ貴族を俺達は完膚なきまでに叩き潰す!!」
そう叫びながら、俺は勢いよく立ち上がった。
「本格的な決闘の準備は明日から! 勢い余って決闘の条件はセルヴィスの好きに決めていいって言っちゃったからな! どんなクソ条件を提示されるか想像もつかねえ! はっはっはっ! はーっはっはっ!!」
「笑い事じゃないだろう。本当に君はその場の勢いだけで行動しすぎなんだ。まったく……」
呆れたようにアシュレイが言うけれど、もうその目に涙は浮かんでいない。
「……でも、それがグレイくんのいいところ、だよね?」
「……まあ、長所と短所は基本的に裏返しだからな」
「うるせーぞアシュレイ、さっきまでメソメソ泣いてたくせに」
「な……私は泣いてなんか!」
「いや、号泣だったじゃねえか。そこ否定すんのは無理があるだろ。なあリオン?」
「うん、バッチリ泣いてたよ。でも普段とのギャップでなんだか可愛かったなあ」
「ううう……リオンまで。からかわないでくれ」
赤面するアシュレイに、俺たちは、互いに顔を見合わせながら笑い合った
さっきまでの重い空気はどこへやら。
今、この空間には、気が置けない仲間たちとの、和気あいあいとした空気が満ちていた。
この夜のことを、きっと未来で思い出そう。
それぞれが、それぞれの道を歩んだ後も。
それでも変わらない友情の軌跡として。
親愛なる仲間たちと過ごした、愛すべき夜の記憶として——
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