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銅馬が征く  作者: 大田牛二


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因果応報

 少し時が遡る。


 劉林りゅうりん董訢とうきんが岑彭を殺したことを知るとほくそ笑んだ。


「これで劉秀りゅうしゅうが怒りに任せて自ら出陣したところを暗殺すれば……」


 劉秀への復讐は果たされるだろう。


「よくやってくれたものだ」


 現在、公孫述こうそんじゅつの信頼も得ていることから更なる栄光も掴むことはできるだろう。全てが上手くいっている。


 そう思っているといつの間にか隣に董訢がいた。


「い、いつの間にいたのですか」


 慌てて劉林は彼に微笑む。すると董訢は首をかしげる。


「どうされましたか?」


 董訢は微妙な顔をしながら言った。


「つまらなかった」


 そう言った瞬間、彼は剣を伸ばし、劉林の首を斬り飛ばした。


「つまらないなあ」


 董訢は長い間、一緒にいたであろう劉林を殺したことを特に何の感情ももたないまま、何処かへと去っていった。


 そこに黄色い服の男が現れる。


「ああ、哀れなことだ。なぜ自分だけは殺されないと思ったのか」


 男はそう笑うと彼もまた、何処かへと消えていった。そこには首を失った劉林の体とその首が残された。















 七月、威虜将軍・馮駿ふうしゅんが江州を攻略して田戎でんじゅうを斬った。


 彼は以前、田戎に負けたことがあることを思えば、正に汚名を返上したと言えるだろう。


 猛攻を加える呉漢ごかんに対し、劉秀は彼を戒めてこう伝えた。


「成都には十余万の衆がいるから軽視できない。ただ広都を堅拠(堅守)して敵が攻めて来るのを待つように。争ってはならない。もし敢えて攻めて来ないようならば、汝は営を転じて(移動して)圧迫せよ。敵の力が疲弊するのを待ってからなら撃つことができるだろう」


 しかし呉漢は戦勝に乗じて進軍を続け、自ら歩騎二万を率いて成都に迫った。


「陛下よりの命令を無視なさってもよろしいのですか?」


 劉隆りゅうりゅうが尋ねる。呉漢はその言葉に何ら答えることなく、軍を進めていき、成都城から十余里離れた場所で江を隔てて北岸に営を築き、浮橋を造った。


 そして、副将の武威将軍・劉尚りゅうしょう(劉禹)に一万余人を率いて江南に駐屯させた。呉漢の営から二十余里も離れている。


 それを聞いた劉秀は大いに驚き、呉漢を譴責した。


「汝に詳しく訓戒したばかりなのに、どうして事に臨んで勃乱(道理に背いて乱すこと)するのか。敵を軽視して深入りし、しかも劉尚と営を別ければ、事に緩急があっても(緊急事態が発生しても)援けあえなくなるではないか。もし賊が兵を出して汝を牽制し、大衆(大軍)で劉尚を攻めて劉尚が破れれば、汝も敗れることになる。幸いにも他に憂いるべきことはないから、急いで兵を率いて広都に還れ」


 九月、劉秀の詔書が届く前に、公孫述が大司徒・謝豊しゃほう、執金吾・袁吉えんきつに十万の兵を率いさせ、二十余営に分かれて呉漢を攻撃させた。同時に別将に一万余人を率いて劉尚を牽制させた。呉漢と劉尚は互いに救援できなくなった。


「どうなさる」


 侯進がそう言うが呉漢はただただ、


「耐えろ」


 とのみ告げるだけであった。


 この戦いは一日中続き、呉漢は営壁の中に入った。謝豊はそのまま呉漢の軍を包囲した。


 呉漢は諸将を招いて激励した。


「私と諸君らは険阻な地を越えて千里を転戦し、敵地に深入りしてこの城下に至った。しかし今、劉尚と二カ所で包囲を受け、既に連携できない形勢になっており、その禍は量り難い状況である。そこで、秘かに兵を出して江南で劉尚と合流し、兵を併せて対抗しようと思う。もしも同心一力となり、皆が力戦すれば、大功を立てられるだろう。しかしながらそうしなければ、敗れるしかない。成敗の機はこの一挙にかかっている」


