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第9話 レスバ(ざまあ)


 このままセルヴィスに言われっぱなしのままじゃ収まりがつかない。

 改めて、自分の心の中に芽生えている、反骨心みたいな感情に自分で驚いている。

 

 おそらくこれは俺が転生したグレイ・ブラッドレイが持つ本来の気質(パーソナリティ)によるものだと、自分で自分を納得させることにした。

 

 さすが学園一の問題児。

 血塗れ(ブラッディ)のブラッドレイ。

 煽り耐性はゼロというわけだ。


「――なんだい、ブラッドレイ。なにか僕に言いたいことでも?」


 セルヴィスは振り返り、冷笑を浮かべたままこちらを見つめてくる。


「言いたい事というか、シンプルに疑問なんですけれど……」

「言ってみるがいい。発言を許可しよう」


 本当にこいつは何様だ?。

 俺たちクラスは違えど同級生のはずだよな?

 なんで一々発言するのに、テメエの許可を求めないといけないんだよ。


 俺は、内心、セルヴィスの態度に対して苛立ちながらも、なるべく軽い調子を装いながら問いかけた。


「さっきから話を聞いていると、セルビスさんは随分とマギナのことを見下しているようですけれど、それって何か理由があるんですか?」

「そんなもの今更、説明する必要があるとでも?」

「ぜひ、おたくの口から説明していただけると助かりますねえ。ほら、俺は一応貴族ですけど、この学院にはおこぼれで入学させてもらった立場ですし、リオンくんに至っては平民ですから。へっへっへ……その辺の事情に疎いものでして、すんません」


 セルヴィスは眉間にしわを寄せ、俺をじろりと見下ろす。

 それからフンと鼻を鳴らしながら続けた。


「簡単な話だ。そもそもマギナとウルザでは、そこに振り分けられる《《生徒の格》》が違う」

「格?」

「ウルザに振り分けられるのは、最低でも伯爵家以上の家柄を持つ者が大半だ。そしてウルザには入れなかった落ちこぼれをすくい上げる補欠組がマギナ。そもそもウルザとマギナの間には絶対に超えられない壁があるんだよ」

「なるほど……簡単にいうとマギナとウルザじゃ生徒の家柄が違うと、そうおっしゃいたいわけですね?」

「そのとおりだ。これはユースティティア学院における不文律。こうしていちいち説明を求めること自体、恥ずべき行為だと自覚したほうがいい」

「ご忠告感謝いたしますね」


 俺はニコニコ顔を崩さずに、セルヴィスにお礼を口にする。

 もちろん皮肉たっぷりなのは言うまでもないけどな。


「……ということはウルザに振り分けられたセルビスさまも、それはもうさぞかし格の高い名家の御出身なんでしょうねえ」

「本当に君は、僕たちの社会について、右も左もわかっていないようだな。それで本当に貴族か?」


 俺の問いにセルヴィスは、ため息をつくようにして答える。

 それから大げさなジェスチャーで腕組すると、視線をアシュレイ君に向けた。


「アシュレイ、無知なるブラッドレイくんに、ぜひ僕の家のことを紹介してやってくれるかい」

「わかりました……」


 突然話を振られたアシュレイは、戸惑いながらも、セルヴィスの促しに応じて口を開いた。


「セルヴィス・ギルモア様は、ノースフォーク地方の領地の広範を治める大貴族、ギルモア公爵家の御子息です」

「なるほど、公爵家……」


 俺はグレイとしての知識というより、前世で培った異世界転生の貴族社会の知識を引っ張り出して、ようやくセルヴィスがここまで偉そうに振舞える理由について、思い至ることができた。


 公爵家といえば、貴族の爵位の中で、最高位。

 つまりこいつは筋金入りのボンボンなのだろう。

 親の七光りで好き放題振舞って、何一つ苦労せずにここまでやってきたこと、想像に難くない。


 アシュレイと顔見知りなのも、同じノースフォーク地方を治める家と家同士の付き合いがあるといったところだろうな。

 確かアシュレイの家は子爵だったから、公爵家の人間には逆らえない立場なんだろう。


「これでわかっただろう? ブラッドレイくん。僕たちと君たちとでは、文字どおり貴族としての「格」が違う。それが理解できたなら、これからはこの学院内でウルザの生徒に対して、不敬な態度は控えたほうがいい。君がこの学院で不自由のない生活を送りたいと望むなら、ね」


 セルヴィスは尊大な口調で、そう言い放つ。

 

 まったく、好き勝手な理屈で言いたい放題できて、さぞかし気持ちいいことだろうな。


「ええ、おかげさまでよーく理解できましたよ」


 さて、ここらからは俺の反論ターンである。

 相手がいつまでも黙っているばかりだと思うなよ。

 

