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第10話 本当のわたし《sideアシュレイ》

 ユースティティア学院の寮は、就寝の時間を迎え、あたり全体が静寂に包まれている。

 生徒たちは各々があてがわれた部屋に戻り、入学初日の疲れを癒すために眠りにつこうとしていた。


 そんな中、アシュレイ・アストリッドは、自室の窓際に備えられた片袖机に座っていた。

 窓の外からは月明かりが柔らかく差し込み、手元を優しく照らしている。

 アシュレイは窓から差し込むその月明かりを頼りに、羽ペンを握って、手紙をしたためていた。




 親愛なるお父様とお母様へ――

 ノースリムの束の間の春を、いかがお過ごしでしょうか。

 

 さて、本日私は、ユースティティア学院への入学を無事に果たしました。

 組分けの儀の結果、所属するクラスはマギナとなります。

 お父様もユースティティア学院在籍当時はマギナで過ごされたと伺っています。こうして私もお父様と同じ学舎で、青春のひとときを過ごせること、とても誇りに思っています。


 ユースティティア学院の広くて立派な建物や、学びの環境には圧倒されるばかりですが、これからの日々を楽しみに思っています。

 アストリッド家の名に恥じぬよう、この学院で研鑽を積んでいきたいと思っています。


 それと早速、友人もできました。

 一人はグレイ・ブラッドレイ。

 実は彼は学院一の問題児と噂されている人です。

 こう書いてしまうと、お父様のことです。

 心配してしまうかもしれませんね。


 でも、実際に話してみると、悪い人ではなく、むしろ……正直、驚かされました。

 勇敢で、まっすぐで、愉快な人です。

 それに理由はわからないのですが、彼は私にとても良くしてくれている気がします。


 もう一人はリオン。

 彼は平民出身ですが、素直で穏やかな人となりです。


 まだ出会って間もないですが、二人とも、とても温かい人たちだと思います。

 お母様は、私に友人ができるか、とても気にしていましたね。

 心配は無用です。私はよき出会いに恵まれたと思います。




 アシュレイはそこで手紙を記す手を止めた。

 気づくと、自分の頬が緩んでいることに気づく。


 ふと、脳裏にグレイの顔が浮かんだ。

 今日の昼休み、公爵貴族であるセルヴィスに堂々と立ち向かった彼の姿だ。


「格好、よかった。とても……」


 毅然とした態度と強い意志を宿したまっすぐな瞳。

 公爵貴族に対して、真正面からあれだけの啖呵をきれる人はそうはいない。

 グレイの態度は確かに少し不真面目かもしれないけれど。

 それでもアシュレイには、権力に怯むどころか、それを笑い飛ばしてしまうようなその軽やかな姿が、とても眩しく見えた。


 グレイが持つ強かさとたくましさ――

 それはアシュレイ自身に足りないものだと思えたからだ。


 ひるがえって、あのときの自分ときたら。

 友人を罵倒されたにも関わらず、それを諫めるどころか、止めることすらできなかった。

 心底、情けなかった。

 貴族にあるまじき自分の振舞いを思い出し、アシュレイはギュッと拳を握る。


「……私も、グレイみたいに強い人間だったら、いいのに」


 無意識にこぼれた自分のつぶやきが、あまりに女性的なものだったことに気づき、アシュレイはハッとして背後を振り返る。


 ルームメイトがすでにベッドの中で既に寝息を立てている姿を確認して、アシュレイは胸をなでおろした。

 そのつぶやきが誰にも聞かれていないと分かっていても、気まずさが胸をざわつかせた。


「こんなことじゃダメだ。私は、強く在らないといけないんだ」


 自分をたしなめるように小さく呟いた後、机に向きなおり背筋を伸ばす。


 アシュレイは書きかけの手紙に視線を戻し、筆を走らせた。

 そこから先は、筆を走らせる手が急に重くなった。




 ――今日、セルヴィス・ギルモア様ともお会いしました。

 やはり、とても立派な方で、学院内でも多くの人に慕われているようです。



 アシュレイは、そこまで書くと再び筆を置いてしまった。


 白々しい嘘だ。

 自分でもそう思う。


 今日のセルヴィスの態度は、とても「立派」とは言えないものだった。

 権力に傘を着て、初対面の人間に対して、無礼に振る舞う。

 その姿は公爵貴族として、いや人間として未熟すぎる振る舞いだった。

 けれどセルヴィスの真実の姿を家族に知られたら、いたずらに心配をかけてしまうだけだった。


 セルヴィス・ギルモアは、アシュレイにとって……いや、アストリッド子爵家にとって、無視できない存在である。



 なぜならセルヴィスは、()()()()()()()()()だからだ。



 セルヴィスのことは、子供の頃から知っていた。

 同じノースフォーク地方を治める公爵家と子爵家という立場上、上下関係という形で家同士の付き合いがあった。


 セルヴィスはギルモア家の四男。

 幼少の頃からセルヴィスは、癇癪持ちで、自己中心的な性格。

 彼は自分の欲しいものを手に入れ、気に入らないものは徹底的に排除する。

 ギルモア公爵家の権力が、それを可能にしていた。


