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第34話 大胆な告白は女の子の特権


 アシュレイは、そのまま流れるように俺をフロアに導き出すと、正面に立った。


「足を踏まないように気をつけてくれ」


 そう言って俺の背にそっと手を回すアシュレイ。

 その強引かつスマートな手つきに、俺はたじろぐ。


「ちょ、ま……! 近いってお前!」

「当然だろう? これから一緒に踊るんだから」

「いや、だから、俺は……」

「しっかり支えてくれよ、パートナー」


 俺が言葉に詰まらせている間に、アシュレイは更に体を寄せてくる。

 こうなると俺もアシュレイを支えるしかない。

 俺は彼女の腰のあたりに手を回した。


 互いにダンスの基本姿勢で向かい合う俺たち。

 やがて、周りの動きにあわせ、そっとステップを踏み出した。


 音楽の波に身を委ねるように、アシュレイが俺の不格好なリードに応えてくる。

 踊り慣れていない上に、異性とこんな至近距離で接近することなんて初めてだから、どうしても緊張してしまう。

 しかも相手は大本命のアシュレイだ。

 心臓がばくんばくんと、ドラムみたいに高鳴っていた。


「グレイ、ダンスを渋っていたわりには、上手じゃないか」

「……練習したんだよ。恥かかないように」

「努力家だな、君は」

「無様な姿をさらしたら、恥をかくのは俺だけじゃないからな……」


 俺の言葉に、アシュレイはくすりと小さな笑みをこぼす。


「君はいつもそうだな。常に誰かのために、自分を後回しにして動いている」

「そう見えるなら残念だったな。悪いけど俺は、常に自分のことで頭がいっぱいだよ」

「そうやって斜に構えて軽やかに振る舞い、ひねくれた言葉で、不器用な優しさを包む。本当に素直じゃないな、君は——」


 アシュレイはそう言って言葉を切ると、一度視線を足元に落とし、小さく息をついてから俺のことを見つめた。


「大好きだ。そんな君のことが」


 ……。


「は?」


 アシュレイから投げかけられた、あまりにも直球な言葉。

 その一言で、何もかもが止まった。

 音楽も、視線も、周囲の喧騒すら遠く、俺たち二人だけが、世界から切り離されてしまったような、そんな感覚に陥る。


「グレイ、止まるな」

「え、わ、わわ……!」


 ステップを踏んでいた足も止まってしまい、アシュレイの動きに引っ張られ、倒れそうになるのを必死で抑える。

 もつれた足を動かしつつ、なんとか体勢を整えた。

 アシュレイはそんな俺の様子にくすりと笑む。


「大丈夫か?」

「あ、ああ……悪い」


 息遣いさえ感じられそうな距離で、アシュレイは俺のことを見つめている。


 やばいやばいやばい。

 俺、今、たぶん顔真っ赤だ。

 俺は必死にアシュレイに返す言葉を探しだし、絞り出すように口にした。


「アシュレイ……お前、俺のこと……?」

「ああ、好きだよ」


 アシュレイは真顔でそう言い切った。

 その目は真剣で、とても冗談を言っているようには見えなかった。


 マジか。マジなのか?

 これは告白なのか。

 だとしたら突然すぎねえ?

 心の準備ってやつが……


「友として、そして一人の人間として。君のことを心から尊敬している。君は、私にとって背中を預けることができる、かけがえのない親友だ」

「アシュレイ……お前、そんなに俺のことを想って……」


 ……。

 え? 

 親友?


