第13話 忍び寄る影
図書館を後にした俺たちは、マギナ寮に向かって、薄暗い廊下を歩いていた。
夜の学院はひっそりと静まり返っていて、廊下の壁に等間隔に設置された壁灯の明かりが、ぼんやりと石造りの床を照らしている。
俺たちが歩くたびに聞こえる靴音だけが、夜の静寂を埋めていた。
「それにしても、感心してしまったよ」
「何が?」
「グレイは、真面目なんだな。初日からあんなに真剣に授業の復習をするなんて」
「別に褒められたもんじゃないだろ。俺はこれまで人並み以下に勉強をサボってたわけだから。学院を退学にならないためには、人並み以上に努力しないとな」
「君は、本当に前向きだな」
「前向きっていうか、頭が悪いから、自分が置かれている状況について、深く考えてないだけだな」
「ふふっ」
アシュレイはおかしそうにくすりと笑う。
「きっとグレイは大丈夫だ。今日の君を見ていて、私はそう思った」
「そう言ってもらえると心強いな」
「私にできることがあれば、友としていつでも手伝おう。遠慮しないでなんでも言ってほしい」
「いいのか? そんなこと言って。俺は遠慮なしにホイホイお願いしちゃう人間だぜ?」
「ああ。グレイが退学してしまったら、私も寂しいからな――」
アシュレイはそういって俺に笑いかける。
……おいおい、天使かよ。その笑顔ずるいって。
そんな顔で胸キュンのセリフを言われると、いい加減抱きしめたくなる衝動を抑えられないぞ。
いけるか?
いっちゃうか?
二人っきりだし。心なしかなんかちょっといい雰囲気だし。
それに今夜は満月だ。狼になるにはうってつけだぜ?
そもそもBL世界なわけだし、男同士の濃厚接触は許容されているはず。まあアシュレイたんは女の子だけど。
その華奢な体を思いっきり抱きしめて……
強引に押し倒して……その柔らかそうな唇を……無理やり奪って……
ハァ……ハァ……
「一つ聞いてもいいだろうか?」
「ハア、ハ……! え、なに?」
「グレイは、将来の夢を持っているか?」
「将来の夢? 俺の?」
唐突な質問に、俺はきょとんとしてしまう。
「なんだよ、突然」
「いつも真剣な君を見てて、少し気になったんだ。差し支えなければ教えてくれないか」
「将来の夢ねえ……」
俺は腕組みしつつ、天井を見上げた。
普通に考えて、君と幸せな結婚をすることなんだけど、それを面と向かって伝えるのは流石に時期尚早な気もする。
そもそものグレイとしての記憶を探ってみるけど、将来の夢っていうのには、何一つピンとくるものがない。
グレイはなんにも考えてなかったみたいだ。
ほんとボンクラだな、コイツ。
「悪い。夢って言われても、すぐには思い浮かばないわ。とりあえずはこの学院を無事に卒業するのが目標かな」
「そうか」
「そういうアシュレイは? なんか将来の夢あんの?」
俺はアシュレイに問い返す。
「私は……」
アシュレイは何かを口にしかけて……
あれ? なんか言葉を飲み込んだ?
