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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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清名と悪名と天下統一

次回、最終回。

 

 成都城内で怒号と悲鳴が響き渡っている。


 辺りで炎が上がり、女子供ありとあらゆる成都の人々が殺されていった。


 地面の至るところに死体が重なり合い、至るところは血によって赤く染まっていた。


「どういうつもりだ」


 縄に縛られて連れてこられた延岑えんしんが目を見開きながら叫ぶ。


「どうとは?」


「我々は降伏したのだぞ、降伏したにも関わらず、これはなんだ。貴様は何をしているのかわかっているのか」


「間引きだ」


 呉漢のその一言に、延岑は激怒し縄を引きちぎって呉漢に襲いかかろうとしたその瞬間、呉漢は剣を抜き、横一閃に彼を斬った。


「ふざけるなあ。貴様ぁ、ずっと憎しみ続けてやる。必ずやこの報いを……」


 呉漢は倒れている延岑の頭を踏みつけて止めをさした。


「それで良い」


 その一言は誰にも聞こえなかった。


 呉漢は成都で大虐殺を行い、公孫述の妻子も皆殺しにして公孫氏を全て滅ぼした。更に延岑の一族も族滅し、その後、兵を放ち、大略奪を許した。公孫述の宮室は焼かれ、かつて始皇帝の阿房宮が炎上したような惨状があたり一面に広がった。


 呉漢はその惨状を本陣に戻ったあと、眺め続けた。


「やりすぎでは?」


 劉隆りゅうりゅうがそう言った。


「これで良いのだ」


「これは……これはあんまりにも多くの者の憎悪を招くことになりましょう」


「そうだ。だからこそそれで良いのだ」


 呉漢は赤く染まり、燃え続ける成都城を見る。


「血の流れない戦争などは無い。そのことは古の時代からも変わることのないものだ」


 彼は語る。


「それでも人は戦争の勝者を称える。どれだけ血という代償を払ったと言ってもだ。商の湯王も周の文王、武王も、始皇帝も項羽も高祖とて、例外では無い」


 呉漢は続ける。


「血の流れる量は同じでも勝者の清名を称える。その勝者の清名を陛下にもお与えしなければならない」


 劉隆を見る。


「汝ならばあとはどうするべきなのかわかるであろう。さあ、陛下への使者として向かえ」


 劉隆は静かに呉漢を見据える。


「それではあなたは……」


「良い」


 呉漢はそう言って再び成都を眺め始める。


「後世の者は我が悪名を罵るも、陛下の清名を称え続けるだろう。我が悪名は永遠となり、陛下の清名は永遠となる。そうでなければならない……」


 劉隆は静かに拝礼するとその場を立ち去り、洛陽に向かった。


 劉秀に謁見し、劉隆は蜀を打ち破った勝報を届けた。最初、それを聞いて喜んだ劉秀であったが、その後の呉漢の成都での大虐殺に関して聞くと顔を青ざめていく。


「なんということを……」


 劉秀はあまりにも大きな罪を犯したと思った。いや、呉漢は自分の意思を反映する動きをする男である。その男があのようなことをするということは、


(自分でも同じことをした……)


 劉秀は自分の手を見る。みるみるその手が赤く染まっていくのを錯覚する。


「陛下、大司馬が行ったことは大罪を犯したと過言ではありません」


「いや、私でも恐らく……」


 恩人を、兄の忘れ形見を失った憎しみを晴らそうとしたはずである。実際に自分は公孫述を許すつもりなど全くなかった。


「陛下、呉漢の行為を容認するようなことをしてはなりません」


「だが……」


「陛下、あなた様は天子なのです」


 劉隆は言う。


「天子は清らかな存在でなければありません。汚点などあってはならないのです」


「私は……僕はそんな人では無いよ」


 無残に引き裂きたいと思うほどに人を憎む。醜い心がある。人の悪を自分のために許し、妥協するずるさがある。人を許しておきながら後々に始末する汚さがある。


「僕は決して高尚な人では無いのだよ」


 そう、まだ子供だった。母から愛されなかった。兄に見下されていた。臆病で泣き虫な来歙に会った時のままなのである。


「陛下、それが……天子になるということでございます。永遠なる清名を得なければなりません」


 劉秀は悲しそうな表情を僅かに浮かべ、溜息をついた。


「それで僕に何をしろというの?」


「一番は大司馬を処刑すること……」


 劉隆の言葉に劉秀は静かに首を振った。


「それはできない」


(陛下はお優しい方だ……)


 だが、そこは欠点でもある。高祖・劉邦のような非情さがあってこそ、漢王朝は長年に続いたのだと劉隆は思う。


(だが、その優しさを貫くからこそ、陛下は陛下として高祖に匹敵することができるのではないだろうか)


「であるならば、書簡をお書きください。内容は大司馬を譴責するものを」


「わかった。届けるのは君に任せる」


 劉隆は拝礼を行う。


「承知しました」


「劉隆」


「はっ」


「僕はつくづく皇帝というものに、天子というものに向いていないんだと思うんだよね」


 からかい混じりに劉秀は言った。すると劉隆は、


「よろしいのではないでしょうか。そのような皇帝がいても」


 と言った。








 

 劉隆は劉秀の書簡を持って、呉漢の元に戻り、それを渡した。


「陛下よりの書簡でございます」


「書簡……」


 処刑の使者であると思っていただけに呉漢は意外そうに書簡を開く。


「譴責の書簡です。劉尚りゅうしょうがとばっちりを食らっていますが……」


 内容はこのようなものである。


「城が降って三日経ち、吏民が服従して、子供、老母の人口は万を数えるほどであった。それにも関わらず、一旦にして兵をほしいままにさせて火を放った。これを聞いた者は酸鼻することだろう。劉尚は宗室の子孫でしかもかつて吏職(官吏)だったのに、なぜこのような行いができるのか。仰いで天を視て、俯いて地を眺め、放麑と啜羹を観れば、二者のどちらに仁がある。誠に敵将は斬っても民は弔うという義を失ってしまった」


「放麑」と「啜羹」について説明する。


 昔、魯の孟孫が狩で麑(小鹿)を得た。孟孫は秦西巴に麑を持たせた。しかし母の鹿が後を追って鳴いたため、秦西巴は憐れに思って麑を放した。孟孫は怒って秦西巴を追い出したが、後にまた招いて自分の子の傅(師)にした。これが「放麑」の故事である。


「啜羹」は魏の楽羊の故事のことである。楽羊が中山を攻めた時、中山の国君が楽羊の子を殺して羹を作り、楽羊に送って食べさせた。魏の文侯は楽羊を称えて褚師贊に、「楽羊は私のために自分の子の肉も食べた」と言った。すると褚師贊は「自分の子でも食べるのです。誰を食べないでしょう」と応えた。


 後に楽羊が中山を攻略したが、文侯は楽羊の功を賞したものの、その心を疑った。


「放麑」は仁、「啜羹」は不仁の故事であるとされている。


「陛下はその譴責の文書のみで処罰は行わないそうです」


「そうか……」


 呉漢は書簡を閉じる。


「天下統一を果たしたといってもまだ北には盧芳ろほうもいますので、まだあなたの力は必要なのでしょう」


「そういうことにしておこう」


「あと、落葉に戻る前に、故郷へ戻ることを許すとのことでした」


「故郷に錦をか……」


 呉漢は目を細めて、成都から去った。


 この年の翌年、37年に匈奴の支援を受けていた盧芳は侵略をやめて匈奴の元に逃走した。


 これでもはや中華の中で劉秀と敵対する勢力はいなくなったのであった。










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