「親友って……友達として好きってこと?」

「そう言っているだろう」

「ラブじゃなくて、ライクのやつ?」

「? 何を言っているんだ君は」


 アシュレイはきょとんとした表情を浮かべる。

 俺の高まりきったボルテージが、急速に下がっていくのを感じた。俺は大きくため息をつく。


「なんだよ、そっちの意味かよ……」

「そっちとは? どういう意味だ?」

「い、いや。なんでもねえよ。そっか親友か……ああ、うん、めっちゃうれしいよ。ありがとな、アシュレイ」


 俺の顔から自然に笑みがこぼれる。

 拍子抜けしながらも、張り詰めていた気が楽になっていった。

 けれど、そんな俺とは対照的に、アシュレイは、まるで思い詰めたような真剣な眼差しで、俺を見つめ続けていた。


「だからこそ、教えてほしい……」

「え、なにを?」

「さっきの君の私に対する態度について」

「俺の態度?」

「君はなぜ私を避けようとした? もしかしたら、私は、なにか君を傷つけるような振る舞いをしてしまっただろうか?」


 アシュレイは、不安そうな顔でそう問いかける。

 その問いを受けた俺は、慌てて首をぶんぶんと横に振った。


「違う! 違うぞ! アシュレイはなんにも悪くない! 頼むからそんな顔するな!」

「じゃあ、なぜ私を避けようとした?」

「いや、別に俺は……避けてなんて……」

「嘘だ!」


 アシュレイが声を張り上げる。

 彼女らしくない、感情的な声だった。


「せっかく一緒に踊る約束をしていたのに……君は私と一緒に踊るのを避けようとした!」

「アシュレイ……」

「頼む……もし君に嫌われてしまったのかと思うと……不安なんだ……答えてくれ……」


 アシュレイの声は切実で、その眼差しは不安の色に揺れている。

 まさか俺のとった態度がアシュレイをこんなに傷つけてしまうなんて……


 猛烈な自己嫌悪に襲われながら、俺は心のままに口を開いた。


「……ごめん。悪かったよ。確かにさっきはお前のことを避けようとした」


 まず口にしたのは謝罪の言葉。

 次に伝えるべきは、なぜ自分がそんなことをしてしまったのか。行動の理由だった。

 

 それは俺が独りよがりで感じていた情けない心のモヤモヤを外に出すことに他ならない。

 内にとどまろうとする言葉を、必死に押し返した。


「……今日のアシュレイを見ていて、一人で勝手に劣等感を感じたんだ」

「劣等感? どういうことだ?」


 アシュレイが小さく瞬きをする。


「今日のアシュレイは、貴族として完璧で……社交界の中で堂々としてて……皆と話して、めちゃくちゃ楽しそうにしてた。一方の俺は、仮にも貴族なのに、貴族らしい振る舞いは何一つしないで、隅っこで一人突っ立ってただけだ。とてもじゃないけど、釣り合わねえなって――」


 自分でそう言いながら、情けなくて笑えてきた。


「――だから一緒に踊るべきじゃないと思ったんだ。アシュレイの大切な時間を、バカ貴族の俺なんかが取っちゃいけないってさ。それで断ろうとした。そんな独りよがりで情けない理由さ。バカ丸出しだろ?」


 俺の言葉に、アシュレイはしばらく言葉を返さずに黙っていた。

 やがてぽつりと「ああ、君は馬鹿だ」とこぼす。


「君が私に劣等感を感じることなんて、一つもないのに」

「こんな気持ちになるなんて、自分で自分にびっくりしてるよ」


 アシュレイは、そっと視線を落とすと、わずかに苦笑を浮かべながら言った。


「確かに私は、幼い頃から貴族としての教養や立ち振舞は身につけてきた。でも、本当に大切なのは、ドレスコードやマナーじゃない——」


 アシュレイはそこで一度、言葉を区切る。


「父がよく言っていた。貴族《私たち》にとって本当に大切なのは、貴族としての矜持を持っているかどうかだと——」

「貴族としての矜持?」

「自分のためじゃなく、力を持たない誰かのために行動すること。それが……私たち、貴族が果たすべき役割だ」


 アシュレイはわずかに目を細めて、ゆっくりと語る。まるでその言葉を何度も繰り返してきたような、ある種の愛しさを込めて。


「グレイ。君は、その矜持を持っている。私に足りないものを持っている。だから私は、君を心から尊敬している——」


 それから顔を上げると、俺の目をまっすぐ見つめて、言葉を続けた。



「だから、そんな君のことが、私は大好きだ」



 その言葉が俺の胸に落ちた瞬間、会場に流れていた音楽が変わった。軽やかなリズムから一転、しっとりとしたロマンチックな旋律へと変化する。

 それは、まるでこの瞬間のために用意された演出のようだった。

 アシュレイは何も言わずに、そっと俺の胸元に顔を寄せてくる。


「アシュレイ……」


 俺は驚きながらも、自然とその華奢な体を包み込むように、そっと腕を回した。


 距離が、ゼロになる。

 まるで抱きしめ合っているような距離感に、鼓動がひときわ強くなった。


 そのまま俺達は無言で音楽に身をゆだね続ける。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 ゆっくりと音楽は幕を引くように静まっていた。


 動きを止めて、見つめ合う俺達。


 アシュレイが伝えてくれた言葉。

 俺もまた、その言葉を重ねようとした。


「俺も——」


 ()()()()()()()()()

 そう伝えようとした、そのとき——


「……よかった。この学院を去る前に、最後に君と踊ることができて」

「え?」


 ()()()()()()()

 アシュレイの口からこぼれたのは、思いもよらない言葉だった。

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