「私は、跡取りとして家を継がないといけない。この学院を卒業して、立派な領主になるのが、私の夢だよ」
アシュレイはそう言って曖昧な笑顔を浮かべる。
その態度に少し引っかかったものの、とりあえず今は深堀しないでおくことにした。
「跡取りか。色々大変そうだけど、実家が太いってのは、なによりだよなー」
「残念ながら……我が家は辺境領地の弱小子爵家だからな。頭を悩ませる問題が山積みだよ」
アシュレイはふっと遠くを見るような目をした。
それから気を取り直すようにして、すぐに言葉をつなぐ。
「グレイの家は、兄が継ぐのか?」
「ああ、そうなるだろうな。親父もお袋も、俺にはなんの期待もしてないし、そういう意味ではお気楽なもんだよ」
「そうなったとき、君はどうするんだ?」
「うーん、そうだな……」
俺は宙を仰いでから、ふと、冗談半分に言ってみた。
「アストリッド家で使用人として雇ってくれね? 家事掃除ならそれなりに得意だぜ?」
アシュレイは一瞬きょとんとして、それから小さく吹き出した。
「毎日真面目に働いてくれるなら、考えておこう」
「お、マジ? やったね、これで学院を退学になっても安心だぜ」
「ふん、もし退学になったら、この話はナシだ」
「え、マジかよ。じゃあもっと勉強頑張らないとな」
「ああ、頑張ってくれ」
そんな軽口を交わしているうちに、俺たちは校舎棟の裏口を抜けて、裏庭にたどり着いた。
***
ユースティティア学院は、馬鹿でかい敷地をもっているんだけれども、構造自体はわりと単純だ。
敷地の中心には城かと見間違うほどのでっかい本校舎がそびえ立っていて、その北側にはこれまた立派な裏庭が備わっている。
裏庭には、ユースティティア像が水をたたえる噴水が設置されていて、そこから西に抜ければマギナ寮。東に抜ければウルザ寮……のはずだ、確か。
「えっと……こっちで合ってたよな?」
「いや、反対だぞグレイ。マギナ寮はこっちだ」
アシュレイは迷いなく反対側の道を指さした。
「ああ、そっかそっか。わりい勘違い……ん?」
俺も素直にそっちへ足を向けようとしたが、ふと目についた案内看板を見てギョッとする。
「いや、逆だぞアシュレイ。やっぱりこっちだ」
俺が指摘すると、アシュレイは一瞬きょとんとした後、それから気を取り直したように小さく咳払いした。
「……訂正しよう。こちらが正解だ」
いや、なんでそんな堂々と間違えるんだ。
もしかして、コイツ方向音痴?
とにかく道順の確認もとれて一安心。
そのまま、マギナ寮へと戻ろうとしたとき――
背後から、がさりと物音がした。
俺たちは音のした方を振り返る。
視線の先……ちょうど噴水のせいで死角となっていた物陰から、二人の男子生徒が姿を現した。
身にまとうローブのデザインから、二人がウルザ寮の生徒であることがわかった。
二人はにらみつけるように俺たちを見つめ、ゆっくりと近づいてくる。その手には杖が握られていた。
「……なんだお前ら?」
そいつらの雰囲気に、ただならぬものを感じて、俺は警戒レベルを引き上げる。
アシュレイも同様らしく、眉根を寄せて相手を見つめていた。
俺はアシュレイをかばうように、一歩前に出た。
ウルザ寮の二人は、どんどん俺たちとの距離を詰めてきた。
「ん……? あれ……?」
そいつらの顔に見覚えがあった。
「確かお前ら、セルビスの……」
その二人組は、昨日の昼食の時間にウザ絡みしてきた、セルヴィス・ギルモアの取り巻き達だった。
「なんだよ、俺たちになんか用か?」
「グレイ・ブラッドレイ……セルヴィス様から伝言を預かっている」
「あん? 伝言?」
「これ以上、アシュレイ・アストリッドに近づくな――とのことだ」
「はあ?」
セルヴィスの取り巻きAから告げられた言葉に、俺は眉をひそめる。
「突然そんなこと言われても、意味わかんないんですけど。近づくなも何も、俺とアシュレイはクラスメイトなんだから――」
俺がそう反論したそのとき。
取り巻きBがおもむろに俺の方に杖を向け……
「《アルデオ》――」
呪文を唱えた。
瞬間、杖の先端に赤々とした光が生まれる。
光は瞬く間に膨れ上がり、渦巻く炎の玉となった。
取り巻きBが振り下ろすように杖を動かすと、炎の玉はまっすぐこちらに飛び出してきた。
「あぶね――ッ!」
「きゃっ――!」
俺はとっさにアシュレイをかばうため、彼女の前に立つ。
炎の玉が俺に直撃するのを覚悟した。