「オタクらウルザの皆さんは、家柄っていう下駄で高い高いしてもらって、ようやく俺たちマギナと同格ってことなんですねぇ」

「なん、だと……?」


 セルヴィスの顔に困惑の色が浮かぶ。

 しかしそれも一瞬。すぐに鋭い目つきへと変わった。

 俺はヤツの感情を逆撫でするように、あえて軽く肩をすくめてみせてた。


「だってそうでしょ? オタクの言う、この学院の不文律とやらがどれほどのものかは知りませんけれど、少なくとも学院の公式な見解としては、マギナとウルザの生徒は平等な立場にあるはずです。だって入学式典でもオリエンテーションでも、そんな説明なーんもありませんでしたからね」


 俺は不敵な態度を崩さずに言葉を続ける。


「――となると、ウルザの生徒たちが家柄というアドバンテージがある事実を差し引いて、純粋に学生の質(クオリティ)を考えるなら、マギナの方がウルザより上ってことになりません?」


 俺のその反論はもちろん周囲にも聞こえている。

 周囲の生徒たちから……おそらく皆マギナ寮の生徒たちだろう。クスクスと笑い声が漏れるのが聞こえた。

 彼らにしても、セルヴィスの勝手な理屈で一方的に下に見られるのは、面白くないはず。

 俺がセルヴィスに言い返しているのを聞いて、溜飲を下げていることだろう。


 セルヴィスはそんな周囲の笑い声に顔をしかめつつも、それでもなお口元には薄ら笑いを貼り付けたまま、俺に言い返してくる。


「ほう……君のような下級貴族の問題児が、公爵貴族であるこの僕に対してずいぶんと偉そうなことを言うものだね。そんな口を利いて、どうなるか分かっているのか?」

「どうなるか? いやぁ、さっぱり見当もつかないんですけど。どうなっちゃいます、俺? ひょっとして、お屋敷に呼び出されて、高級紅茶でも振る舞われるとか?」


 俺はわざとすっとぼけてみせる。

 セルヴィスの頬が徐々に赤くなり始めるのを見て、心の中でガッツポーズだ。

 

 ヤツはイライラしてる。

 

 相手から余裕を奪い取った以上、この戦いもはや勝ったも同然だ。

 孫子曰く、レスバでは先に顔を真っ赤にした方の負けなのである。


「分からないならもう一度僕の口から直接教えてやる! 僕はギルモア公爵家の嫡男、セルヴィス・ギルモアだ! 言っておくが学院内でもギルモア公爵家の力は通じている。この学院で僕に逆らえば、ただじゃ済まないぞ! それがわかったら身の程をわきまえろ!」

「ほら、そうやってすぐに家柄に頼る。それって『ボクちんは、パパとママの力を借りないと、なんにもできない赤ちゃんでちゅバブー』って自分で宣言していることに他なりませんよ」

「なんだと!?」


 セルヴィスの表情が真っ赤になる。

 俺は畳みかけるように、煽りを浴びせた。


「それにさ、セルビスさん。さっき俺に『身の程をわきまえろ』って言いましたよね? オタク自身の言葉をそのまま借りるなら、公爵家の跡取りが、弱小貴族の三男坊や平民をいちいち目の敵にして、ほんのちょっとでも反論されたら顔を真っ赤にして取り乱すのは、果たして公爵家の身の程をわきまえた行いなんですかね?」

「な……!」

「公爵家の器、小さすぎ――!? って、俺なんかは思っちゃいますよねえ」

「き、きさ……! きさま……!!」


 俺の言葉にセルヴィスは、怒りで顔中を真っ赤にして反論しようとしたが、すぐには言葉が出てこないようだった。

 おまけとばかりに、俺はすかさず煽りまくる。


「あれれー? 黙っちゃうんですか? 公爵貴族なのに、落ちこぼれクズ貴族の戯言《ざれごと》に、反論一つできず黙っちゃうんですか? おかしいなー、公爵貴族様だったら、もっと堂々と反論してくれると思ったんだけどなー」


 俺の軽口に周囲の笑い声がまた広がる。

 どうやら周囲からは、完全に俺がセルヴィスを言い負かしているように聞こえるらしい。

 

 まあ、事実そうなんだけどな。

 確定だわ。セルヴィス・ギルモア。

 こいつは家柄に鼻をかけるだけの、ただのボンクラ貴族だわ。


「こここここ、この僕を侮辱しやがって!」

 