 そんなわがまま放題の振る舞いも、周囲は「坊ちゃまのご機嫌を損ねてはならない」と見て見ぬふり。

 自分以外のすべてを見下していて、領民からの悪評は、幼いアシュレイの耳にも届いていた。


 もちろんそんなセルヴィスにとって、アシュレイはただの弱小子爵の一人息子に過ぎず、歯牙にもかけない存在だった。


 だが、そんな関係が一変したのが三年前。

 初めてアシュレイが社交界に参加した、デピュタントホールの夜のことだった。

 ふとしたことがきっかけで、()()()()()()()()()()()が、セルヴィスにばれてしまったのだ。

 本当のアシュレイに一目惚れしたセルヴィスは、そのまま、権力に物を言わせて、強引に婚約を迫ったのだ。


 あのときのセルヴィスの、まるで品定めをするような視線を向けてきた、下種な瞳を今でも思い出す。

 その瞳に宿った醜悪な支配欲や、当然のように人のことを見下した傲慢な言葉。

 この三年間、婚約者としてセルヴィスから向けられてきたものは、いつもアシュレイを辟易させてきた。


 この男は、救いがたいほどのクズだ。

 それが、セルヴィス・ギルモアという人間に対して、アシュレイが下した評価。


 けれど、公爵家との婚姻は、弱小子爵家であるアストリッド家として、利が大きいものだった。


 家のために必要な縁談。

 アシュレイの私情で、それを拒むことはできなかった。


 仮にアシュレイが婚約を拒んだとしたら、ギルモア家からどのような報復があるかわからない。

 公爵家が持つ力は強大。そうなった場合、アストリッド家は容赦なく押しつぶされてしまうだろう。


 アシュレイはセルヴィスと婚約を果たさなければならない。

 理性ではとうに割り切っているのだ。

 父と母をはじめ、一族が必死に守り続けた家を、自分のわがままで崩壊させるわけにはいかない。

 

 でも、この先、彼のそばで生きていく未来を考えると、心の中では叫びたくなる。



 ——どうして、私なの!?



「……ダメだ。今日はここまでにしよう」


 セルヴィスとの未来を思い描くたびに、心がどんどん暗く重くなっていくことを感じる。

 アシュレイは筆を置いて、そっと席から立ち上がった。

 

 部屋は相変わらず静まり返っている。

 アシュレイはルームメイトが引き続き眠っていることを確認してから、物音を立てないように、部屋の隅に置かれた大きな姿見鏡の前まで移動した。


 鏡面に映るのは、学院の制服に身をまとった少年の姿。

 我ながら、完璧な変装である。


「ふう……」


 溜息をついた後、アシュレイは三つ編みを結んでいたリボンを解き、髪を下ろす。

 それから、寝巻きに着替えるために、制服を脱ぎ始めた。

 制服のボタンを外し、シャツを脱ぐ。

 その下に現れたのは、胸を平らに押さえつけるように巻かれたサラシだった。


「少し苦しいな、巻き直したほうがいいだろうか……」

 

 アシュレイは、そう小さく呟いて、サラシを一巻きずつ解いていく。

 徐々に締め付けから解放され、白くふくよかな胸元が柔らかく膨らんでいった。


「むむ、前より大きくなってきた気がする。まったく」

 

 そしてサラシをすべて解いた後、鏡の中には、本来のアシュレイの姿――一人の少女が映っていた。


 アシュリー・アストリッド。


 彼女はノースフォーク地方の子爵家の一人娘だ。

 けれど、現在の貴族制度において、女性は領地を継ぐことができない。

 そのため、アストリッド家を守るために、「アシュレイ」という男装の仮面を被り続けてきたのだ。


 彼女の本当の性別を知るものは両親と、婚約者であるセルヴィスも含むギルモア公爵家のみ。


「グレイも、リオンも……本当の私を知ったら……どう思うんだろうか」


 鏡越しに、自分の女性としての姿を見つめながら呟く。

 今日の出来事が頭をよぎる。二人が自分に向けてくれた笑顔や言葉が、心に暖かい余韻を残していた。


 けれど、その暖かさが胸を締め付ける。

 せっかくできた友人に、嘘をついている。

 本当の自分を隠している。

 それが彼女の心に、暗い負い目を生んでいた。

 

 せっかくよき友になれるかもしれないのに、もしもこの秘密がばれたら、二人はどう思うだろう?


 彼らの信頼を裏切ることになるのではないか。

 気持ち悪いと思われてしまうんじゃないか。


 「本当のことを言えたら、どんなに……」

 

 アシュリーは、鏡の前で手を胸元に当てた。手のひらを押し返す柔らかい感触は、男性としての自分の存在を、まるで拒絶しているようだった。


「何を馬鹿なことを考えているんだ、私は」


 かすかな声で自分に言い聞かせると、再びサラシを巻き始めた。本当の自分を覆い隠すために。

 そうして寝巻きに着替え終わったアシュレイは、ようやくベッドに潜り込む。

 窓の外では月明かりが静かに寮を照らしている。


 瞼を閉じると、暗闇にはぼんやりとグレイの笑顔が浮かんだ。

 

「おやすみ、グレイ――」

 

 小さな囁きとともに、アシュレイは眠りに落ちていった。


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