だが、それは俺の足元に着弾。
炸裂音と共に、地面に小さな火柱が上がり、空気が焦げたような匂いで満ちた。
「大丈夫か? アシュレイ」
「あ、ああ……」
「よし」
俺はアシュレイの無事を確認してから、取り巻き達を睨みつけた。
「てめえら、なんのつもりだ?」
「今のは警告だ」
取り巻きAが無表情に、俺の問いに答える。
「警告?」
「もう一度言う。怪我をしたくなかったら、アシュレイ・アストリッドに近づくな。お前のような下劣な落ちこぼれが側にいることに、セルヴィス様は我慢がならないとのことだ」
「……断るといったら?」
俺の言葉に、今度は取り巻きBがニヤケ面を見せる。
「俺達が二度と近づけないようにしてやるよぉ~?」
取り巻きBはそう言って、杖先を再び俺に向けた。
今度は当てる……そういうことなのだろう。
「グレイ……」
俺の背後で、アシュレイが声を漏らす。
気丈を取り繕おうとしているようだが、わずかにその声が震えていた。
「大丈夫だ、アシュレイ。まかせとけって」
そんな彼に、俺は背中越しに声をかけた。
(とりあえず連中の目当ては俺なわけだし……最優先すべきはアシュレイの安全だな)
「わかったわかった、離れるから、落ち着けって」
俺は両手を上げると、アシュレイの元からゆっくりと離れていく。
「ほーら、望みどおりアシュレイから離れたぞ? これで満足か?」
「そのまま、失せろ」
取り巻き達の杖先は、相変わらず俺の方を向いている。
俺が妙な動きをしたら、速攻で魔法を放つつもりらしい。
ただ、コイツらの命令どおりにこの場を去ったら、残されたアシュレイくんがどんな目に合うかわからない。
俺は今後の立ち回りを、脳みそをフル回転させて考える。とりあえず時間かせぎのために、軽口を叩いてみることにした。
「つまりオタクらは、セルビスくんの使いっ走りってわけね」
「……なんだと?」
「大変だよなあ。こんな時間まで、この寒空の中、ずっと俺達のこと待ってたってわけでしょ? ホントご苦労さま。そのハチ公なみの忠誠心泣けるわマジで」
「てめえ……! その口を閉じねえとマジで……!?」
俺の安い煽り文句に、まんまと乗ってきたのは取り巻きBだ。
顔が怒りで真っ赤になっている。
その反応を見て、俺は内心でしめしめとほくそ笑む。
数で劣る不利な状況で、まず優先すべきは相手のリズムを乱すこと。
そして自分のペースに引きずり込むことだ。
魔法の発動に注意しながらも、俺は軽口を続けた。
「でもさ、いいの? こんなことしたら、さすがにオタクらも不味いんじゃない? 学院の敷地内でさぁ、しかも無抵抗の善良な生徒相手にさぁ、魔法使っちゃってさあ。ほらどうすんのこれ。中庭のキレーな芝生が、オタクの魔法のせいで焦げちゃってるじゃない。先生に言っちゃうぞ~」
「好きにしろブラッドレイ。お前はセルヴィス様のことを侮りすぎだ」
俺の言葉を受け、取り巻きAが鼻で笑った。
「ギルモア公爵家の権力は本物だ。学院との関係も深い。いくらお前がわめいたところで、誰も相手になんてしない。少し考えればわかるだろ?」
「ナルホドね、何か起きても、権力でもみ消すってことね」
俺は肩をすくめた。
ホントにコイツラは情けねえな。
身分だ公爵家だって、結局家の力をアテにしてるだけじゃねえか。
やべ、段々ムカついてきた。
俺の中のブラッドレイの血が、コイツらをボコボコにしろって叫んでいる。
(やっちゃうか。うん、後のことは、やってから考えよう――)
俺は挙げていた両手をゆっくりと下ろす。
途端に、取り巻きたちの杖先に赤い光が灯った。
「妙な真似をしてみろ。次は当てるぞ?」
「ひゃひゃっ、つっても、《ルークス》一つ満足に使えないお前じゃ、俺たちに絶対に勝てないけどなぁ」
取り巻きBが下品に笑いながら、俺のことを指さす。
Aも見下すように鼻で笑ってやがる。
あーもう決定。お前らぶっ潰す。
ブラッドレイ家の家訓、復唱。
舐められたら殺す。
「確かに、俺は《《一般魔法》を満足に使えない落ちこぼれだ。だけどな、そんな俺にだって、使える魔法はあるんだな」
「なに?」
俺は取り巻きたちをまっすぐ見据えて、不敵に笑った。
「見せてやる。落ちこぼれ、グレイ・ブラッドレイの《《固有魔法》をな――」
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