 諸将は皆、


「分かりました」


 と応えた。


 呉漢は士卒を労って馬に餌を与え、三日間営を閉じて外に出ず、多数の旛旗を立てて煙火も絶えさせなかった。そして、合流を果たす日、呉漢は敵陣営を眺めながら呟いた。


「やつは出てこなかったか……」


 夜、呉漢は枚(兵や馬が声を出さないためにくわえる木の板)をくわえて兵を指揮し、秘かに劉尚軍と合流した。


 謝豊らはそれに気づかず、翌日、兵を分けて江北に備えてから、自ら兵を指揮して江南を攻めた。


 呉漢が全軍を率いて迎撃し、戦は旦(朝)から晡(申。午後三時から五時)に及ぶ激戦となった。


 その戦いの最中軍の側面が騒がしくなった。


「来たか」


 呉漢は椅子から立ち上がり、赤い外套を身にまとう。


「侯進、劉隆」


「はっ」


「指揮を頼む。私は……」


 兵たちを斬り殺しながら飛び上がった奇っ怪なる格好の童子を見据える。


「あれをやる」


 剣を抜き、呉漢は駆け出した。その呉漢に気づいた董訢も彼に向かって駆け出し、互いの剣が激突した。


 呉漢はすぐさま剣を弾き、突くのを董訢は仰け反るように避けるとそのまま地面に手をつき、足で呉漢の顎を蹴りあげようとする。それも呉漢はすぐに察知し距離を取ると剣を横に振るう。それをも董訢は避ける。


「楽しいぃ」


 董訢は態勢を立て直しながらそう言って笑う。それに対し、呉漢は剣を構える。


「楽しいか。そうやって多くの者を殺してきたのだな」


 それが何とばかりに董訢は首を傾げながら剣を投げつけた。それを難なく剣で弾き呉漢は董訢に一歩、近づく。


「お前と私は似ている」


 董訢は呉漢との距離を取るかのように駆け出す、呉漢も追いかける。


 蜀兵と漢兵が斬り合っているところを間にすると董訢は剣を伸ばし、蜀兵ごと呉漢を斬ろうとする。呉漢も同じように味方ごと斬る。


 互いの剣が兵の体を切り裂きながら斬り合っていく。


「私も皇帝陛下以外の者には興味はない」


 周囲の兵も巻き込みながら二人は斬り合っていく。


 董訢が蜀兵の体ごと剣を突き出すと呉漢はその体を蹴り、距離を近づけさせない。次に董訢が漢兵の体を盾にすると呉漢はそれごと斬る。それを董訢はすぐさま離れる。


「そういえば、お前は飼い主を殺したそうだが、どうしてだ?」


 呉漢がそう訪ねた。董訢は首をかしげる。


「お前の飼い主である劉林を殺したのはなぜかと聞いているんだ」


「つまんない。それよりも遊ぼ?」


 董訢は跳躍し、両袖から伸ばした剣で回転しながら呉漢に斬りかかる。


(何の目的も無いのだな)


 ただただ己の快楽のためにこの童子は人を殺している。


(この者によって三人もが……)


「おじちゃん、嘘つきだね」


 董訢が笑いながらそう言ったのに対し、呉漢は目を細める。


「似たもの同士って言いながら別のことで怒ってるよね」


 董訢は身をかがめ、呉漢の足を切り裂く。呉漢は少し、反応に送れわずかだが足を斬られ、血が流れる。


「くっ」


 膝をつく呉漢に董訢は剣を振るう。それを痛みに耐えながら呉漢は防ぐが、体中に切り傷がついていく。


「やあ」


 董訢は呉漢の剣を弾き、そのまま呉漢の胸に向かって剣を突き出す。


(しまった)


 態勢が悪く防ぐことも避けることも難しかった。その瞬間、小剣が放たれ、董訢の腕に刺さった。それにより董訢の剣は胸ではなく呉漢の肩を刺す。


 その隙に呉漢は弾かれた剣で董訢の体を一閃した。


 夥しい血が噴き出しながら董訢は倒れた。


 それを見ながら呉漢は剣を杖にしながら立ち上がる。


 口からも血を噴き出しながらも董訢は笑っていた。


「楽しいなあ。楽しいなあ。でも楽しい時間は短いなあ」


 呉漢は目を細めながら彼を見つめながら剣を振りかぶる。


「もっと遊びたかったなあ」


 剣が振り下ろされ、董訢は絶命した。


「これが奇っ怪な格好の童子ですか」


 呉漢の元に小剣を放った者である劉隆が近づく。


「戦は?」


「我らの勝ちですよ」


 既にこの時点で蜀軍の将である謝豊と袁吉は斬られていた。


「そうか……」


「無茶をなさいましたな。中々に危なかったですよ」


「そうだな……」


 劉隆は笑ったまま死んでいる董訢を見る。


「因果応報というのはあるものですね」


「どういう意味だ?」


「いつもこの童子を殺す後一歩という時にいつも邪魔が入っているそうではありませんか。でも、今回はそのようなことはなかった。飼い主を殺した報いを受けたということでしょう」


 呉漢は彼の言葉に肩をすくめながら「そうかもな」と言った。


「あと、あなたとこれとは似てませんよ」


 劉隆はこう付け加えた。


「あなたは誰かのために剣を振るっているではありませんか」


 やれやれらしくないと思いながら劉隆は呉漢の肩を載せて本陣へと向かった。



 


 




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