 というわけで、口論で敗北濃厚のセルヴィスは、もう耐えきれないとばかりに声を荒げた。


「ああ、バカにしているってようやく気付いてくれた? でも勘違いするなよ。先に喧嘩を売ってきたのはオタクの方だ」


 俺はそこまでいうと、おもむろに席から立ち上がる。


「いい機会だから教えてやるよ――」

 

 そう言って、セルヴィスの目の前まで歩み寄り、ヤツの顔を射抜くように見つめた。


「ブラッドレイの家訓――《《舐められたら殺す》》」

「き、貴様ッ……!」


 セルヴィスはローブの胸元に、さっと手を差し入れる。

 懐から魔法の杖を取り出すと、その先端を俺へと向けた。


 「もう許さないぞ……!」

 

 セルヴィスは杖を俺に向けたまま、呪文を口走り始めた。その声に呼応するように、杖先が淡く光を放ちだす。


「セルヴィス様! いけません、ここでは!」


 そんな様子を見ていた取り巻きの片割れが、慌ててセルヴィスの肩を掴み、声を上げた。


「止めるな! ここまで侮辱されて引き下がれるかッ!」

「セルヴィス様! 周囲を見てください! この場でこれ以上騒ぎを大きくしては……!」


 セルヴィスは、怒りに顔を歪ませつつも、その言葉で少し冷静になったらしく、周囲をキョロキョロと見渡す。

 いつの間にか、食堂内のほとんどの生徒たちがこちらを注目していた。

 そのうえ、この場で魔法なんて放っちゃった暁には、騒ぎが教師の耳に入るのも、時間の問題だと思われた。


「学院内における私的理由での魔法行使は、校則で禁じられています。いくらセルヴィス様とはいえ、この場で私闘行為を行ってしまっては……!」

「……チッ」


 セルヴィスは大きく舌打ちをして、杖を引っ込めた。

 取り巻きたちが安堵のため息を漏らす中、セルヴィスは俺を鋭く睨みつける。


「グレイ・ブラッドレイ。貴様の名前、絶対に忘れないぞ。僕を侮辱したこと、絶対に後悔させてやるからな」

「そりゃどうも。でも俺は多分オタクの名前を割とすぐに忘れちゃうと思います。ほら、どうでもいいことってすぐ忘れるものじゃないですか」

「……! 絶対に後悔させてやるぞ!!」


 セルヴィスは捨て台詞を残すと、肩を怒らせながら食堂を出ていった。その後ろ姿を見送りながら、俺は静かにため息をついた。


 セルヴィスが去った後、食堂は再びもとの日常の喧騒を取り戻し始める。けれど、俺たちのテーブル周りだけは、少しだけ特別な空気が漂っていた。


「グレイ、くん」


 斜め向かいに座るリオンが、ぽつりと俺の名前を呟いた。


「ん、どうした?」

「いや……君ってすごいんだなって思って」

 

 彼は目を輝かせながら、真っ直ぐ俺を見ている。


「なんだよ急に」

「だって、セルヴィスみたいな貴族を、あんな風に言い負かすなんて……僕、正直、感動しちゃったよ。ありがとうグレイくん、僕の分も、まとめて言い返してくれて」

「別にお礼を言われるようなことはしてねえよ。ただ、俺がムカついただけだ」


 俺はそう言ってから、隣に座るアシュレイに顔を向けた。


「アシュレイ、悪かった」

「え……?」

「アイツと知り合いなんだよな? それをあんなに怒らせちゃって。もしかしたら……いや、絶対迷惑かけちゃうよな。俺のせいで……」


 俺の言葉に、アシュレイは目を大きくして、驚いたような表情を見せる。

 けれど、それは一瞬。小さく首を振ってから、目を伏せた。


「いや……むしろ、謝るのは私の方だ。すまない。君たちが侮辱されるのを、私はなにも言い返せなかった。私は——」

「気にすんなって。色々家の都合とかあるんだろーし。な、リオン?」

「うん、僕も全然気にしてないから。むしろ後先考えずに公爵貴族に歯向かったら、それってただのバカだよ」

「なんか俺ディスられた?」

「あ、いや……! そういう意味じゃなくって!」

「そーかそーか、リオンくんから見て、俺は考えなしのバカ貴族か。そんな風に思われたかー、あー傷ついたなー、ショックだなー」

「違うってば! 僕は庶民の常識として、言っただけで……! グレイくんはすごくかっこよかったよ!?」


 俺とリオンの漫才みたいな掛け合いを受けて、アシュレイは一瞬まばたきをして、俺たちの顔を交互に見つめる。

 アシュレイの唇がかすかに動いた。

 言葉を選んでいるような間があった。


 「……ありがとう、二人とも」


 アシュレイはそうつぶやいて微笑む。

 その声には、どこかほっとしたような響きがあった。





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